「いらない」

俺が差し出した敵軍大将の生首を前に、主はそう冷たく言い放って部屋の扉をぴしゃりと閉めた。

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主は俺に言った。
俺は使い捨てなんかではなく大切な存在だと。
大切で大切で、戦場なんかに行かせたくないと。
もし死んで帰ってきたりなんかしたらあたしが殺してやるからと。
だから誓って、と。
俺のことが大切で、俺を人間として愛していて、失ったらきっと悲しさで死んでしまうから。
だから無事に帰ってくることを、誓って、と。
そう言った。

俺も主と同じ気持ちだったのにその場では何も言うことが出来ないくらい嬉しかった。
だから代わりに戦場で見つけたとびきりの捧げものを意気揚々と持って帰ってきたのに。
主が泣いて喜ぶと思ったのに。

「…なんでだよ?!」
「そりゃそうだろうあんた。そんなもの貰って喜ぶ女がどこにいんのさ」

何故か部屋に引きこもったまま晩御飯の時間にさえ出てこない主に、俺はとうとう叫んでしまった。
隣に座る次郎太刀が何食わぬ顔であっさりとそう言い捨てるものだから、俺の疑問は深まるばかりだ。

「…そんなものって、あいつを討ち取るのに俺がどんだけ苦労したと思ってんだよ?!危うく死にかけたんだぞ!」

次郎太刀は酒を注ぎながらどうでもいいことのようにため息をつく。
そのやる気のなさにむっとしながらも、こうしてこいつに思わず愚痴ってしまったのは、きっと主が俺の捧げものに喜びの感情どころか嫌悪さえもみせたというところにある。
なぜ、喜ばないならまだしもあんな蔑んだ瞳で俺を睨んだのか。
そんなことは今まで一度もなかったはずなのに。
出陣前のあの切羽詰った告白は、なんだったのだろうか。

「はぁー、馬鹿な男だねぇほんとに」
「…あぁ?!」
「死にかけたって、それ、主があんたに望んだのかい?」

次郎太刀の言葉にぐ、と喉が詰まった。
無事に帰ってくると誓った。
誓ったのに、俺は主にこんなにも愛されてると初めて知って、人になれたことに初めて意味を見い出せて、初めて生きているのを実感して、初めて、幸せだと思えた。
だから次郎太刀を含め皆の言葉を無視して敵を深追いした。
額と右腕に包帯をまかれる程にはケガをした、けれど、その程度だ。

「ほら、言い返せないだろう。しかも生首なんてよりによって手土産にしてさ。主はなんであんたなんかに惚れちまったんだろうねぇ」

言い返せなくて白米を口いっぱいにかっこんだ。
次郎太刀が「すぐ真っ赤になるね、あんた」と俺を見てまたため息をついたからなんだか今更に気恥しくなってきた。


「えー、たぬきさんが怒らせてるんだからたぬきさんが持ってってよ」

夕食後、料理番の堀川に盆に乗った食事を手渡され、渋々俺は主の部屋へと向かった。
渋々、とは言いながら、きっと俺に怒っているのは流石にわかっていたからいい口実だとも思っている。
何に怒っているのかまではよく分からなくて、いや生首なんかを手土産にしてってことだろうきっと。
だから開口一番謝ってしまおうとそう決めた。

主の部屋の前で立ち止まる。
大きく息を吸って、それから静かに声をかけた。

「カンナ、入るぞ」

中から返事はない。
けれど部屋からは明かりが漏れている。
最近は無断で主の部屋にいることも少なくなかった。
少し待っても反応はなく、けれどいつものように押し入ってしまえと扉を開ける。

主は俺には目を向けず黙々と机に向かっていた。
決めていた謝罪の言葉が一瞬で吹き飛び、俺はおずおずと部屋の中へ入る。
背中からも感じられる怒気に気圧されて、上手く言葉が出てこなかった。

