全ては掌の上
己の罪を数えろと言われれば、それは煩悩の数より多く、乙女の秘密の数より少ないと答えるだろう。
背負いすぎた業の数々は、転じて自責の念になる。
ーー山田利吉の献身は、名前には少々荷が重かった。
奴の自己犠牲に報いるだけの感情を、言葉を、行動を、名前は何一つ返すことが出来ない。薄っぺらい罪悪感だけが降り積もる。

***

忍術学園に集う信者達の身柄は、一旦金楽寺で預かってもらうことになった。名前が積み上げてきた罪の化身とも言うべき存在達は、しかし思いがけず従順な態度で、寺の境内に消えていった。

どこか哀愁漂う彼らの背中を見送り、名前は深く嘆息する。
彼らがお守りのように……否、事実お守りとして握り締める免罪符を見て、またどうしようもなく憂鬱な気持ちが蘇ってしまったのだ。
彼らをあんな風にしてしまったのは、紛れもなく名前だ。
名前が生まれ育った平和な“現代”と、命のやり取りが日常になっている“この世界”とでは、きっと信仰の重みが違いすぎる。
山田利吉一人でさえ持て余しているような名前だ。信者達の人生全てを背負えるだけの覚悟、1ミリだってありはしないくせに。

「……で、天女は何をすれば良いんですか」
「あれ、やる気になって頂けましたか?」
「いや全然まったく」

計画を実行に移すまで、五条弾は忍術学園に通い詰めることになった。てっきり、学園側がそれを許さぬだろうと思ったのだが、タソガレドキの忍者は、日頃から何かと忍術学園に入り浸っているそうで、止めた所で今更だろう、という半ば投げやりな反応であった。
とはいえそれは表向きの話で、実際はタソガレドキと忍術学園、両者の利害が一致しているんだと思う。山田父は、しきりと国の情勢を気にしていたから、降りかかる火の粉を未然に防ぐ意味合いが大きいのかも。忍術学園は立場が複雑そうだから余計に。

「もうすでに小さな小競り合いがいくつも起きていますから、正直に言って時間はあまりありません。ひとまず天女様には、各地の野良信者を集めてもらいたいと思います」
「すみません。ちょっと用事を思い出しました」
「そうはいかないんですよねぇ」

咄嗟に逃げ出そうとしたものの、間髪入れず襟首を掴まれ、名前の足は空を蹴る。反射神経に差がありすぎるんですが。

「は、離せ!離しやがれ無礼者〜!だって無理ですよ!冷静になって考えてみようよ!野良信者の人達、決して悪い人達ではないですけど、彼らは控えめに言ってSAN値がゼロなんです!そんな人達とまともにコミュニケーションが取れるとお思いですかってんですよ!」
「はいはい。ちょっと静かにしましょうねー」
「気安く撫でるんじゃありません!不敬!」

ジタバタと暴れたところで、五条弾は痛くも痒くもないご様子。
一方の名前は早くも体力ゲージが底を突きかけており、改めて体力育成の重要性を思い知った。人間やっぱり体が資本。ペンは剣より強しと言えども、最低限体を動かせなければ、ペンで何かを生み出すより早く剣で胸を貫かれるのがオチなのだ。世知辛い。

「天女、筋トレを始めようと思います」
「急に思考を飛躍させるのやめてくださいね」

五条弾は名前を軽々拘束すると「詳しい話はまた明日にでも」と言い残し、その場でドロンと消えてしまった。自分の過去は棚上げし、名前は心の底から「無責任だな」と思った。それから時差で、自分の投げたブーメランに頭を殴られた。無責任でごめん。

***

約束の明日になった。
しかし、ミスター無責任こと五条弾は現れず、代わりに名前を迎えに来たのは、作法委員会(何それ)を名乗る面々であった。

「お初にお目にかかります。作法委員会委員長、六年い組の立花仙蔵です」

代表して名乗りをあげたのは、たおやかな印象を受ける美人。
そして、その隣で上の空を見上げているのは、忘れもしない綾部少年なのであったーー。

「なっなんでこのメンバーなんですか?」

ひっくり返りそうな声で何とか問いかけると、大人しそうな顔をした男の子が「それはですね」と進んで口を開いた。

「学園長先生が言うには、野良信者の人達は僕達が説得してどうにか出来るようなタイプではないので、力づくで捕まえるしかないとのことなんです。その点作法委員会には、天才トラパーと名高い綾部先輩や、カラクリが得意な一年生がいるので、捕獲作戦に向いているだろうとのお考えです。もちろん、僕も完璧に予習をして挑みます!」
「捕獲って言っちゃったよ」
「あ、僕は三年は組の浦風藤内です。よろしくお願いします」

