たかがお前のごとき



 

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 ※R15

 モブ×イザ(微 臨→静)
 性的暴力・微グロ表現有
 うっすら猟奇的
 なんでもあり

 






「臨也くん、ただいま」

 脱ぎ散らかした衣服を脚で避けながら、男は俺に近づいてきた。
 タバコのヤニで汚れた壁、空のカップ麺やお菓子の袋が投げ出され、ジュースの入っていたコップは倒れて、埃っぽい絨毯にシミを作っている。
 親しげに名前を呼ぶ男を、俺は知らない。ただ、全身ひん剥かれて拘束されているだけの、屈辱感。それだけを、嫌というほど思い知らされた。
 不服そうに顔を上げると、首輪に繋がる鎖がジャラリと音を立てる。そんな俺の目つきが気に入らなかったんだろうか、頬を張られた。

「おかえりなさいも言えないの?」
「……おかえり、なさい」

 奥歯を震わせ声を絞り出すと、男の指が俺の頭を撫でて、満足そうに微笑んだ。

 主人気取りかよ。

 悪態をつきたいけれど、実は今、本当にそういう状況にある。タバコで焼かれた傷跡が思い出したように痛んで、唇を噛んだ。
 男はまた衣服を床に脱ぎ捨て、下着姿になると冷蔵庫の方へ向かった。しゃがみ込んでよく冷えたビールを取り出すと、プシュッと音を立てて缶をあける。
 これ見よがしに俺の前で飲みやがる。水も録に与えられない俺の喉はカラカラに乾いていた。

「……臨也くんも飲みたい?」

 男は俺を振り返って尋ねた。分かっていてやっているんだろう、本当に腹が立つ。
 まともな食事も摂ってないのに、そんなもんいるか。罵倒してやりたかったが、今は本当に喉が渇いていた。缶に浮かぶ水滴の潤いさえ、舐めたい。この舌に載せたい。

「――やっぱりあげない。臨也くん最近よく吐いちゃうし、また今度ね」

 がっかりしちゃう臨也くんの顔もかわいいね、なんて笑われた。こんな恥辱って、耐えられない。頭を掻き毟って床を転げまわって雄たけびを上げれるものなら上げてやりたい。手足も自由を奪われて、男に好き放題にされているなんて、こんなことって。

 くどいようだけど繰り返させてもらおう、俺はこの男を知らない。俺の性格上忘れているのかもと疑ったけど、こんなヤバそうなやつ忘れるもんか。
 見た目は、俺よりは年上で、三十路を過ぎたかどうか、それくらいの男だ。ガタイはいい。髪の毛には少し色を入れて、家の中を見る限りかなりのズボラに思えるけれど、身だしなみだけは極端に不潔なわけでもない。普段の表情は和やかだが、目の下のクマが濃いのが不気味で、ボロボロなすきっ歯な男。こんなやつ、知らない。
 
 ただ、男は俺のことを知っていた。
 一週間前くらいだろうか、男の部屋で目を覚ましたとき、何が起こったのかと目が点になった。後頭部がジクジクと痛みを訴えながらも、俺の脳がようやく理解しようと情報を取り込み始めたとき、次第に身体が冷えてきて、全身に鳥肌が立ち、嫌な汗が伝った。
 部屋の壁には、いかにも不自然な角度から、俺を隠し撮りしたと思われる写真がプリントアウトされ、アイドルにご執心な中学生みたいに、べたべたと何枚も貼られていた。中には大きく引き伸ばされて、卑猥にコラージュされたものもある。かと思えば、切り裂かれていたり、何が付着しているのか知りたくもないが、汚されているものもあった。

 性的な嗜好が異常なんだろうな、と思った。俺がその対象に見られていることは驚きでもあった。
 襲われて気絶させられたという失態。恨みつらみの類であれば、どれだけ救われたことだろう。
 男に、俺が、性的な意味で監禁されている!
 その嫌悪は計り知れない。

