01.少年 |
私は小さな花屋を営んでいる。小さな若い黒猫と共に。その黒猫はこの花屋を始めたときから飼っている。彼女の名前は「アグロス」。主人の誕生花の「麦仙翁」の学名「アグロステンマ」から取った名前だ。淡い紫色の花はまさに彼女のイメージにピッタリだった。 花屋に来る人は皆アグロスをなでようとするけれど、アグロスは人になでられることを嫌った。チリンと首につけた鈴を鳴らすと店の奥へと逃げてしまう。そして私が客に「無愛想な猫なもので」と苦笑しながら頭を下げるのが常だった。 夏が終わり、日差しがやわらかくなり始めたある日のこと、花屋に一人の背が高い少年が来た。来たといっても店の中には入らず、店頭に並ぶ花を見て行っただけだった。彼は見覚えのない制服を身にまとっていた。 「ミャォ」 アグロスの金色の瞳はじっと少年を見つめていた。 来る日も来る日も少年は花屋を訪れた。少しずつ花を見る時間も長くなった。少年が来る度にアグロスはじっと少年を見つめるのだった。 そして少年が来るようになって十日ほど経ったときのことだった。私は新しく入荷した花を店頭に並べていた。 「あの、すみません」 若い男の人の声が背後から聞こえた。 「はい」 振り返って笑顔で応じる。目の前にはあの少年が立っていた。 「中……」 「えっ?」 「中、見ていってもいいですか?」 はにかんだ笑顔で言う少年は一瞬とても幼く見えた。 「ええ、もちろん」 私は笑顔で答えた。 少年は花を見て回った。一つ一つの花を二十秒ほどかけてじっくりと見ていた。 少年をぼんやり眺めていると、アグロスが店の奥から出てきた。彼女は大きなあくびをして、心地よさそうに伸びをした。 page:Bookmark |