「…ここに、晩飯置いとくぞ」

机とは別の小さな丸テーブルに盆を置く。
皿と皿がこすれあってカチャ、と耳障りな音が響いた。
同時に、ギッ、と椅子が軋む音が聞こえる。
顔を上げると、無表情に俺を見つめる主と目があった。
まっすぐに俺を射竦める黒い瞳。
開口一番謝れば、なんて楽観的な考えどこへやら、俺はもごもごと口を震わせなんとか言葉を絞り出した。

「…あー、晩飯、食えって、堀川が」
「なんで正国が持ってくるの」
「…悪かったなぁ、俺で」
「悪いなんて言ってない。でも今日は、来てくれないと思ってたから」

主が椅子を回してこちらに向き直った。
そういえば口頭で主のことをカンナと呼ぶようになったのはいつからだろう。
誰も知らないその名前を呼んでもいいと言われてから、二人きりの時は主のことをカンナと呼んでいる。
主も、二人きりの時は俺のことを正国、とそう呼んだ。

「…来てくれないって、どういう、」
「ごめんね」
「は?」
「次郎太刀から聞いたよ。敵軍が、あたしが下調べしたのとは違ってたって」
「…あぁ」

いつからこうして主の部屋で二人きり、過ごすことが増えたのか。
気づけば俺は当たり前のように主の部屋で過ごし、主も俺を受け入れ、それからいつしか肌を重ねるようになってもう随分経つ。
周知の事実だったし今更自分の思いを口に出すのも難しくて曖昧にしてきたのに。

「敵軍に襲われて、正国が死にかけたって、聞いたよ」

誓って、と主が言った。

「…あー」
「皆を守ろうとして深追いしてまで殲滅したって。それで傷を負ったって」

主はなんであんたなんかに惚れちまったんだろうね

次郎太刀の言葉に、俺でさえそう思う。
それなのにこの人は、こんな俺を必要として泣くんだ。

「…ごめんね」
「…いや、あー、俺の方こそ、無事に帰ってくるっつったのに、悪い」
「無事には帰ってきてくれたからいいよ。頭から血がだらだら出てたから、びっくりしたけど」

主がやっと微笑んだ。
椅子に座ったまま俺を招くように両手を広げる。
導かれるまま、俺は主の前に膝をついた。
犬のようにぎゅ、と主に抱き締められる。
頭からすっぽりと。
椅子に座る主の太ももに挟まれて、首は伸ばしておかないと主の柔らかな胸に鼻がついてしまう。
ふわりと俺の頭を撫でた主の手は、小さく震えていた。

「…誓って」
「…あぁ」
「あたしを一人にしないって」
「…あんたには、他にも刀がいるだろうが」
「ばか」

主は俺を惜しいという。
愛しているという。
俺も同じ気持ちだし、この誓いを破る気は無い。
けれどもし破っても、悲しまないで欲しいと思うんだ。
俺なんかのためにあんたが泣くのは想像したくないから。

「なぁ、生首でなかったら何が欲しいんだ」
「無事帰ってきてくれればそれでいいの」

俺がいつかどこかで死んでも、主が寂しくないように。
主が喜ぶもので埋め尽くしてあげられれば、そうすれば誓いを破った時の償いにはなるのだろうか。

「まぁ、敢えていうなら」
「なんだ」
「正国が欲しい、かな」

柔らかい感触と甘い匂いに毒されて、きっと死んでも未練だけは残りそうだ。
顔を真っ赤にして言われた言葉にぎしりと固まってしまうと、主は今更に慌てて大袈裟に手を振った。

「うそ、花、花で良い。その辺に咲いてる花。たんぽぽとか、そんなの」

甘く柔らかい感触に慣れてしまって、主を触れられなくなる日が来るなんて、到底想像したくない。
だから俺は絶対に、主との誓いを破るわけにはいかないんだ。

「たんぽぽ、だな」

頷いた主がうん、という前に、俺は主の唇に自身を押し付けてその言葉を奪った。
俺は主にたくさんのものを貰ったのに、俺が主にあげられるものはそのへんに咲いている小さなたんぽぽだけだなんて。
だから花束にして渡してやろうと、主の細い体を強く抱きしめた。




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