02
天女教団は清貧を良しとし、贅沢は心に汚穢を招く悪しき行為と定めている。
その一方で、教団の総本山を名乗るオーマガトキでは、城主を筆頭に誰もが贅沢三昧に明け暮れ、潔く教義に逆行していた。

***

「質素倹約の徹底を求めます!」

山田利吉の告解から一夜が明けた。
色々あったものの、紆余曲折の末混乱から立ち直った名前は、現在ーーオーマガトキ領主その人に決死の直談判を願い出ていた。

「て、天女様、これはまた突然のご来訪で……。ご機嫌うるわしく……」
「ない!ないったらない!全然うるわしくないです!御託はよろしい。それより護衛に聞きました。今、国のお金が足りぬそうですね。悪いけど、護衛がいる限りそちらの事情は天女に筒抜けなので。なぜこうなるまで天女に黙っていたの。天女はもう用済みだから、とっとと城から追い出そうって魂胆?」
「は、はわわ」
「“はわわ”じゃありません!さっさと内情を吐き出し、ある事ない事全部ぶちまけやがれ!」

怒れる名前が単身乗り込んだのは、城主の私室である。
城主の名を、大間賀時曲時。かつては、毒にも薬にもならぬ地味領主、といった程度の位置付けであったが、天女を手中に収めた日から彼の金遣いは荒くなり、今や三国一と謳われる浪費家に。
肩書に恥じぬ絢爛な部屋は、目が眩むほどの金で覆われている。

「そそそれは誤解でございまする天女様〜!!」

大間賀時公は、慌てて上座から転がり降りると、自ら平伏した。

「いえいえいえとんでもない!滅相もございません!そんなことはあり得ぬ話!……その……こ、この程度の些末事、天女様のお耳を煩わせるほどのことではない、かと思いまして……。天女様は尊きお方です。あ、あなた様ともあろう方が、卑しい人の金などお気になさることは……」
「それを判断するのは天女です!」

名前が一喝すれば、眼前に座す狸めいた風貌の男が「キャッ」と叫んで怯んだ。女々しい。そして尚更情けないことに、この狸こそが大間賀時曲時公。
見てくれは狸でも、狡猾さとは無縁の性格であり、腹芸の類いは一切こなせぬ国主である。良くも悪くも、裏表のない人物と言おうか。持ち前のメタボ体型を生かし、腹踊りなら出来そうだが。

「も、申し開きもございませぬ……」

消え入りそうな声で呟き、丸い額を“これでもか!”と床板に擦り付ける様は、一国の主が聞いて呆れる情けなさである。

「もういいです。別に、謝って欲しくて来たわけじゃないので」

名前は半眼でため息をつき、「それより!」と話題を転じた。

「天女がここに来たのは、お金が、今の時点でどれくらいヤバいのかを聞くためです。最近毎晩のように宴会してるし、この部屋も馬鹿みたいに金ピカだし、そんなに困窮してるようには見えないんですけど」
「ええと、それはですね、借金をしておりますので、はい」
「借金をしておりますので!?」

名前はオウム返しに叫んだ。
大間賀時公は、なぜか照れ笑いをした。

「へへ……わし、こう見えて大変に懐の深い友人がおりましてな。際限なく銭を貸してくださる!貴族や商人達は派手を好みますゆえ、金を出し惜しみしては信を得られないと言われまして。考えてみれば、実にその通りであると感銘を受け申した!いや、まこと我が友人殿は慧眼であられる!」
「ダメだこいつ。早くなんとかしないと」

熱に浮かされたような顔で熱弁を振るう大間賀時公は、完全にヤバい宗教に取り憑かれた人の顔をしていた。……まぁ、現在進行形でヤバい宗教の教主をやっている名前が言えた話ではないが。

「さっきから接待費とか袖の下とか、なんかちょっとイケナイ系のお金の話しか出てきてない気がするんですけど、普通に国の運営に使うお金は大丈夫なんです?たとえば最近、国境付近の小競り合いが大きくなってる、みたいな噂を聞きますけど」
「何をおっしゃる天女様!他ならぬあなた様がおられる限り、我が国は安泰ではありませんか!そのような些事、捨ておけばよろしい」
「まじか〜……」

名前は今度こそ天を仰いだ。お手上げなのだ。
この、人並外れて大きな頭蓋骨が内包する脳みそは、しかし、外観にそぐわず人並外れて慎ましいサイズ感らしい。
大間賀時公は気付いていないようだが、彼の崇拝する“お友達”とやらは、言葉巧みに奴の懐から金銭をむしりとり、少しずつ国力を削ぎ落とす腹積もりなのだ。
まんまと策謀に乗ったオーマガトキは、一年で肥した私腹をすっかり寂しくし、今や借金まみれの火の車。相手の思う壺である。
 
