あと数十メートルこのまま進んだら自分の家。そこにアイツの住んでるアパートがある。見た目はボロいけど、中身は案外きれい。私も一人暮らしをするならこういう所に住みたい。ベランダで空でも見上げて一日を過ごす。そんな生活。 「おじゃましまーす」 私はインターホンも押さずにずかずかとアイツの家に上がり込んだ。アイツは――亮介は何やらパソコンで作業をしていた。 「おう」 亮介はそれだけ言って、また作業に戻る。 「何やってるのぉ?」 私が後ろからパソコンを覗き込んで、間延びした声で聞くと「大学のレポートォ」なんて亮介も間延びした声で答えた。 亮介は大学二年生。私は高校一年生。付き合ってるとか、そういうのじゃない。ただ、近所のちょっとコアなCDショップでうろうろしてたら、話が意気投合して知り合った。それだけ。それで、家が奇跡的なぐらい近いのを知って、私は亮介の家に入り浸っている。亮介はとても不真面目なのだけれど、根本的な部分で誠実な人だ。それはこの半年の付き合いでよく分かった。 「何か新しいの買った?」 私が聞くと、亮介はCDの山を指差した。山のてっぺんには真新しいCD。 「まあまあだったよ」 亮介はそう言って微笑んだ。この笑顔を見たらそこら辺の女の子だったら惚れちゃうんじゃないかな。そんなことを考えていたらなぜか切ないような気持ちになって、CDを手に取った。 私は亮介の部屋のコンポでCDを流した。ソファーに座って、その音に耳を傾ける。この瞬間がとても好き。新しい音楽が耳に入ってくる瞬間。鼓動が速くなって、きゅんと胸が苦しくなる。 「結構、好きだな」 私がそう言うと、「だろ?」なんて亮介は嬉しそうに笑った。私と亮介の音楽の趣味は完全に一致しているわけではない。亮介が薦めてくれた音楽を聴いて、あまり好きじゃなかったときは妙に悲しくて寂しい気持ちになる。でも、そこで「好き」だなんて嘘をつかずに済むのは亮介だからだろう。 「來海が好きそうだ、って思った」 亮介は私のことを名前で呼ぶ。私は前まで名字に「さん」付けで呼んでたんだけど、亮介に「名前で呼んで」と言われてからはずっと名前で呼んでいる。家族以外の男の人で私を名前で呼ぶのは亮介だけだし、私が名前で呼ぶ男の人も亮介だけだ。 「うん。ねぇ、借りていい?」 私はソファーでくつろぎながらCDケースに入ってる歌詞カードを眺める。 「もちろん」 亮介はカタカタとパソコンのキーボードを楽器のようにリズム良く打っている。その音を聞いてると、少し落ち着いた。 私が亮介の家に入り浸るのは、CDを聴くことよりも何よりも、この空間が好きだからだと思う。 page:Bookmark |