坂田は眼鏡をおしあげて眉間をもんだ。強く光るパソコンの画面は、ゆっくりとでも着実に目の筋肉に疲労を積んでいく。
 肩にまでおよんだ筋肉の緊張をすこしでもほぐそうとイスに背を預けて伸びをすると、ぼきりと大きく腰骨が鳴った。

「…あー…いっつつ…」

 ちいさく呻いて、ふと部屋が真っ暗に沈んでいることに気がついて窓から外を見た。暗く光る夜の街を見てから画面に表示される時計に視線を移すと、夜の七時をまわっていた。それでもまだ遅すぎる、という時間ではない。坂田はほ、と息を吐いた。

「土方くん、もうすぐおわるからね」

 真っ暗な部屋を振り返ると、隅のベッドの上の人影が身じろいだ。

「う、ぅあ…」

 坂田がベッドへと一歩踏み出すと、背で遮られていたディスプレイの光が人影を照らした。

「…ひ、う゛」

 そこに横たわるのは一人の生徒だ。白いワイシャツに紺のスラックスという当たり前の学生服は尋常でないほど着崩れている。
 胸についた大きな輪を描くピアスと、後ろに食わえこまされたバイブがはっきりと視認できる。その光景ににっこりと笑い、坂田は土方の手首を撫でた。後ろ手に手首を縛った電気コードをほどいても、そこに残る痣は土方を戒めて放さない。
 声を殺すタオルはすでにぐっしょりと唾液で濡れて、下のシーツにまで跡はおよんでいる。

「腕疲れただろ?ごめんな。でもほら、最初はSM設定って決めてたから」


 言って、轡代わりにしたタオルもほどくと土方は粗く咳込んだ。同時に、目にたまっていた涙がぼろりと落ちた。

「ぜ、せんぜぃ…」
「なあに」
「おねがい、だから、ビデオ…」

 自由になっても痺れの残るだろう腕でもがいて、土方は助けを乞うようにベッドのシーツをつかんだ。

「…よく撮れてたよ。大丈夫。大丈夫、だから、ね?安心して」
「いや、だ…っ…、」
「じゃあ、今から一緒に観てみようか。ね、まだ修正の途中だけど、どうせ自分の顔なんだから」
「いやだ…、ちがう、先生、おねがいだから、ゆるして…」
「うん、もう怒ってないよ。でもね、未成年の喫煙は法律で禁止されてることだし、土方はね、オレの吐く息だけ吸って生きてればいいんだから、もう、一人であんな悪いことしないようにお仕置きはちゃんとしないと」

 坂田は土方のワイシャツに手をかけて、すでに目一杯はだけたそれをさらにひきちぎるように左右に開いた。
 肩にも腹にも、火傷の痕がまるでキスマークのように無数に広がっている。


「この痕ぜんっぶ治るまで、痛くて風呂入れないかもね。……そうしたら先生が一緒にはいって、傷口に黴菌入らないように、ごしごし洗ってやるからな」

 火傷のひとつに爪をたてて、がりりと皮膚を削りとるように掻くと鋭く土方が叫んだ。耳を撫でる悲鳴に、坂田はぶるっと背筋を震わせる。

「…今のでイっちゃいそ」
「いっ、い、…っ!」
「ぴくぴくしちゃって。痛い?痛いよね。あのさ知ってる?痛みってね、人はすぐ慣れちゃうんだよ。今はこんなに痛い怪我もね、重ねるたびにどんどん感覚が麻痺しちゃうの。鈍感に、なってく」

 傷からじわりと染みた血を、火傷痕に唇をおしつけて舐める。

「痛…っ、せん、せんぜい、いたいっ」
「痛みはすぅぐ薄れちゃうけどねえ」

 鉄の味がする傷口は火傷のせいで引き攣れて、妙につるりとした舌触りだ。そこを愛おしむようにけれど容赦なく、噛む。

「――っ!!」


 声のないまま叫んだ土方に、満足げに坂田は微笑んだ。

「恐怖は、忘れられないんだよ。土方くん」

 唇の端からたれた血の一筋を指でぬぐって、坂田はその真っ赤な色合いをうっとり見つめた。夢見るような目つきのまま土方へ視線を移す。

「恐いこと、いっぱいしてあげる。人込みなんて歩いたらパニックになるような、煙草なんて吸ったら泡吹いちゃうような、トラウマを、植え付けてあげる」

 坂田は土方の自由になった手をとって、自分の頬にあてた。ひんやりつめたい土方の手はかすかに震えている。

「ねえ、好きになってなんて、言わないよ。そんな、土方を困らせるような。教師が言ったらいけないこと」

 坂田は両頬を包む土方の一部にさも愛おしげに頬ずりをして、真っ暗に笑った。

「ねえオレを、恐がって。土方」

 世界で一番、オレに怯えて。
 坂田はビデオの電源を入れた。


おわり



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