浦風少年の分かりやすい説明により、学園長の本音が暴露されてしまった。結局あの人、腹の底では野良信者のこと害獣扱いしてるんじゃん。……いやまぁ当たらずも遠からずだけどさ。
浦風少年に「よろしくね」と返していると、そこへ更に年下の二人組が現れた。どうやらずっとタイミングを伺っていたらしく、一人は満面の笑み。一人はガチガチに緊張している様子である。

「僕は一年は組の笹山兵太夫でーす」
「ぼっ、僕は!一年い組の……」
「黒門伝七くんでーす。こいつ、ずっと天女様に会えるの楽しみにしてて、昨日から全然寝てないんですよ。あはは、かわい〜ですよね」
「おい!!!兵太夫余計なこと言うな!!!」

真っ赤な顔で地団駄を踏む黒門少年は、恐らく日常的に笹山少年におちょくられているのだろう。確かにからかい甲斐がありそうと言うか……。笹山少年、とてつもなくイイ笑顔である。

「さて、皆んな自己紹介は済んだな。……それでは簡単に、私から今回の作戦をお話ししましょう」

鶴の一声ならぬ立花氏の一声により、一年生はすぐさま大人しくなった。そして驚くことに、“あの”綾部少年までもが、きちんと話を聞く体勢になっているではないか!躾が行き届いている。

「ーー我々の調査によると、野良信者の多くはとある廃寺院を拠点としています。ですから、あえて遠回りなことはせず、一度にそこを叩く。本拠地さえ押さえてしまえば、残りは勝手に集まって来るでしょう」
「あー……うん……なるほど……」

名前は歯切れ悪く相槌を打った。

「あの、薄々気付いていたというか、あまりにも嫌すぎてちょっと明言を避けていたんですが。要するに天女は、今宙に浮いている野良信者を束ねる立場になれって言われてるんですよね……?他の派閥派の対抗勢力として……」
「そうですよ。何を今更」
「ううう……学園長は最初からそのつもりだったんですね」

イマジナリー学園長が脳内でピースしたので、名前は苛々と頭を掻き毟った。あの狸爺、名前が忍術学園に来ると決まった瞬間から、こうなることを見越していたのだろう。そうでないと説明がつかぬ。作法委員会の派遣と言い、全てにおいて話が早すぎる。

思うに派閥派は、名前が“天女”の資格を失う前から、着々と準備を進めてきたのではあるまいか。名前と大間賀時公が袂を分かつことで、派閥派は一斉蜂起の大義名分を得た。しかし、それはあくまで偶然に過ぎず、多かれ少なかれ、いつの日か名前は天女の座を追われ、天女乱立時代が訪れていたのではないか。
だって、名前がいかに本物であろうと、それを証明する手立ては何もないのだ。ならば、本物の天女は影でこっそり生かしておいて、表舞台には政治的利用価値の高い“偽物”を出し、権力争いの操り人形にした方がやりやすい。
天女が名前である必要は、もはや皆無なのだ。

「そうか……だから結婚なんだ……」

今更、名前はオーマガトキのやり口に気が付いた。
大間賀時公と名前との間に立っていた入籍フラグ。あれは、本物の天女を無理なく手元に置いておけるばかりか、対外的に名前から天女の資格を奪える、二重のカラクリ構造になっていた。
それでもって政治的に都合の良い娘を偽物の天女に仕立て上げ、派閥派の権力を盤石なものにする企みだったのだろう。

ーーで、それを察した山田利吉の雇主は、専属護衛と天女との間に熱愛スキャンダルをでっち上げ、オーマガトキから天女を掻っ攫おうと目論んだ……というのが筋書きだろうか。
そうすると、名前が牢屋にぶち込まれた理由も分かる。
殿様目線では、あれは紛れもなく不貞行為だったのだ。しかも、たぶん常習性があったと思われている。天女を騙る不届き者……なるほど言い得て妙なのだ。とっくの昔に非処女になっていたとしたら、確かにその間、名前は偽りの天女だったわけだし。

「いや、山田利吉どんだけ汚れ役させられてるの……」
「天女様?何か言いました?」
「む。人生は難しいなと思いまして」

笹山少年の純粋な瞳を笑って躱し、名前は再び溜め息を吐く。
悪い大人たちの知略謀略が暗躍しすぎて、いたいけな名前は付いていけない。どんなに思考を巡らせたところで、所詮こちとら中学生なのだ。気付いた時には、いつだって後の祭り。後手に回ってばかりの現状が情けなくて、名前はそんな自分を恥じた。

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