甘楽ちゃんの合コン講座



 ※ちょっと盛ってます


「合コン?」

 相手の口から漏れた意外な言葉を繰り返して、臨也は切れ長の目を数回瞬かせた。
 新宿にある自宅のマンションで、ソファーに向かい合わせに座っているのは平和島静雄である。巷では犬猿の仲で有名な二人だが、世間には内密に、淡白で割り切った付き合いを続けていた。少なくとも、自宅に招いて談笑をするくらいの関係である。
 静雄は臨也が淹れたコーヒーを飲みながら、白い湯気の向こうで表情を曇らせている。
 悩みの種は、静雄の上司のトムがセッティングした合コンについてだ。静雄に女っ気がないことを心配していたトムが、さり気なく話を持ち掛けてきたのだ。勿論断っても良かったのだが、

「トムさんが気ィ遣ってくれてるみたいでよぉ……、顔も立てないといけねぇだろ。断りづらいじゃねぇか」.
「いいじゃないか、行ってきなよ」

 臨也は読みかけの雑誌を閉じ、面白がっている様子で白い歯を見せて笑った。

「簡単に言うけどなぁ。……つーか行ってもいいのかよ」
「え? 俺というものがありながら、合コンなんて許さないんだから! とか言って欲しかったのかな?」
「あ゛ぁ!? 勘違いすんな!」

 静雄が息巻いたが、臨也は余裕の微笑を浮かべてコーヒーのカップに口をつけた。
 ――シズちゃんはどんな女より俺のことが好きに決まってる。
 口には出さないけれど、そんな自信があった。
 未だ参加するのか断るのか、煮え切らずに貧乏ゆすりをしている静雄へ、臨也が問いかけた。

「シズちゃん、合コン初めて?」
「……悪かったな」
「ふーん。一度くらい経験してもいいんじゃないかな」
「でもよ、付き合うつもりもないのに、冷やかしみたいに行くのもな……」
「シズちゃん真面目すぎ。必ず付き合わなきゃいけないわけじゃないんだから。つまんなきゃメアドも何も交換せずに、さっさと帰ればいいんだよ。――そうだ」

 そう言って、臨也はパチンと指を鳴らした。

「今から合コンの練習しよっか」
「はぁ?」
「ちょっと待ってて。支度してくるから」
「なんだ? おい。練習って。手前の信者とか呼ぶんじゃねぇだろうな」
「違うよ、着替えるだけ」
「着替える……?」

 静雄が首を傾げている内に、臨也は二階への階段を上がっていった。自室のドアを開ける音がした。
 ――10分程経っただろうか。手すりに手を掛けながら下りてきた臨也を見て、静雄は言葉を失った。

「はじめましてぇ、甘楽ちゃんっていいまーす☆ よろしくね☆」

 見慣れたコートに、見慣れたXネックのインナー。そこだけを見れば普段と変わりない。
 しかし、従来の髪質とあまり差のない、艶のあるセミロングの黒髪のウィッグ。レザーのミニスカートに、細い太腿に境界線を引く黒いニーハイソックス。ヒールのあるパンプス。普段より高い猫なで声に、静雄は身震いした。
 臨也は凍り付いている静雄の前に立つと、キャッと科を作って口元に手を添えた。少しだけ身長の伸びた相手を見下ろしながら、静雄は引き攣った笑みを浮かべた。

「……おい、何の真似だ……」
「何って、私が女の子役をしてあげるんですよぉ」
「……何で手前は女の鬘とか服とか持ってんだ」
「えーっ? それはねっ」

 頬の横にわざとらしく人差し指を立ててから、一つ咳払いをして普段の声音で話を続ける。

「素性を隠して行動したい時もあるわけだよ。防犯カメラ対策とかね」
「防犯カメラに映ってまずいようなことをすんなっつーんだよ」

 そもそも、いつものコートを羽織っている時点であまり誤魔化せていないのだが。
 臨也は向かいのソファーに腰かけ直し、「さ、始めようか」と一人愉快そうに笑った。
 臨也が女の格好をしているというだけでも強烈な違和感があり、どうにも落ち着かないのだが、テーブルの向こうに見える、スカートから伸びた太腿の陰影が視界にちらつくのは余計に気が散る。静雄はサングラスを外して目を擦り、目頭を揉んだ。

「じゃ、改めまして。甘楽っていいまーす。趣味は人間観察で、情報屋やってまーす。ヨロシクねー」
「…………平和島静雄です。趣味は……、特にないんすけど……、えーっと、それで……、借金の取り立てしてます。よろしく……」
「えー、ヘイワジマシズオ? 本名ですかぁ? おもしろーい! 全ッ然平和な顔してないですよねー! 無趣味ってちょっと残念だよねー。それに、借金の取り立てって何? コワーイ」

 二人を挟んだテーブルが揺れた。静雄がちゃぶ台返しをしようと掴みかかったのだ。臨也が慌てて腰を上げ、零れそうになったコーヒーのカップを押さえつける。

「いやいや、その行動はもう駄目だよ。っていうか、自己紹介が突っ込みどころ多すぎてさ。女の子でもこれくらいキツいこと言うかもよ? 直接言わなくても裏で言われるから」
「じゃあなんて言えっつーんだ!? あ゛ぁ!?」
「話なんか盛ってなんぼじゃないか。趣味はジム通いとか映画観賞とかでも言っておきなよ、羽島幽平のファンだとかさ。女の子は幽平君好きだから盛り上がるんじゃない? 仕事も、何かもうちょっと言い方あるでしょ。集金とか」

