一人と一羽
うさぎは寂しいと死んでしまう、という話をどこかで聞いた。
自分勝手にひとりで生きてひとりで死んでいってしまう、夜のうさぎは寂しい生き物だ。
「わたし時々自分が地球人みたいな気がするヨ」
「そうかィ奇遇だな。オレも時々自分が地球人じゃねえみてえな気がするよ」
抜いた白刃は月のない夜に一筋の光となって、無防備な神楽の後頭部に光彩をあたえていた。
そのつめたい閃きはいまにも神楽のちいさな頭を貫きそうに鋭いのに、彼女の命を奪える気はこれっぽっちもしない。
彼女の細い腕につづく白い握りこぶしのなかで、天人の触手がぴくりぴくりと痙攣しているからかもしれない。
神楽は、背が伸びた。
「サドの星から来たくせに、いまさら何言ってるアルか」
彼女が手を開くと、花の咲くようなその動作の後、どさりと天人が地に落ちた。
蛸と毛虫のあいのこのような醜い天人は、神楽から逃れるてこちらの足元へと這いずって来る。その跡にぬるりと青緑色のこれも醜悪な血痕を残す様に、
吐き気をもよおした。
「こんなに強くなっちまったくせに、いまさら何言ってんでィ」
橙色の髪が、いまは夜の闇に黒く潰れていた。
「強くなければ、地球人になれたのか」
彼女はぞっとするほど青くとうめいなまなざしでこちらを振り返り、その眼球の一寸手前に刀の切っ先が来た。
まばたきをすればまつげが刀とふれあう距離で、しかしそれを恐れるまでもなく、彼女はゆっくりとまばたきをする。
「そりゃあ、無理な注文だ」
「知ってるアル」
「地球人になったって、良い事なんかありゃしねえ。宇宙で最も弱い生物のひとつで、外交力もなくて、おまけに調教しがいのある骨のある女なんて、いや
しねえ」
うん、と神楽は頷いた。
そのてのひらに滲んだ青い血が、静脈を透かしたように筋になって流れる。
「でもわたしは、そんなバカな奴らが好きヨ」
天人の血で濡れた手で、彼女はためらいなく眼前の刀をつかんだ。
青い血のうえに赤い血が折り重なるように流れた。
「おまえは嫌いだけどな」
神楽が笑うと、ぱきんと音をたてて刀が折れた。
鉄片が粒子になって落ちる。
「…立派な化け物に成長したもんだねィ」
「このほうが調教しがいがあるんダロ」
ぱらぱらとてのひらから鉄屑を落として、彼女は高く夜に跳躍した。
「なァ沖田」
空にぽっかり浮かんだ神楽はまるい瞳でこちらを睨んだ。
「わたしが地球人だったら、」
夜に跳んだ彼女は大気圏内におさまるような器じゃなかったのだと、そう、知っていた。
「…悪ィがオレはウサギより根っからのブタ派でねィ。ぴょんぴょん飛び回る女に興味はねえよ」
「交渉決裂アルな」
神楽のかまえた傘の先端から、沖田の胸をねらった弾丸が放たれた。
えんど
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