1/1 「ここにいていいんだよ」 理事長さんも優姫もそう言った。私には帰る場所も、記憶もなくて。ここにいるしかなかったけれど、だんだん変わりつつある体の変化に、気づいていないわけがない。 怖くなる。全身の細胞がざわめくようで、血が逆流したように、欲望が溢れ出してくる。 与えられた暗い部屋の中の隅でぼんやり視界にうつる世界。それは全て赤く染まっているように見えて、赤いものが私を見て笑っているように見える。その瞬間頭の中に浮かんだのは、血に濡れた人間のようで、化け物に近い姿をしたもの。それがニヤリと笑った。 「・・・・・・っ・・・」 全身が強ばった。なんて、なんて恐ろしい姿。カタカタと震えだす肩を自身の手で抱きしめながらも、瞳を閉じた。いつだろう、いつになればこの恐怖は終わるのだろうか。いつになれば、この欲望は収まるのだろうか。埋まっている自分の牙がかわくたびに、心臓をくいで撃ち止めたくなる。 「・・・タブレットは」 いつのまにか目の前にいた人物、あの時の青年、確か、錐生零。顔を上げれば、彼は静かに私を見下ろしていた。 「気持ち悪い」 タブレット、この衝動が求めるものの代わり。理事長に手渡されたあと、何度も口にしようとしたが、気持ち悪くなって全然口にできなかった。 「・・・・・・それでも口にしろ、でなければ後悔することになる」 気づいたことがある、彼から漏れるものは、自分と似ている気がすると。後悔とは、彼が語る後悔は、一体なんなのだろう。それを思い知る前に、私は、やらなければならない。いや、自分では、できそうにない。 「・・・・・・お願いが、あるの」 彼の瞳がじっとこちらを見つめた。私は立ち上がって、彼を見上げた。 「私の首を絞めて」 その時に見せた彼の見開いた瞳、彼はやってくれる。彼から感じる殺気がそう言っている。ゆっくりと瞳を閉じると、小さく彼が囁いたような気がした。 「どうして」 「後悔したくないから」 その前に、いっそいなくなってしまおうと。欲望を忘れる方法を、怖さを消し去る方法がわかったから。私は、彼にお願いをしてみた。怖くはなかった、なんでだろう。それ以上の怖さを経験している気がして、死というものが、すごく遠い気がして。 首元に触れた手はゆっくりと私の首を覆う。それに力は入らず、数秒で緩むと、私は瞳を開いた。 「・・・その時がきたら、殺してやる」 澄んだその瞳が真っ直ぐと私を見つめる。その時、とは本当に私が私でなくなってしまう時。きっと、もうすぐだ。でも彼から感じるのは、殺気などではなかった。 その時まで、生きろ [しおりを挟む] |