裏々山捜索隊
学級委員長委員会に言質を取られてから数日後。
名前は再び、保健室を訪れていた。

「傷はすっかり消えましたね。さすが伊作先輩です!でも念のため、処方された分を全部使い切るまで、塗り薬は使い続けてください」

名前の顔から包帯を取り、そう言って満足げに太鼓判を押したのは、つい昨日知り合ったばかりの保健委員・猪名寺少年だ。心優しい性格で、短い赤毛に眼鏡がトレードマークの、なかなか目立つ容姿の子である。

「ありがとうございます。元々大したことなかったんですけど、お陰様で治りました。……で、話は変わるんですけど、君は先輩達から何か聞いてますか?天女と、なんていうか、薬的なものを共同開発する件」
「あ〜、あの信者の人達ですよね」

手を拭きながらこちらを振り返った猪名寺少年は、こめかみに人差し指をあて「えっと〜」と、頑張って記憶を呼び戻そうとしている。

「私もあんまり詳しくは聞いてなくて。でも、ひとまず天女様の怪我が完治するのを待とうって言ってました。今は、信者の人達はドクタケ城と金楽寺に集められてるんですけど、症状は落ち着いてるみたいです」
「金楽寺にいる信者は症状が出てない人達でしたよね。つまり、免罪符を買ってない派閥。ゾンビ化した信者がドクタケ城にいるわけですね」

結局ゾンビ化信者達は、自分達に偽免罪符を売ってくれたドクタケ側に寝返り、そこを拠点と定めた。
そうではないーー本物の免罪符を買っていた信者達は、今のところ金楽寺に集められている。
まだ全員ではないにしろ、学園やタソガレドキの読みはおおよそ当たっており、その辺で根無し草になっていた野良信者達も、続々と両拠点に集まって来ているらしい。受入先のキャパシティが気になるところだ。

「ゾンビ化の解除薬、サラッと作るって言ってましたけど、そう簡単にいくかな。薬物中毒系の症状って、結局はその薬物を断つしかないじゃないですか。対処療法しか出来ないような」
「うーん……私も難しいことは分かりませんが、伊作先輩は、天女様のお力を借りれば出来るかもしれないって」
「ええ〜。天女のこと買い被りすぎだよ。凄いプレッシャーなんだが」

みんな“天女”に夢見すぎじゃない?と憮然とした矢先、廊下を走る軽い足音が聞こえた。意味もなく気配を消して歩く人間が多い忍術学園において、これは非常に稀有な事象だ。
落ち着きのない足音は、保健室の前で止まった。

「乱太郎聞いたか!?ろ組の奴らが……って、あれ、その人誰?」

勢い良く部屋に雪崩れ込んで来たのは、黒髪ポニーテールの男の子だ。
ちなみに、乱太郎というのは猪名寺少年の下の名前なので、恐らく二人は同級生だろう。実際、その後に続く会話は非常に打ち解けていた。

「き、きりちゃん!もう!廊下は走るなって書いてあるでしょ。ここは保健室なんだよ!もし急患がいたら、今のでびっくりして症状が悪化しちゃうことだって……」
「あーあーあー!分かった分かった!悪かったってば!もうしねーっての!でも今はそれどころじゃなくて、」
「き〜り〜ま〜る〜。は、速いよぉ。置いて行かないでってばぁ。僕疲れちゃった」
「あ、やべ。しんべヱごめんな!早く乱太郎に知らせたくて……」

一瞬にして外野に弾き出された名前は、二人の会話をぼんやり聞き流していたのだがーーそれも束の間の出来事にすぎなかった。
なぜなら、降って沸いたように現れた“彼”の姿を感知した刹那、名前は居ても立っても居られず、衝動的に歓喜の悲鳴を上げてしまったのだ。

「ち、小さい福富屋だ!!!!」

叫んだ瞬間、和気藹々としていた三人は目を丸くして固まり、一斉に名前を見た。しかし、名前の視線が彼ーー“小さい福富屋”に釘付けになっていることを悟るなり、黒髪の子はさりげなく場所を移動し、ミニ福富屋を庇うように立ち直す。
……なるほど、完全に不審者扱いというわけか。賢明な判断ですね。

「な、なんなんスか、あんた。しんべヱに何か用?」
「………………」

つっけんどんに尋ねられたが、今や名前はミニ福富屋で頭がいっぱい。
返事をする余裕などあるはずもない。
首を変な角度に傾け、一目だけでもお姿を拝もうと躍起になっていた。

「え、ちょっと、ほんとに何、おい乱太郎この人怖いんだけど」
「きり丸さっきから何してるの?前見えない」
「バッカ!しんべヱ、危ないから出てくんな……ッ!」

果たして、名前の切なる祈りが通じたのだろうか。
名前が、ひときわ無理な姿勢で首を捻じ曲げた時。なんと、ミニ福富屋自ら、少年の影から出て来てくれたのだ!このつぶらな瞳、独特なフォルム、隠しきれないお金持ちオーラ……凄いぞ、福富屋の完コピだ!
あと、ちょっと大間賀時公要素もある。首を捻挫した甲斐があった!

