記憶の彼方
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33章
『私が消えれば……究極召喚は失われる。あなた方はスピラの希望を消し去ったのです』
死を操る能力があるのか……
とても苦しい戦いだった。
私達は何とか辛勝をおさめることが出来た。
究極召喚は『シン』を倒す唯一無二のもの。
そう信じて疑わないユウナレスカ様は、スピラの希望がなくなったと私達を責める。
「だから、他の方法を探すんだよ!」
『愚かな……そのような方法などありません。例えあったとしても……万一『シン』を倒せても……永久に生きるエボン=ジュが新たな『シン』を生み出すのみ』
エボン=ジュ……
初めて聞く単語に、皆困惑の表情だ。
『ああ……ゼイオン、許してください。希望の光を失って、スピラは悲しみの螺旋に満ちる……』
亡き夫……自らが究極召喚の祈り子とした者の名を呼び、ユウナレスカ様は天を仰ぐ。
その時だった。
私の身体に別の意識が降りてくる。
「ユウナレスカ……」
私の声……だけど、しゃべっているのは私じゃない……
これは、ユウナレスカ様のお母様……?
「あなたはよくやりました。1000年もの長い間、スピラの民の心の支えとなってくれましたね。
しかし、もうそれも必要ありません。
エボン……いえ、エボン=ジュを私が止めましょう。この者達の力を借りて……だから……
ゆっくりお眠りなさい……ユウナレスカ……」
私の意思とは関係なく口が動き、体が動く。
私の手はユウナレスカ様の手を優しく握っていた。
「お母様……」
ユウナレスカ様の目を見つめていると、その表情は和らぎ柔らかい微笑みが浮かぶ。
そして……消えていった。
舞う幻光虫を眺め、目を閉じる。
頬を涙がつたう。
次に目を開けた時には私は私だった。
「……サクラ?」
「うん?」
「サクラ……だよね?」
「うん……」
ユウナが心配そうに私を見ている。
「何かね、今ユウナレスカ様のお母様の意識が乗り移ったみたい」
「そう……なんだ。ねぇ……私達、とんでもないことしちゃったのかな」
「ううん、いいんだよこれで」
「もっととんでもないことしよう!」
ユウナと私の間にティーダが入ってくる。
「どんな?」
「『シン』を倒す。究極召喚なしで、しかも復活させないように」
リュックの問いにガッツポーズを作りながら私達がやりたいことを口にする。
「……とりあえず、ここから出るぞ。サクラから色々話を聞かなければな」
こちらを見て促すアーロンさんに私は頷いた。
―――――
「飛んでる……」
「……すげぇな」
私達は今、飛空挺と呼ばれる機械の中にいた。
空を飛べるこの機械は、リュックの父親でユウナの叔父にあたるシドさんが持ってきてくれたものだ。
「ホントにこんなおっきぃ機械が空飛べちゃうんだね……」
皆口々に驚きの言葉を並べる。
「どうだ!すげぇだろ!どういう仕組みで飛んでるか知らねぇけどな!」
「ええ!?」
シドさんは豪快に笑う。
しかし、その言葉に凍りついた。
「何にもわからずに使っているの!?」
「おう!エボンの機械禁止のせいで俺達は何にも知らねぇ愚か者よ!」
ズキン。
エボンのせいで……その言葉に胸が傷む。
エボン様だってこんなことをしたかった訳じゃない。
『シン』が生まれてしまったのは悲劇だった。
ただザナルカンドを留めておきたかっただけなんだ……
「……サクラ」
「はい?」
「記憶が戻ったと言っていたな」
「あ……はい」
わぁわぁと騒いでいる皆をよそに、アーロンさんは私を見つめる。
空っぽに近い状態だった私の記憶の器は、今や溢れんばかりだ。
話を聞きたいんだろうけど……何から話したらいいものか。
とりあえず、私は皆を集めた。
「あのね……私、記憶戻ったの」
「おお!良かったじゃねぇか!」
「ユウナレスカ様の所での言葉……そういうことだったのね」
「じゃあ……10年前のアーロンさんとのことも?」
ワッカやルールー、ユウナが笑顔になる。
記憶のない私にずっと寄り添ってくれていた人達。
記憶が戻ったことを自分のことのように喜んでくれる。
10年前のアーロンさんとのこと……
ユウナの言葉に気恥ずかしくなった私は視線を落として頷く。
