月の鏡




※alleyドタチンイベントの内容がっつり







 
 夜のとばりが下りた頃、来良学園にて。

 生徒達は疾うに帰宅し、教職員の姿も見えない暗闇の中に、昼間はさぞ賑かだったであろう校舎が沈黙している。仮に今、校舎の中に不法侵入をしたとして、その所業を見張るのは夜空から見下ろしている月や星たちくらいのものである。
 無理やり門をこじ開け、校舎内に侵入しようものなら警備会社がすっ飛んでくるくらいのセキュリティーにはなっているだろうが、門から入らずに校舎脇の非常階段を上り下りするくらいでは、見つかりさえしなければ何も言われない。

 したがって、門田京平は度々、”見つからない方法で”夜の母校へ侵入していた。

 正門を避けて裏手に回り、木が生い茂っていて分かりづらいが、這いつくばれば人一人通れそうなフェンスの破れ目をくぐる。知る人ぞ知る抜け道だ。同級生の臨也や静雄、新羅は知っているはずだが、今の生徒達は存在に気付いていない様子で、足元の草が踏まれた痕跡もない。
 後は、たまたま通りがかった住人等に目撃されないように螺旋階段を上がり、鍵が壊れていることに気付かれていない非常口から、屋上へと出るのだ。

 扉を開けると、月明かりが先客の姿を照らし出していた。

「やあ、来ると思ってたよ」

 風にコートを靡かせ、ゆっくりと振り返ったのは、かつてこの学び舎で共に三年を過ごした、折原臨也である。高校の頃を思えば後ろ姿もやや逞しくなった印象だが、横顔は当時と変わらない。
 普段は生徒が昼食をとる場所になっているであろう、ベンチの上に土足で上がり、今宵の満月を称えるように両手を広げている。

「……なんで分かる」
「今日ドタチンを見かけたんだけど、珍しくピリピリしているみたいだったからね。おやおや? と思ったんだよ。だから、今日は此処かな、と」

 臨也が得意気に人差し指を立てているのを見ながら、門田は気まずそうに頭を掻く。
 何かムシャクシャしたことがあったとき、心の整理がつかないとき、門田は此処を訪れた。
 かつて自分が通っていた校舎に来ると、決して人には言わない悩みや葛藤。それらに結論を出すときに邪魔をする「俺ももう大人だから」という枷を、あの頃の勢いが破ってくれるような気がするのだ。

「なんだ、見てたのかよ。声くらいかけろ。それと、降りろ」
「えー、別にいいかなって。遊馬崎も狩沢も渡草もお揃いだったし、今日は此処で会えると思ったから。二人きりで」

 臨也は唇を尖らせ、ベンチから飛び降りると「よっ」と片足で着地し、そのまま門田の元へ駆け寄った。
 門田も抱き付いてくるのを拒絶する様子もない。

「俺で良ければ、話を聞くけど」
「……茶々入れられそうだからな。遠慮するわ。……ま、いいか。一緒にいる奴らのこと、悪く言われたからよ。何か、それだけはムカついちまってな」
「優しいもんねぇ、ドタチンは。昔からそうだよね。俺なんかにも優しくしてるようじゃ、心配になるくらいさ……」

 擦り寄る臨也はやがて顔を寄せ、唇に噛みつこうとした。門田が顔を背けると、片頬を膨らませて拗ねた声を出す。

「誰も見てないよ」
「あー……、いや、見てる」

 ちらりと視線を上げた門田に倣うように星空を見上げ、臨也はふっと笑った。

「詩人だね。恥ずかしいよドタチン」
「……うるせぇ」
「でも、そういうところ好きだよ」

 臨也の両手が頬へ差し伸べられ、するりと肌を撫でたかと思うと、引き寄せて唇の隙間から舌を入れた。
 普段、街で会うときはそれなりの距離を保っているだけに、久々に恋人として触れ合う快感に身を震わせながら、臨也は身体を擦りつけた。口数の少ない門田も、その想いに応えるように背中へ手を回す。
 暫くの間、くぐもった声が唇の隙間から漏れていた。やがて、息を乱した臨也は名残惜しそうに身体を離すと、青白く照らされて濡れて光る唇を、手の甲で拭う。

 その時、一瞬ではあるが一筋の光が空を駆けた。星が流れたのは門田の背後で、目撃したのは臨也だけだった。
 臨也は吐息交じりの笑い声を上げ、消えてしまった光の跡を見つめた。

「ドタチン、空が見物料に素敵な演出をしてくれたみたいだ」
「何だ? 何かあったか」
「んー……、もう一回、今度はドタチンからキスしてくれたら、また見えるかもね」

 己の唇を赤い舌でなぞり、挑発するように微笑む。門田がため息をついて腕を引き寄せた。
 互いで満たされる視界に、頭上など気にする余裕は闇に溶けて消えた。





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適当に抜け道は補正したけれどもドタチンとのイベントに萌えたなあっていう(20140625)
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