記憶の彼方


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34章


「……ティーダは……眠らない街、ザナルカンドから来たって言ってたよね」

「……ああ」

ティーダは俯き、返事をする。

聞いておきたかった。
ジェクトさんの息子ということは、ティーダもあのザナルカンドから来たということ。

エボン様の夢の中から……

ティーダの様子から察するに、この子はもう知ってる。
『シン』を消滅させたら自分がどうなるのか……
ティーダには視線を合わせず、空を見上げ彼の故郷に想いを馳せる。

「……楽しい所なんだろうね」

「ああ……」

消えそうな声。

「……サクラは俺のいたザナルカンドがどういう所か知ってるのか?」

どういう所……
ティーダより数歩前にいた私はティーダに振り向き、その目をしっかりと見つめる。
そして、頷いた。

「そっか……皆を一度でもいいから招待したかったな……」

自嘲気味に笑って肩をすくめる。

私の先祖様が住んでいた街、ザナルカンド。
それを再現させた夢……。
ティーダは……その夢の住人。
エボン様はずっと夢を見続けている。
『シン』を消滅させるということは……夢を見るのをやめるということ。
そうすれば夢は……消える。

ティーダのいた夢のザナルカンドは……消える。
きっと、ティーダ自身も……


「……ごめんね」


だけど、『シン』をこのままには出来ない。
これから私達がやろうとしていることは彼の物語を終わらせることにもなってしまうんだ。
どうすることも出来ない、避けられない現実に当の本人に謝ることしか出来なかった。

しかし、ティーダは笑顔で頭を横に振る。

「終わらせなきゃいけないんだ。オヤジとケリつけなきゃな」

「うん……」

「それよりさ、こんなとこにいていいのか?アーロンのとこに行った方がいいんじゃないか?……アーロンと一緒にいれるのだってあと少しだろ?」

「知ってるんだ……」

「ああ……何となく気付いてたけどな。本人から教えてもらった」

「そっか……ありがと、ティーダ」

逆に気、使ってもらっちゃったな……


―――――


「サクラ」

船内の通路を歩けば、今度はユウナに呼び止められる。
一歩後ろにはいつもユウナを守っているキマリ。

「どうしたの?ユウナ」

「あのね、気になってることがあって……」

ユウナには少し話しておかなければいけないかもしれない。
『シン』を倒すためには彼女の召喚獣の協力は必須だ。
ただ、その方法が……

「ユウナレスカ様が言ってたこと……『シン』を倒した究極召喚獣が新たな『シン』に成り代わる……それってもしかして……召喚獣に『シン』が乗り移る……?」

彼女が考えて出した答え。
合っているようで少し違う。

「……『シン』はただの鎧。それを打ち破るのが究極召喚だった」

「鎧……?」

「そう……『シン』はただの鎧なの。だから『シン』を倒しても、その中にいる元凶を絶たなければ同じことの繰り返し」

「その中にいる元凶って……?」

「……エボン=ジュ」

「エボン=ジュ……」

私はそう呼ばれている彼の名前を口にする。

「エボン=ジュはそこに召喚獣がいる限り、彼らに乗り移り鎧にしてその身を護る。だから究極召喚獣が新たな『シン』になる」

「召喚獣がいる限り……じゃあもしかして、今私達と一緒に戦ってくれたこの子達も……」

「……うん。究極召喚獣がいなければ、きっとユウナの召喚獣に乗り移ろうとする。このスピラに召喚獣がいる限り、『シン』は消えない」

ユウナの大きな瞳が見開かれていくのが分かる。
口を両手で覆い息を呑む。

「ごめんね、ユウナ……」

ずっと一緒にいた召喚獣達とお別れをしなければいけない。
ユウナには辛い思いを強いらなければいけない。
だが、『シン』を消すにはこうする他ないのだ。

一緒に頑張ってきたのにね……

私は謝ることしか出来なかった。


「……ユウナ」

それまで黙っていたキマリが口を開く。

「ユウナは一人ではない。キマリも皆も側にいる。苦しみは分けあえる」

「キマリ……」

ユウナは頷くと、私に向き直り、

「教えてくれてありがとうサクラ。覚悟……しておくね」

「ん……」

私は複雑な微笑みを浮かべ、その場を後にした。


―――――


「本当に悪かった!」

ブリッジに近付くとワッカの謝る声が聞こえた。
何事かとそちらに足を向ける。

そこにはシドさんやリュックに向かって頭を下げるワッカがいた。

「……どうしたの?」

私は入口付近にいたルールーに事情を聞く。

「サクラ……アルベド族のこと、話聞いてたの。自分達でホームを作ってひっそり暮らしてたとか、彼らが受けてきた迫害のこととかね……そしたらワッカ、いきなり謝りだして……」

ワッカを見ればただひたすらにアルベド族の人達に頭を下げ続けている。

「俺……アルベドのこと何にも知らなかった。よく知らないくせに話聞こうともしねぇで、毛嫌いしてた……だから、ええと……俺が悪かった!申し訳ありませんでした!」

「ワッカ……」

リュックと接するうちにワッカの固くなっていた頭がほぐされたようだ。

『シン』が復活する理由。
その理由に機械なんて関係なかった。
それなのに、ただエボンの教えだからという理由だけで迫害を受けてきたアルベド族。
それを知ったワッカは、自分がアルベド族にしてきた行為を許せなかったのだろう。
そのうち土下座までしかねないその様子にリュックがおろおろし始める。

