テーマ『ルサンチマンの死』
仮想 様へ提出
タイトルは企画サイト様からお借りしています。

!報われない片思いで暗めです
!死の描写あり




あんたを守れると思ったことが間違いだった。


弾む、というよりは重く沈み込んでいく、という方が正しい。
一息吸うのにも鉛を飲み込むような痛みが走る。
それでも息を吸わなければ生きられなくて、だから仕方なく空気を喉へと押し込んだ。
赤い血が身体中にまとわりついていて、引きずる足はもうここで座り込んでしまいたいとずっと悲鳴を上げている。
この血は敵の血か、味方の血か。
考えたらとうとう俺は前へ進めなくなる気がしてつい浮かびそうになる思考を無理に奥へと閉じ込めた。

人間になって、あんたと同等になったと思って、おまけにあんたは俺に優しかったから、きっとどこかで間違えたんだ。
俺もあんたを守れると思ってしまった。
そんな訳ないのにな、延々と駆け巡る思考に口の端が歪に上がって、こんな状況なのに俺は小さく笑ってしまった。

やっと辿りついた主の部屋で、その前で立ち止まる。
襖は切り裂かれて両脇に散らばり、部屋の中は無残に荒らされ誰のものか分からない血の跡が床には勿論、壁にも、天井にも、大量に飛び散っていた。

吐いた息が弾む。

こんな光景今まで何度も見たことがあっただろう。
持ち主が死ぬ時、俺は何度もその場に居合わせて、何度も持ち主を見送ってきたはずだ。
次は誰が俺を持つのか、楽しみでもなかったがそんなことを思ったのはいつの時代、誰に使われようとも同じだった。
それなのに今は、血の海の中に倒れるあんたに、この感情は何だろうか、湧き上がる何かが涙になって、叫びになって、溢れる。
か細い体を夢中で抱き締めるとかろうじて糸のような細い息のあった主は、虚ろな瞳で俺を見つけた。

「…同田貫」

冷たい頬をなぞる。
この姿を得て初めて良かったと思えた。
誰の血で汚れたのか分からない俺の身体でさえ、少しでもこの冷たい主の体を暖められると思ったから。
小さく笑った主に何も言えなくて、苦しい息を無理に落ち着かせて「大丈夫か」と応えた。
刀の時は人間同士のこんな無意味なやり取りを眺めては、そんな訳ないだろうと笑い飛ばしていたのに。
今はこんな陳腐な言葉しか出てこない。

「…はは、大丈夫」
「…どっかやられてんのか」
「ん、脇腹、少しやられたかも」
「…とりあえず、血を止めるから、見るぞ」
「うん」

真っ白な白装束が一際赤く染まっているそこを俺はゆっくりとめくった。
主の体は白く、細い。
露になった乳房にまで血がこびりついていて、余計に赤く染まるそこに一瞬目がいく。
何かを美しいと思ったのはこれが初めてだったなんて、きっと他人には絶対に言えない。
かすり傷というには程遠いが致命傷にはなっていないその傷にほっと胸をなでおろし、自身の着ていた服の布を破って主の腰に巻き付ける。
主は苦い顔とくぐもった悲鳴を上げたが、俺はお構い無しに少しきつめにそこを縛った。

「良かった」
「…え?」
「…あんたが、死んでるかと思った」

変わらない夜のこと、突然本丸に敵襲が攻め込んできた。
真っ暗な中での奇襲に、俺が受けた傷は相当に深い。
寝ている所を押し入られ、夜目が効かない中での攻防に相部屋だった数人は声をかけても動かなくなってしまった。
悪い予感がして慌てて主の部屋へと向かう最中、俺と同じように奇襲を免れた面々もここを目指したのに、とうとうたどりつけたのは俺だけだ。

血の海の中に俺は主を抱き締めた。
心の奥底から安堵している。
息をしているのはこういうことかと、やっと実感できるほど、俺は深い息をようやく吐いた。
緊張と恐怖に重くのしかかっていた全てが解かれたような、そんな気がした。

主は俺の髪の毛を掬い、撫で付けた。
柔らかく優しい撫で方。
思わず零れそうになった涙を堪えようとするも、堪えきれずにぼたぼたと溢れ出る。
主は歌うように穏やかに笑った。

「死んでないよ」
「…ああ」
「ありがとうね。ここまで来てくれて」
「…あぁ」
「でもね」

俺がこの本丸へ加わったのは12番目だった。
人間になったのは初めてで、けれど主にとっての初めては俺じゃない。
主がいなければ俺はモノのまま、主よりきっとずっと長く在り続けていただう。
きっと主が死んでしまっても。
けれど人間になってよかったと、主に俺の寿命を聞いた時に心の底からそう思えた。
主とともに死ねるのだと。

12番目に主の元へと来た俺ですら、こんなにも主を思えてしまうのだから、1番目に来た奴はどんなだっただろうな。
考えたくなかった。
あいつは俺にとって、邪魔者以外の何者でもなかったから。

「でもね…」

1番目に来たあいつは、主のお気に入りでいつも近侍を任されていて、いつも主の部屋のすぐ隣の部屋に一人で陣取って眠っていた。
悪い冗談の好きな酒飲みが、主とあいつはデキてるなんて、そんな話信じなかったけれどあいつと話す時だけ嫌に嬉しそうな主を見て俺はすぐに気付いてしまった。
だから、それからは、どうすれば主の一番になれるかばかり考えて。

「でもね、…あたしを守って、」

主を守れると思ったことが間違いだった。

きっと一番にこの部屋へ来て迫り来る大量の敵襲に必死で一人、戦ったのだろう。
あんたはこの本丸で一番強くて、一番主に近くて、一番主に愛されていた。
主に一太刀入れられてしまったことでさえ不名誉だと思うんだろうなぁ。
無残に散った顔にはまだ物悲しそうな表情が張り付いていて、もう動かないはずなのにずっと俺を睨んでいる。

「あたしを守って、死んじゃったの」

俺に抱き着いて泣き叫ぶ主を見て悲しんでいるのか。
主を抱いてあんたを見下ろす俺に怒り狂っているのか。

俺は主の震える肩にそっと手を置いて、囁くように声を出した。

「…もう大丈夫だ。敵は、全て、死んだから」

俺は無様に負けたあんたみたいにはならない。
そう思った時、自分でも無意識に、思わず笑みが零れてしまった。




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