「――見つけたぜ、イザヤくん」

 ゆらりと現れたのは、引き抜いた道路標識片手に、鋭い眼光を放つ静雄だ。その横に門田、その後ろに正臣と帝人が、棒立ちしていた。
 全員どことなく青い顔をしている。目の前に、それぞれ自身とよく似た顔の男たちが立っているのだから、仕方がない。目の前にある自分の顔が不気味だというよりも、知人そっくりな男たちの存在が衝撃的で、その非現実的な光景に絶句する以外他ならない。首のない妖精が知り合いにいたとしても、この非現実を受け入れるにはまた時間がかかる。

「……臨也をマンションの中へ」
「その必要はないよ。シズちゃんがいる限り無駄だ。ダイヤモンドの要塞でもなきゃ破られるさ」

 ツッパリ門田の言葉を遮って、臨也が進み出る。静雄だけではない、門田たちもいることがわかると、少しだけ驚いたように目を見開いた。

「皆さんお揃いで、どうしたのかな? 遅かれ早かれ知れることだろうとは思っていたけれど、想像以上に早かったんで驚いているよ。静かに余生を過ごそうと思っていたのになぁ」
「……手前が変な電話を寄越してくれたからよぉ」
「でんわ? え、何の話?」
「もう関るなって電話してきただろうが! ここにいる皆、そう電話がかかってきたんだよ!」

 静雄が手にしていた標識をアスファルトへ突き立てる。臨也は理解できないといったように首を傾げた。そして、何かに思い当たったのか、顔を上げた。ゆっくりと、後ろにいたサイケを振り返る。じっとりとサイケを睨む。

「……サイケくん?」
「あ、うん、そうそう。それ、俺俺。俺、臨也だなんて一言も言わなかったよ」

 自らを指差したサイケは、ぱちぱちと瞬きする。

「…………ふぅん、へーえ。でも、俺の携帯勝手に使ったんだろうねぇ」
「長電話はしてないよ!」
「全てサイケの仕業であると」

 どうやら臨也から静かな怒りを感じたらしいサイケは、たじろぎながら静雄たちに向き直って叫んだ。

「……あ、う、だ、だから! 関らないでって言ったのに! 何で来るんだよ! もう臨也に会うなって言ったじゃん! お前ら皆、臨也のこと嫌いって言っただろ! なのに来るとか、本当に意味がわからないよ! お陰で俺が臨也に怒られた! 責任取ってくれるんだろうね?」
「待てよ、俺は嫌いだなんて答えてねぇぞ」
「ぼ、僕も言ってないんですけど……。答える前に決め付けられて、何がなんだかっていうか、その」

 門田と帝人は異議を申し立てたが、静雄と正臣は黙っていた。

「”愛してる”以外の答えなんて全部”嫌い”と一緒だよ」
「はぁ? あのピンクの人、マジ滅茶苦茶だな」

 門田は目の前の自分そっくりの存在が臨也の頭を撫で、臨也がまんざらでもなさそうな顔をしているのが何よりも腹立たしかったし、帝人も堂々と臨也の前へ立ちはだかる自分に似たものへの困惑を隠しきれなかった。静雄の米神には血管が浮き、ひくりと引き攣った。懸命に怒りを逃がすように、只管ポキポキと両手の指を鳴らす。

「あー、駄目だ。意味わかんねぇ。うぜぇ。臨也が二倍で尚うぜぇ。もういい。お前らが何者だろうが知ったこっちゃねぇ。だけどな、手前らみてぇなパチモンがいると、俺らも色々誤解が生じて面倒なわけだ……。ちょっと大人しくしててくんねぇかな」
「うわー、下品、チンピラ、最低。臨也、あいつ臨也の言ってた通り野蛮だね」
「よし、殺す」

 静雄が唸れば、手にしていた標識が、握力でぐにゃりと歪む。槍投げの要領で振りかぶれば、標識は矢のようにサイケ目掛けて飛んでいった。サイケが身構えて、天国にぬいぐるみをパスするが早いか、大人しく後ろに控えていた津軽が即座に反応し、厳しい目つきでサイケたちの前に走り出る。一直線に向かってくる標識を、素手で掴み取った。折れ曲がった標識を一瞥し、力を籠めれば、標識は握りつぶされ、真っ二つに切れた。思わず帝人が後ずさる。津軽がゆっくりと手を開けば、はらり、と白い塗装が散って落ちた。

「サイケ、あんまり挑発するな。臨也、大丈夫か?」

 津軽は背中に庇っていた臨也を抱きしめる。静雄の拳に力が篭った。

「離せ」

 意識せず、静雄の口からそんな言葉が出た。津軽がどうでもよさそうに静雄を眺める。

「なぜ? 手前に指図される謂れはない」
「とにかく離せ、臨也に近付くな」
「それはこっちの台詞だ。臨也に近付くな。臨也が愛しているのは、この俺だ」
「津軽抜け駆け! 臨也は俺のことも愛してるし!」

 冷静さを欠かぬ堂々とした津軽の言葉に、サイケが横槍を入れれば、「……俺たちだ」と、津軽は面倒臭そうに訂正した。

「大体な、特に手前なんかにゃ臨也は渡せねぇよ」

 そう言いながら、津軽は無残な標識の残骸に目を落とす。というよりは、睨みつけた。静雄の険しい顔も加わって、周りの面子はなんとなく触れがたい雰囲気に怯える。津軽は口を開き、冷ややかな声で名前を呼んだ。

「平和島静雄。さっきの、臨也に当たってたらどうするつもりだったんだよ」
「はぁ……っ?」
「手前、何がしたい? 元の関係に戻っても、臨也を傷つけるだけなんだろ? 俺はそんなこと、絶対にしねぇ」

 津軽は臨也の手を優しく取る。慈しむような横顔と、打って変わって静雄に向けられる敵意。

「手前、ここに何しに来たんだよ」

 反射的に口を開こうとしたが、何も声にならない。静雄は奥歯を噛みしめた。
 ――何も言い返せない。まるで臨也が被害者であるかのように守る、その面が気に食わない。自分だって被害者だ。しかし、そんなことが言いたいわけではない。きっと、目の前の異様な集団は、たとえ臨也の内面がどうであろうと、臨也を傷つけることはないだろうと、そう思われるからだ。何故ここにいるのか。臨也を取り戻さねばならない理由は何か。臨也が許せないから。それだけではないはずなのに。

「――ごめん、俺にも話をさせてもらえないかな?」








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