「臨也くんは本当にかわいいね」

 そう言って俺の身体を撫で回す男の指が、紫色に腫れた場所を掠めると、思わず背を丸めるしかなかった。
 男がつけた傷だ。殴ったり、蹴られたり、最近では縛り上げたり、蝋燭で火傷させるのがお気に入りみたいだ。最初は、俺のナイフで、ねっとりと切りつけられた。ナイフがなぞった場所からうっすらと血の線が浮かぶのを、男は愉しそうに眺めては、かわいい、かわいいよと繰り返すのだった。
 てっきり突っ込まれるんだろうと思ってた。でも、男は俺が傷つけば満足するみたいで、一人で盛り上がっては覚めていた。いつ、何をされるのかって、逆に怖くなった。

 くるってる。

 これだから人間は面白い! 笑い飛ばす余裕は、この一週間で消えていた。

 取引の約束があったのになぁ、どうしようかなぁ?
 四木さん怒ってるかなぁ。
 シズちゃん、俺が池袋に行かなくなって、喜んでるのかなー。あ、ちょっとムカつくな。
 ねぇ、はやく解放してよ。
 ねぇ、ねぇ、それ、痛いよ。もう痛いことしないでよ。
 ゆるしてよ。もう、ゆるして。

「そこ、やめ、て」
「痛いのかなぁ〜? 痛いの痛いの飛んでけ、しよっかぁ」

 激痛が走り、呻き声がこらえられない。新しくできた傷をわざとらしく揉みながら、男は甘ったるく耳元で囁く。総毛立つ。

「泣いてる臨也くんもかわいいけど、やっぱり俺は臨也くん好きだからさ、かわいそうなことはしたくないわけ、わかるよね」

 君さぁ、言ってることとやってることが違うんだよ。涙がじんわりと瞳に膜を張った。
 でも、はっきり言って、これ以上痛いこと、されたくない。
 誰だってそうさ。俺が男であるから、なんて問題じゃない。こんなことに男女による苦痛の差があるのかい? 充分猟奇的だ。俺はただの人間だ。……こわい、んだ。
 プライドはいくらでも立て直してやる。心はいくらでも塗りつぶしてやる。だから、これ以上、俺の身体に刻み付けないでほしい。
 なぜだろう、一筋、意識もしないのに、見せたくもない冷え切った涙が頬を伝い落ちた。

「あの臨也くんが泣いちゃうなんて、写真を色々パソコンで編集してみたけど、やっぱり本物のが興奮するねぇ。俺、臨也くんのこと幸せにしてあげるよ。あの、平和島静雄なんかに臨也くんが傷つけられるの、見てられなかった。怖かったでしょ? 臨也くんは強がりなの、俺知ってるしね。あんな化物から助け出してあげたんだよ、臨也くん。嬉しいよね。わかってるよ。あぁ、お礼なんていいよ。そんなの要求するほど安い男じゃないし。俺ね、池袋にいるときも、新宿にいるときも、怖そうなおじさんたちとお話してるときも、ずーっと見てたからね、臨也くんのこと誰よりも愛してあげるよ。臨也くん、臨也くん、本当にかわいいよ。臨也くんが俺のこと好きだって知ったときは嬉しくて死にそうだったなぁ。俺がずっと守ってあげるからね、臨也くん、臨也くん」