更に詳しく話を聞けば、オーマガトキは宴や調度品にかける銭を工面するため、国防の要たる武器を片っ端から売っ払い、兵達を軒並み解雇し、軍馬を錦の衣と取り替えたという。
それを聞いて、名前は気が遠くなった。 
この状態でいざ戦が勃発すれば、オーマガトキに勝ち目はない。戦わずして全面降伏だ。こんな格好悪い無血開城あるだろうか?
親切なご友人は、貸した金を国もろとも回収する算段なのだ。
離宮に引き篭もり、外界と隔絶した暮らしをしていたことが仇になった。姦しい侍女達は、減るばかりか増える一方だったので。

「…………で、そのお友達って誰なんです」

大間賀時公は、この日一番の良い笑顔で答えた。

「タソガレドキ城が城主、黄昏甚兵衛殿じゃ!」

***

タソガレドキとオーマガトキは、地続きで隣同士の国だ。
国土の規模自体は拮抗しているものの、戦上手で知られるタソガレドキ城主は切れ者としても有名。
対するオーマガトキ城主はご覧の有り様である。
黄昏甚兵衛がその気になれば、さもない隣国を併合するなど朝飯前だろうに、彼は敢えてそれをせず、長年オーマガトキを手の平で転がしてはいいように使ってきた、という複雑な背景がある。

ところで、そのタソガレドキに目をつけられる引き金となった名前ーーもとい“天女”についても、少し触れておきたい。
元々この近辺には、“天女信仰”と呼ばれる土着の信仰があった。
ある日突然現れた天女様が、地元の人々に様々な恩恵を授ける、という何処かで聞いたような昔話が基盤となっている。
ーーそして言い伝えによると、初代の天女が去った後も、決まった周期で必ず次なる天女が現れ、“この世界”に恩恵を賜るのだ。

「“天女”ねぇ……」

足音荒く大間賀時公の部屋から引き上げた名前は、側仕え達を全員追い払い、だらしなく自室の床に寝そべった。
先程の不毛なやり取りで、長年胸の中に押し込めてきた不満の種が、いよいよ我慢の限界とばかりに萌芽してしまったのだ。

「やっぱりここはもうダメだ。帰る方法を探さないと」

寝転んだ先にあった古書を、手癖でめくる。
そこに記されているのは、教団設立の本源となった逸話である。
ーーそれは、こんな一文から始まっていた。

昔々。天女様は、村の人々に様々な慈悲をお与えになりました。
たとえば、触れただけで火が灯る石。
たとえば、実物かのように精緻な絵画。
たとえば、墨がなくとも字が書ける筆。

「……ものは言いよう。まさしく」

手垢がつくほど読み慣れた文字列をなぞり、名前は苦々しげに顔を歪めた。
回りくどく描写されると“それらしく”見えるが、種明かしされれば呆気ない。火がつく石はライターだし、本物そっくりな絵は写真だし、不思議な筆はボールペンだ。
名前が思うに、初代の天女様は現代人なのだ。なんらかの理由があって、名前同様、彼女は異世界に落っこちた。
この世界が妙に現代かぶれしているのも、恐らく天女の影響だろう。歴代の天女達が少しずつ現代の知識を持ち込み、あるいは私物を置き去りにし、過去の人間達に未来の文化を根付かせた。

「それでも、説明できないことがある」

文明の再現には限度がある。
たとえばビニール製のボール、たとえばプラスチックで出来たコップ。そういったオーパーツは、この時代の技術ではどう足掻いても作り出せない。
ーーそれなのに、存在している。 

「たぶん、どこかに“穴”があるんだ」

かつて、ビニールのボールを持っていた少年に尋ねたことかある。それを何処で手に入れたのかと。
彼は、平然と答えた。「気付いたらそこにあった」と。
その予期せぬ出現条件、まるで己のようではないかと思った。

「きっとどこかに、現代とこの世界を繋ぐ穴がある。その穴を通って、色んな未来のものが落ちてくる。天女もその一つなんだ」

ならば、その穴を早く見つけねばならない。こんな滅亡まっしぐらな国には見切りをつけ、一刻も早く家に帰らなければ。

「……でも、とりあえずは当面の金策だなぁ」

決意は固くとも、すぐに動き出すことは難しい。昨日より一回り小さくなった“かまくら羊羹”を眺め、名前はげんなりした。

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