天女のお仕事
天女の仕事は多岐に渡る。
たとえば、遠くの町まで遠征して行う啓蒙活動。城内外に設置した目安箱の確認・対応。定期的に開催する教団幹部との打ち合わせ。貴重な金蔓達へのゴマスリ。エトセトラエトセトラ……。

中でも大きなウエイトを占めるのは、一日に一度行われる信者のお悩み相談会である。
相談と言っても、対外的に天女は人智を超越した存在なので、名前から何かを発言したり、積極的にアドバイスしたりすることはない。ただ黙って信者の言葉に耳を傾け、ウンウンと話を聞いてやる。教会の懺悔室で告解する、迷える子羊的なアレに近い。

「……という今までの流れはさておき。今日はちょっと趣向を変えてみようと思います」

広間に集まり、恭しくひれ伏す信者達を見回すと、名前は厳かに口を開いた。

「諸君、免罪符って知ってる?」

***

結論から言うと、名前は開き直ったのである。
大間賀時公のようにコスい手を使い、コソコソするのはやめた。正々堂々、正面切って金策に踏み切ってやろうと思ったのだ。
何故なら、大間賀時公に疑われていると分かった今、名前が彼に忖度してやる必要がなくなったので。ヤケクソやりたい放題だ。

とはいえ、山田利吉の諫言が響かなかったわけではない。むしろ非常によく響いた。奴の言葉は、つい昨日のことのように思い出せるし、なんなら実際に昨日起きた出来事である。
つまり、名前はたいそう感銘を受けたのだ。感銘を受けすぎたので、名前はあれから一睡しか出来なかった。そのうえ、一日三度しか食事が喉を通らなかったし、夜しかぐっすり眠れなかった。

ーー要するに、そういうことなのである。

「免罪符、でございますか」

信者の一人が、恐る恐ると言った口調で呟いた。
名前は「うむ」と頷く。

「贖宥状とも言いますけどね。手にした人間の罪を無かったことにしてくれる、非常に御利益のある神がかりアイテムです」
「おお、そのように素晴らしいものが……!」

途端に目の輝きが増す信者達を眺め、名前は暫し悦に入った。
彼らの反応を見る限り、やはり名前の目の付け所は間違っていなかったようだ。
というのも、戦国時代(仮)という時代柄、近頃は何かと罪の意識に苛まれる者が多いのだ。
直接手を下さずとも、間接的に人を死に追いやってしまうとか。身内に先立たれ、何もできなかった自分に失望するとか……。
そんな残酷な世界だからこそ、ある種の心の拠り所というか、偽薬的存在の市場需要は非常に高まっている。
気の毒な人々の、藁にも縋る思いを逆手に取る罪悪感はある。
しかし、縋る藁を提供することもまた、一つの人助けであると名前は考える。かの仏陀だって、嘘も方便と言っていたことだし。

「そう、素晴らしいものなのです。これは、神の使いである天女だからなしえる偉業。天女の神通力以外では、そのような奇跡は起こし得ません。つまり!類似品が世に出回ったとて、それは全てパチモンってこと!天女は今、あなた達に天啓を授けます!」

己を上手いこと正当化させ、ここからが本題である。
ハッと息を飲む一同の眼前に、名前は山と積まれた紙の束ーー天女印の免罪符を突き出した。それでもって、ダメ押しの一言。

「あなた達は天女の眷属となり、一人でも多くの迷える哀れな子羊達に、この免罪符を届けて差し上げるのです!」
『ははーっ!!!』

一斉に頭を下げた敬虔な信者達は、その胸に確かな使命感を抱き、来た時よりもよっぽど晴れやかな顔で下城したのであった。

きたる計画の名は、プランB……。

***

「やはりこうなりましたか」

額に手を当て、“やっちまったな”的仕草をするのは、お馴染み山田利吉である。これまたお馴染み、天女ルームのド真ん中に居直り、家主を差し置いてふてぶてしく仁王立ちなんぞしておる。
対する名前はと言うと、奴の長すぎる足元に正座し、首から“天女は言いつけを破りました”と書かれた看板をぶら下げていた。

