とても雰囲気だけ、かも
またね
折原臨也が東京から出て行くらしい。
最近になって、静雄はそんな噂をどこからともなく耳にした。借金の取立て屋という職業上、そういった界隈の噂話や裏話は勝手に耳に入ってくるのだから、不愉快な響きを耳にするたびに、静雄の胸はいちいち騒ぎ出した。
新羅の家に上がったときに、静雄はふと思い出して、臨也から何か聞いてはいないかと尋ねてみたものの、何も知らないと新羅は首を横に振った上、
「急に臨也がいなくなったら寂しくなっちゃうんじゃない?」
などとしみじみと呟いたので、静雄はうっかり新羅を壁に埋めそうになったほどだった。
誰が寂しいもんかよ、と舌打ちしながら池袋の街中へ繰り出して数時間。
静雄の目の前には、数時間前話題に上っていた人物が立っていた。
「わぁ、シズちゃん」
曲がり角でエンカウントした、露骨に嫌そうな顔をする臨也をまじまじと見つめる。この顔を見るのも最後かもしれない、そう思えば、生意気そうな瞳も急に懐かしいもののように思われた。
一向に殴ろうとしない静雄を不可解そうに見ると、見逃してもらえたと判断したのか、そのまま歩いて行こうとする臨也に、静雄はとっさに声をかけた。
「……手前、近頃勝手に東京からいなくなるって、ほんとか」
神妙な声に、臨也は一瞬面食らったようだった。
「……誰が流した噂なんだか。それ、君に報告する必要あるのかい?」
臨也は呆れたように鼻で笑い、肩を竦めてみせた。静雄の眉間に皺が寄るが、いつもの調子なら直ぐにでも掴みかかろうとする腕はぴくりと震えただけだった。
あいつは急に消えてしまうようなやつさ、思い残すことがあるなら解消しておくことだね、なんていらぬ旧友のアドバイスを受けたからだろうか。明日にでもその姿は視界から消えてしまい、自分の眼は二度と宿敵を捉えることがないのかと思うと、なぜだか、無闇に掴みかかるような真似ができない。
「当たり前だろ、殴り足りねぇよ。手前は行き先を俺に報告する義務がある」
「ストーカーは犯罪だって知らないのかな、参ったねぇ」
「手前の今までの所業の方がよっぽど犯罪だろうがよぉ」
ふふ、と臨也が息を漏らした。違いない、とも、心外だなぁ、とも受け取れるように小さく笑って、「残念だけどね、」と前置きした。
「根も葉もない噂だよ。今のマンションも結構お気に入りだしね。まあ、そのうちに身を潜めなくちゃならないときが来たらさ、喜びなよ。君のことだ、俺の存在なんてすぐに忘れられるだろうさ」
そう言って笑うと、臨也はコートの裾を翻して背中を向けた。ビルの谷間の雑踏の中へ消えようとするその背中を見つめながら、静雄は手を伸ばそうとした。が、躊躇う指先を僅かに泳がせ、ただ、その背中に告げる。
「黙って出てくんじゃねぇぞ」
臨也は黙って振り向いた。仁王立ちして自分を見つめている静雄を振り返ると、にんまりと唇を歪める。
「なぁんで君への報告がいるんだか。お別れパーティーでもしてくれるのかな?」
「まぁ、見送ってやるよ。墓場くらいまではな」
「丁重にお断りするよ。じゃーまったねぇ!」
太陽が沈みかけた空へ、臨也の右手が軽く上がった。駆け出した後姿を眺める静雄は、どこか満足気に小さな風を感じていた。
fin.
「本当に? 墓場まで? そう言ったの?」「ああ」「プロポーズみたいだね」「埋まるか?」「結構です」
奴はきっと消えないだろうと思えるしずお