「あ、あの!は、初めまして!あの……!!」
「?」

黒髪の子の“嫌そう〜”な視線も何のその。名前はすっかり、憧れのアイドルを前にした一ファンの心境だった。新曲本当に良かったです!配信いつも見てます!衣装に合わせて髪も切りましたよね!可愛いです!

「あ、もしかして天女様ですか?パパがいつも話してくれるの。最近、商売のことでも色々お世話になってるって。僕、福富しんべヱです」
「え、うそ、福富屋が家で天女の話を!?しかもやっぱり息子さん……そんなことがあって良いんですか……?」

推しに認知されていた事実に震える。
ミニ福富屋改め福富屋Jr.は、未だ警戒を解かぬ黒髪の子を「この子はきり丸です」と紹介してくれた。よく出来た子だ……神童かもしれん。

「福富屋Jr.、そういえばお父様は息災ですか?この間忍術学園に避難して来ていましたが……もう家に戻られましたか?」
「はい!原因と犯人が分かったから、すぐ家に戻って来ました!しばらく船には乗らないみたいだけど、もうそろそろ大丈夫じゃないかな」
「よ、良かった……」

偽福富屋の船を襲ったのは、ドクタケ側についた狂信者の一派だ。形はどうあれ、落ち着くところが決まったおかげで、凶行に出る者もいなくなったらしい。
名前のしたことが無駄ではなかったと知り、少しだけ救われた。

「ゴホン!」

名前がウルウルと福富屋Jr.を見つめていると、サッと間に割り込んで来る壁があった。邪魔なんですが!憤慨した名前の前に、今度は空っぽの手の平が突き出される。仏頂面のきり丸少年だった。

「これ以上見ると観覧料取るんで」
「えっ」

びっくりして顔を上げたが、名前が応じるより早く、その手をピシャリと叩き落とす猛者がいた。猪名寺少年である。

「こらっ!きりちゃんったら、天女様に意地悪しちゃだめでしょ!」
「意地悪じゃない。俺はいつだって商売のチャンスを逃さないだけ」
「お、お幾らですか!?」
「天女様も支払おうとしないでくださーい!」
「えー?僕はお金よりお団子がいーなー」
「お団子ですね!心得た!」
「……しんべヱ、ややこしくなるから今は喋らないで」

財布片手に部屋を飛び出そうとした名前を制し、猪名寺少年は疲れ切った顔をして尋ねた。

「それで?きりちゃん、私に何か用があったんじゃないの?随分と急いで走って来てたじゃない」
「あ!そうだったー!」

きり丸少年の絶叫で、緊張感のない空気が霧散する。
彼は、さっきまでのやり取りが嘘のように青ざめると、名前そっちのけで猪名寺少年に詰め寄り、やがては衝撃の事実を打ち明けたのだった。

「一年ろ組の生徒が、裏々山まで日陰ぼっこに行ったきり行方不明になったんだ!」
「な、なんだってーー!!!?」

“日陰ぼっこ”って何!?

***

事件の概要はこうだ。
一年ろ組の生徒数人が、昼休みを利用して学園裏手にそびえる山の上に“日向ぼっこ”……ならぬ“日陰ぼっこ”をしに行った。
日陰ぼっことは読んで字の如く、日向ぼっこの日陰バージョンである。
薄暗い日陰に集まり、そのジメジメ感を楽しむことが醍醐味とされる。

「でも、昼休みが終わっても、一人も学園に帰って来てなくて……」

元来真面目な気質の生徒達が、言伝もなく無断で授業を休むなど、あまり考えられないことだった。それでいて、普段から人前に姿を見せることが少ない生徒達でもあったようで(どういうこっちゃ?)発覚が少々遅れたらしい。そして今は放課後。事態を重く見た教師陣が、手隙の生徒をかき集め、捜索部隊を組み始めているのだった。←今ここ!

「そ、そんな。伏木蔵……大丈夫かな……」

心細そうに呟いた猪名寺少年は、姿を消した友人を探すように、開きっぱなしの戸の向こう側を見つめる。一方きり丸少年は、そんな彼を心配そうに見守りながら「それでさ」と、続け様に口を開いたのだった。

「俺たちも行こうぜ、裏々山に。先輩や先生達より早く、ろ組を見つけ出すんだ!俺たちの方があいつらと仲が良いから、行きそうな場所とか思いつくかもしれないだろ?」
「えっ、でも……」

無鉄砲な発言に面食らった様子の猪名寺少年は、しかしすぐさま表情を切り替え「そうだね」と。

「私も、こんな所でじっとはしてられない。……よし!私達の手で皆を見つけ出そう!」
「そのいきだぜ!」
「やったー!」

いつの間にか、すっかり闘志に火がついた三人は、三銃士よろしく空中に向かって拳を掲げ、ここに捜索隊の結成を誓ったのだ。
ーー途中から、完全に部外者と化した名前を置き去りにして。

「え……良いのかな、これって……」

友情パワーでブーストのかかった三人が、保健室を飛び出してすぐ。
名前の心に、一陣の隙間風が吹いた。

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