「天女様、あなた、ご自身が一体何をしでかしたかお分かりか?とんでもないじゃじゃ馬ですね、まったく!」
「……天女の方が偉いのにその態度は無くないですか?」
「口ごたえしないでください」
「すみません」

この、主従が逆転したかのごときやり取り。山田利吉の苦々しい顔。ほとんど悪口でしかない苦言。そろそろ痺れ始めた足。以上四点から導き出される答えは一つ。
ーー名前は、現在進行形でお説教されていた。

「珍しく大人しく仕事に行ったと思えばこれだ!あなたのすることだ。片時たりとも信じるべきではなかったというのに、私としたことが実に不覚!天女様ともあろうアホが、私の忠告を真剣に聞き入れるはずがなかった……!」

怒り冷めやらぬ様子の山田利吉は、柄になく頭を掻き毟るなどして一頻り鬱憤を晴らした後、「あーもう!」と毒付きながら名前の横に胡座をかいた。
顔よし・頭よし・性格わるし、と可愛げなく三拍子揃った完璧野郎にしては、珍しく人間臭い仕草をするものだ。奴らしからぬ隙の多い立ち居振る舞いは、頭ごなしに叱られるよりよっぽど堪えて、名前はついつい顔色を伺うようなことを言ってしまった。

「あ、あの、ごめんね?でもさ、そんなに怒ることなくない?だって、お金がないのは事実だし、天女がやらなくても、いずれ誰かが似たようなこと始めてたと思うよ?結果的に、天女の頭脳が明晰すぎて、先駆者になってしまったわけですけど」
「だからっ!それをわざわざあなたがやる必要はなかったのです!何故いつも矢面に立とうとなさる!?人の気も知らずにこのアホ天女は……ッ」

一度はおさめた怒りが、またしてもむくむくと湧き上がってきたらしい。今度は拳を床に打ち付け始めた。名前ドン引きである。

「ちょ、ちょっと……ごめんって、マジでごめんです。ほんとそれは謝るので、一旦落ち着いてほしいのだ」
「分かってない。あなたは全然分かってません!」

額に浮き出る血管が恐ろしい。般若がごとき形相の護衛に詰め寄られ、名前はさすがに後ずさった。
壁際まで後退して、それ以上は進めないことに軽く絶望する。

「な、何が分かってないんですか……?」

絶望しつつ、お手上げポーズで尋ねた一言は、どうやら山田利吉の逆鱗に触れてしまったらしい。にわかに目付きが険しくなり、やたらドスの効いた声で「ああん?」と言われた。耳を疑った。
そして次の瞬間ーー名前の体は、大きく上下に揺れたのである。

「あひゃあ!?」

それは、目にも留まらぬ早技であった。とんでもない衝撃に襲われたかと思えば、名前の体の両脇に、見慣れた腕があったのだ。
途端にして陰る視界もまた、山田利吉の仕業である。名前に覆い被さるように身を乗り出し、全身全霊で光を遮っているのだ。

「何?何事!?こここ怖いのでどいて欲しいんですけど!」
「…………」
「無視ですか……そうですか……」

勇気を振り絞った懇願は、悲しい程に梨の礫。
あと、壁が若干へこんで見えるのは、どうか目の錯覚でありますように。修理代は給金から天引きするから首を洗って待ってろ。

「…………天女様」
「はい」

喋るんか〜い、という突っ込みは心の中に留める。
怖すぎておこわが炊けそうなので。

「いつまで経ってもご自身の置かれた立場がお分かりにならないようですので、もう言います。箝口令が敷かれておりますがそんなもん知りません。私は言います。決めました」
「え?え?え?」
「やかましい。黙って聞いてください」
「はい」

先程までの無言は何だったのか?といった怒涛の勢いは、まさしく“堰を切ったように”という例えが相応しかろう。名前の困惑を亡き者にした挙句、ほぼノンブレスで捲し立てた山田利吉はーー

「つかぬことを伺いますが、天女様は処女でいらっしゃいますね?」
「は???」

ーー本当につかぬことを伺い始めた。
名前ドン引きである。さっきぶり二回目。

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