総悟とミツバは隣あって桃を食べた。
まるごと囓ってみたいという総悟にあわせて、ミツバも持ってきた包丁を皿の横に置き、まるのまま桃を食べる。
歯形の後からじんわり果汁があふれて、着物の膝をぽとりと汚した。
「ちょっと熟しすぎたかしら」
縁側に並ぶと夕風がまだ肌寒い。
喉に伝う濃い甘さが、咳で荒れた喉にひりりと痛かった。
「でも、おいしいです」
総悟は口のまわりも手も桃の汁でべたべたにして笑った。
用意しておいた手ぬぐいで口を拭いてやる。それをくすぐったそうに受け入れて総悟はまた桃に齧りついた。
縁側に座るとまだ地面にまで足が着かない、ちいさな身体。
年の離れた弟は裸足で、なんだかんだと文句を言いつつ続けている剣の稽古のおかげで、しっかり皮が剥けている。
自分と似ず丈夫に育っていく弟の姿をあらためて見て、ミツバは嬉しさと安堵に口元を弛めた。
「姉上、僕今日近藤さんに筋がいいって褒められたんです」
「そうなの。総ちゃん、がんばってるものね」
「近藤さんが、また姉上も来てくださいって」
桃の汁で汚れた顔を着物の袖で擦って総悟は言う。
それをやんわり制してミツバはまた手ぬぐいを持つ。
「総ちゃん、ほっぺが赤くなっちゃう」
「姉上、僕強くなったら何になろう」
「ほら、まだ動かないで」
総悟の手のひらまで拭いてから、ミツバは手ぬぐいをたたみなおし手に持って、向き直る。
「近藤さんみたいになれるかな」
「どうかしら」
「でも僕おしりに毛は生えてないしなあ」
「大きくなったら生えるわ、きっと」
食べかけの桃を皿に置いて、ミツバは縁側からの新緑の景色に目を細めた。
夕景の五月は、うら寂しいようで、やはり眩しい。
「総ちゃん、わたしね」
「はい!」
はじけるように応えた総悟は夕焼けに照らされてきらきらと光る。
わたしは強くなれたら。
「あなたのお母さんになりたいわ」
いつか落ちる日がまだ輝く光を四方に投げかけて、きっと今、ミツバは泣いている。
「姉上……?」
「ううん、わたしはもしかしたら総ちゃんみたいになりたいのかもしれないわね」
それはちょっと間違えたら棘を含んでしまいそうな言葉なのに、彼女の口からはまるまるとした響きしか聞こえない。愛がしたたるその言葉は総悟を包んで、まるで手に持つ果実のように甘い汁で咥内を満たす。
「姉上?」
幸せの味はこんなに甘く、切ないのか。喉の奥に詰まる思いを桃の果汁ごと押し込んで、ああおいしい、とミツバは言った。
ミツバは知っていた。多分自分は弟の成人を待つことなく父母の所へ還っていき、どんなに望んでもめいっぱい駆け回ることのできる日など来ないことを。それを今更、恨むことも悔やむこともない。弟の健康を喜ぶことはあれど、妬むこともない。そういう一切合切には、とうの昔に折り合いをつけてきた。ただ、ひとつ言うならば自分はきっと男の子に生まれて来たかったのだろうとそれだけ、未だにちくりと心の臓を刺した。
(恋をしたかったんじゃないわ、一緒にいたかったのよね)
いつか彼らはこの片田舎から出ていってしまうだろう。その日が来たとき、自分はこの感情とも折り合いをつけてしまうのだろうか。
身を乗り出して顔をのぞき込む総悟に微笑むと、ミツバは桃を膝に置いて総悟の手を握った。
「あ、総ちゃん、豆ができてる」
「姉上の手、べたべた」
「総ちゃんもよ」
「おそろいですね」
ぱっと笑う総悟は、出来た豆を自慢げに数える。
手習いでのタコした出来たことしかないミツバは、そのわずかな皮膚の硬化さえも無くしてしまった自分の細い指を見つめて、ああやっぱり男の子になって見たかったものだわと、手ぬぐいで手を拭いた。
桃色片思い