「もういいよ〜!わかったから!ねっ、ワッカ!」

「いいや、足りねぇ!エボンの教えだ!……なんてバカの一つ覚えみてぇによ……機械なんて何も関係なかったんだ……」

「それなのよね……どうしてエボン教はそんな嘘流したのかしら……サクラ、何か知ってる?」

「それは……きっと1000年前の戦争が関係してるのかな。召喚士の街ザナルカンドと機械の街べべル。戦争はべべルが優勢だった。だけどそこに『シン』が現れて……べべルを、機械を破壊していった。機械を持っていると破壊の対象になる……そう思ったべべルの人達はどんどん機械を放棄していった。だけど『シン』の力は驚異的で、もう死を待つしかなかった。だから希望となる何かが欲しかった。機械を放棄すれば『シン』は復活しなくなる……べべルはエボン教を名乗ってその教えを広めた。絶望から生まれた嘘を。……でもそのわずかな希望がなければ、スピラはここまで続かなかったかもしれない……」

長々とスピラの真実を語っているとメイチェンを思い出す。
旅のあちこちで為になるお話を聞かせてくれた御仁。
自嘲気味に笑い、リュックのほうを向く。

「スピラを存続させる為の嘘だったんだよ。アルベド族にとってはいい迷惑だけどね」

「……うん」

「……あれだな。『シン』を倒したらよ、アルベドの誤解を解いて回ろうぜ!最初は受け入れられないかもしれねぇけどよ、根気よくやりゃあ皆分かってくれる!」

「ワッカ……」

「そうね。楽じゃないかもしれないけど、それがアルベド族に対する贖罪よね」

「ルールー……ありがと……」

少なからずギクシャクした様子があったワッカとリュック。
それがここにきて、本当の仲間になれた気がして嬉しかった。


―――――



甲板に出るとそこには見知った緋があった。

「アーロンさん……」

私の声にその人はこちらを振り向く。

私の大好きな大好きな人。
たまらずその胸に飛び込み、大好きな匂いで自分を満たす。
アーロンさんはしっかりと抱き留め、頭を撫でてくれた。

「アーロンさん……ごめんなさい」

私は突拍子もなく謝る。

「……?何がだ」

「私がもっと早くに『シン』を消滅させる方法を思い出していれば……ブラスカさんが死ぬことも、ジェクトさんが『シン』になることもなかったのに……」

記憶を取り戻してから、ずっと謝りたかったんだ。
後悔しても仕方ないことだって分かってる。
だけど、大切な人達を失ったアーロンさんに謝らなければ私の気がすまなかった。

「サクラのせいではない。……むしろ俺が消える前に記憶が蘇ったこと、感謝すらしている」

「……」

「この戦いが終わった後、サクラはどうするつもりなんだ?」

「どうするって……?」

「スピラに残るのか?それとも元いた世界に戻るのか?」

「あ……そうですね、考えてなかった」

元いた世界に戻るか……
そんなことは全く考えていなかった。

「というか、戻る方法もわからないですし……」

「そうか……それがサクラにとっての幸せかと思っていたんだがな」

「……どういうことですか?」

「お前の前世がどうであれ、生まれ育ったのはスピラとは違う地だ。そこにはお前の家族だっているだろう。……俺は『シン』を倒したら異界にいく。俺はもうお前を幸せには出来ない……」

アーロンさんの寂しそうな瞳が見える。
出来ることなら一緒にいたい、そう言ってくれているように見えた。
私はそんなアーロンさんに回した手に力を込める。

「アーロンさんがいない世界かぁ……ねぇ、アーロンさん?」

「なんだ?」

「一緒に異界に行きたい……って言ったらどうします?」

「な……!?」

そんな考えはなかったのだろう。
アーロンさんの隻眼が大きくなる。

「冗談です。出来ることならそうしたいですよ、私だって……だけど……本気でそう思ったとしてもきっと無理」

「……」

本当だったらアーロンさんとずっと一緒にいたい。
でも、ここでわがままを言ったって何も変わらない。
アーロンさんが消えないなんて選択肢はないんだ。
アーロンさんは……『シン』を倒したらいなくなっちゃうんだ。
せっかくアーロンさんとの日々を思い出したのに……

アーロンさんとの別れを思うと涙が流れてくる。
私は涙を拭って言う。
アーロンさんが安心して異界に行けるように。

「……だから私は、せめて……アーロンさんと一緒に過ごしたこのスピラにいたい。……永遠のナギ節っていうの?感じてみたいですし」

「サクラ……」

無理に笑顔をつくる。
……上手く笑えたかな?
自信がなかったから誤魔化すように言葉を並べようとする。

「……『シン』のいない世界……想像つきませんっ……!?」

それまで動いていた私の唇はアーロンさんのそれに塞がれ動きを失った。

しばらくした後、銀糸をひきながら二つの唇が離れる。

「ありがとう……」

「アーロンさん……」

「俺は異界に行ったって忘れない。サクラと過ごした日々を……絶対にだ。
本当に……逢えて良かった……

愛している……」

「私もです……アーロンさん……」

私達は時が過ぎるのも忘れ、強く強く抱き締めあった。

何て残酷なのだろう。
再会した恋人は死人だったなんて。
近い未来、別れが来るなんて。

神様もう少しだけ、思い出を作らせてください。

もう少しだけだから―――――



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