 後ろから抱きつき、焦点のあっていない眼をぎょろぎょろさせながら、名前も知らない男は狂ったように俺の名前を呼びながら、息を荒くして身体をまさぐっている。

 ――これが、俺が愛して止まない人間か。

 妙に苛立った。化物から救った王子様気取り。ちっとも知らないくせに、勝手なこと言うなよ。それを口にしていいのは、俺だけなんだよ。


「……おこがましいね。君、ちっとも俺のことわかっていないよ」
「そうかな? いいんだよ、別に。これから知っていくんだからね……」

 つ、と、俺の右腕に、細い何かの先端が当たる感触があった。







「――なに、これ」







 つぷ、と、先端が尖ったそれは、俺の肌の中へ、守る術のない無防備なところへ、侵入する。




「……ねぇ、なに、これ、なんだよ、おいってば! やめて、やめろよ! やだっ……いやだ、嫌だってッ!」

 ガタガタと俺の脚が馬鹿みたいに跳ねた。震える腕を押さつける男の指だって、震えている。手錠を掛けられて、針が刺さったまま、暴れることもできない。俺は、ただその光る先端を見つめることしかできない。
 男は恐ろしいほど優しい声音で、俺に言い聞かせるように呟く。

「痛いの痛いのとんでけしてあげるねぇ」
「いや、許して、やめて、頼むから。俺も君のこと好きになるから、こんなことしなくても、ね、恋人にでもなんでもなろうよ、デートだってしてあげるよ! だから、」

 たすけて。
 男の眼に訴えかけた。



 ぐるぐると宙ばかり映す瞳。
 血の気が引いた。


「うん、だからまずはこれで仲良くなろう?」

 ぎゅぅ、と、何かが俺の中へ注ぎ込まれる。
 注射器を浸していた液体が、俺の中へ、血管へ、身体の奥深くまで、流れる、染み渡る、細胞の一つ一つまで侵される、ヴィジョン。

「――――ひ、うそだ、あ、あッ、あ…………!」
「すぐきもちよーくなるよ、臨也くん、俺も臨也くんが好きだよ」
「……なにしたの、おい、なにしたんだよ!?」
「本当は歯も全部抜いてみたいし、爪も剥いで食べちゃいたいし、腕も脚も切り落として、内臓も舐めたいくらいだけど、臨也くんが泣くといやだから、どうしよう? ねぇ、臨也くん、左腕なら切ってもいいかな?」
「……やだ、もうやだぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、やめてください、おねがい、おねがい……あ゛、も、やだぁ……!」
「やっぱり泣いちゃうんだね、臨也くん。――お漏らしまでしちゃったの? どうしてこんなにかわいいんだろうね、……臨也」


 肩を砕こうとばかりに掴んでくるその手も、眼球を舐めようと近づく舌も、じわりと広がる水を感じる肌も、ぜんぶ、ぜんぶ、もういやだ。ころされる。ぐちゃぐちゃになって、しんでしまう。

 
「…………あ、」


 ゆるしてほしい。たすけてほしい。ずっと繰り返した。その間に、ふっと全て忘れて、あ、って思った。
 
 ――だれに、助けてほしいんだろう。

 だれでもいいよ、だれでもいいからたすけてなんて。
 なりふりかまわず叫ぶ俺の背後で、冷静に誰かを見据える俺の姿があった。

 ああ、そうか、君なのか。

 零れた涙は、シニカルな笑みを浮かべる頬を滑り落ちた。




 殺す殺すって、ばかみたいに吼えてたあいつに、あいつになら殺されてやってもいいかなって思っていたんだ。
 でも彼は、きっとたかが俺の命ごときのために、身体を張ってくれやしないだろうねって、お人よしだからねって、うそつき、なんて言えるほどの間柄ではなかったけど、今は泣いた。うそつきだって、誰かのせいにしたくて、泣いた。



 ああ、許されるなら、俺を殺しに来てくれないうそつきなあいつに、文句を言ってやるんだ。

 それでもね、こんな人間なんかよりね、きみのほうが、きみのほうがずっとすきだとおもえてしまったよ、おれとしたことが、くやしいね、くやしいから泣いてるんだよ、ほんとうに、それだけだよ、って。





 たかがお前のごとき
(死んでも君に助けてなんて縋るもんか)(ただ、君に殺してほしいだけ)




 fin.

  企画ブルータル様、死にかけ臨也さんに提出させていただきました。
 あまり死にかけな感じがしなくて失敗した感があります。
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