 腰を下ろして臨也は溜息をついた。静雄も既にやる気を削がれたようだ。どっかりとソファーに深く腰掛け、股を開き、天井を仰いでいる。

「あ、じゃあ席替えタイム!」

 臨也は席を立ち、静雄の隣へ移動した。自分のカップを引き寄せ、身体が触れ合う程に密着して座る。静雄は渋い顔をして、避けるように身を引いた。

「なんで隣に来るんだよ……」
「いずれはこうなるって。向かい合ってお見合いみたいにしてても、つまらないだろ? 女の子と触れ合うチャンスだよ?」

 見せつけるように足を組み換え、臨也は唇をぺろりと舐めた。男の足も、ニーハイソックスに包まれることで幾分かシルエットが柔らかくなったように見える。加えて、男の割には細く白い足だ。下ばかりに注目していると、感覚が麻痺しそうになる。静雄は頭を振った。この股の間には男の物がついているのだ。

「あは、そんなに見ないでくださいよー。やらしー」
「ばっ……、見てねぇよ」
「本当かなぁ? えいっ」

 静雄の首へ腕を絡め、そのまま膝の上に跨る。普段は露出されている首筋に垂れる髪の毛に顔を埋めるのは、妙な気分にさせられる。香水だろうか、花のような、甘い香りが踊る毛先からふわりと漂ったようだった。抵抗するでもなく、細い腰へ手を回す。細い指先が静雄の喉を擽るように撫でた。そのまま頬へ滑らせ、唇を寄せる。

「ん、」

 臨也の舌が、歯をなぞった。そのまま、もっと深いところへ。お互いの体温を交換するように舌を絡め合う。僅かに腰を揺らしながら、臨也はスカートの裾を摘まんだ。太腿が、生え際のところまで見えそうになる。同時に、静雄は臨也が男の下着を穿いていないことを悟った。頬が熱くなる。

「んっ……、は、ほらぁ、ミニスカート、……ン、かわいいでしょ……?」
「てめっ……、ん、これは、イメクラだろ……が」
「わかんないよ? 皆で乱交パーティーとかに、なっちゃうかも……。あは」

 ちゅ、と最後に軽いキスを残して、臨也の唇が離れた。そして、不思議そうに自分が跨っているところを見下ろすと、にまりと口端を吊り上げ、憐れむような微笑を浮かべた。

「変態だね」
「どっちがだ……」

 唸る静雄を挑発するように、コートを肩だけ脱ぐ。そのまま抱きかかえられて、床に下ろされる。床ですることには文句がありそうだったが、言葉を吐く前に唇が塞がれた。長い髪が広がり、膝を立てたことで影の中に見えたスカートの隙間の光景が、静雄の余裕を失くしてしまう。僅かに興奮に息を乱した臨也は尋ねた。

「で、行くことにしたの?」
「ああ。手前で一発抜いてからな」

 自身のベルトに手を掛けながら答えると、臨也は機嫌よさそうに目元を和らげて、――俗に言うぶりっ子のように、両手の拳を顎の下へ当て、一際甘ったるい猫なで声で呟いた。

「フフ、いいよ。女の子だと思って、優しくしてくださいね?」
 



 □□□




「――で、どうだった? 合コンは」

 後日、再び新宿のマンションにて。今度は紅茶を楽しみながら、片手には携帯を弄り親指を滑らせつつ、臨也が尋ねた。
 静雄は最早遠い昔の出来事のことでも話すように、ぼんやりとした目つきで答える。

「なんか、名前名乗っただけで盛り上がった。怖がられなかったのは良かったけどよ、珍獣でも見るみてぇにジロジロ見られて、色々聞かれて……。若干キレそうだった。トムさんにも謝られたよ。結局誰とも繋がってねぇけどな」
「そんなことだと思ったよ。……ま、彼女達に些細な不幸が訪れるように祈っておいてあげるよ」

 やや疲れたようにも見える静雄を片頬で笑って、携帯のフリック入力をする。

 『こんにちは。名倉です』

 臨也が閲覧しているのは、短い呟きを世界へ発信する、お察しの通りの大規模なSNSである。その中でも、覗いているのはアイコンをプリクラの画像にしている女性のタイムラインだ。ずいぶんと肌が白く飛び、目が人形のように協調されてはいるが、静雄が見れば、つい最近会った女性達の中の一人であったことを思い出すに違いない。

「些細な不幸をね」

 小さな呟きに、何か言ったか、と静雄が顔を上げた。何でもないよ、と自然に笑い返して、これから始まる楽しい遊びに思いを馳せながら、携帯を机の上へ置いた。






 Fin.


 お察しの通りタイトルが思いつかなかった。
 自分が馬鹿にする分にはいいけど、自分の彼氏を馬鹿にされてちょっとぷんぷんな甘楽ちゃんは、彼女たちと接触してちょっとお仕置きしてあげるみたいです。細かいところは考えてません。

 元も子もないこと
 ・たぶんトムさんはシズちゃんのことよく分かってるから、そんなお節介なことはしない。
 ・土足……

2014/08/08


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