「良かったじゃん!10年の時を越えて再会……そして二人は運命の糸を手繰り寄せるように再び恋に落ちた……く〜!素敵っ!」
よくもまぁ、そんな恥ずかしい台詞を……
リュックのテンション高めの声に顔を赤くする。
すると後ろから溜め息が聞こえ、
「今聞きたいのはその事ではない。……サクラ、お前はエボンの子孫……そう言っていたな?」
そう……私が皆に話さなければならないのは私とエボン様との繋がり。
そして、ずっと繰り返されてきた死の螺旋を止めるヒント……
「どこから話そうかな……私がこのスピラに来た時のことからかな」
「スピラに来た……?」
「どういうこと??」
私の話を聞くために、皆近くに集まっていた。
座って話を聞く者もあれば、アーロンさんやキマリは壁に寄り掛かるようにして聞いている。
「サクラは……10年前、突然俺の前に現れたんだ」
「ええっ!?」
そんなの初耳だと、皆はアーロンさんと私を交互に見て目を丸くしている。
「そう……こことは違う世界に住んでたんだよ。それがいきなりこっちに飛ばされてね……最初は夢かと思ったなぁ」
あははと懐かしむように笑うも皆は口を開けてポカーンとした表情。
「こいつは白魔法の才能があってな。ブラスカに教わって、あっという間にマスターした。どこから来たかも分からん娘を一人にさせておくのは不憫だと……ブラスカが同行を許した。それからザナルカンドまで一緒に旅をしたんだ」
アーロンさんがかいつまんで話してくれる。
まとめるの上手だなぁ。
「そして……ザナルカンドで消えた」
そう言って私を見るアーロンさん。
説明を求めるように。
私は頷いて話し始める。
「結論から言うと私がこのスピラに来たのは……『シン』を倒すため」
またもや皆目を見張る。
「倒すっていっても究極召喚で、じゃない。『シン』をこのスピラから消すってこと。永遠に……」
「永遠のナギ節……」
「そう。だけどね、私何にも知らないで過ごしてきたから、スピラに来た時だって何で来たのか分からなかったんだ。そしたらちょこちょこ夢を見てね……いつも同じ人が出てくるの。その人は私に思い出すヒントを与えてくれた。だけど、それまで生きてきた記憶が邪魔をして思い出せなかった。だからその人は私の記憶を少しずつ消していった……」
「そんな……」
「だけどブラスカさん達とザナルカンドに着いた時も、私は『シン』を永遠に消す方法なんて思い出せていなかった。だから夢の中の人は私を安全な場所へ飛ばした」
「もしかして……べべル……?」
「そう、ユウナやキマリに初めて会った時。あの時、私はべべルに飛ばされた後だったんだ。
記憶の全てを消されて……」
「ひどい……」
切ない顔をしてこっちを見るユウナに、笑顔で首を横に振る。
「その夢の中の人っていうのがね……エボン様だったの」
「エボン様!?」
「気付いたのはもうちょっと後だけどね」
「ななな何でエボン様が!?1000年前の人が出てくるんだ!?」
うろたえた様子のワッカが両手を広げて挙動不審の動きをしている。
私は一つ息を吐く。
「……私がエボン様の子孫だから」
ポカーン……
目を丸くして、口を開けて、皆が私を見ている。
アーロンさんまで。
その様子が面白くて噴き出してしまった。
「ぷっ……あはははは!皆同じ顔!おかし〜!」
「いやいや!笑い事じゃね〜だろ!」
「じゃあサクラってめちゃめちゃエラい人じゃん!」
「そんなことないよ」
「……エボンの子孫であればあの魔力も合点がいく。記憶を失っていたから不安定だったということか」
「たぶん……」
ちょくちょく自分の魔力が尽きるのが分からず、アーロンさんに迷惑かけたな……
私は申し訳ないという意味を込めてアーロンに頭を下げたが、アーロンさんは気にするなと首を振ってくれた。
「エボン様ってユウナレスカ様のお父様……だよね?」
「うん。エボン様の奥様の話ってスピラで聞いたことなかったでしょ?」
「そういえば……」
確かに……と皆頷く。
「1000年前の戦争の時、エボン様が奥様を私が元いた世界に飛ばしていたんだ。その時彼女は身籠っていた。その世界で子供を生んで、エボン様の血は絶えることなく繋がっていた。その子孫が私って訳」
今度は、成る程といった様子で頷く皆。
「そして10年前、ジェクトさんがこのスピラに来た……」
ジェクトという名前にティーダがぴくっと反応する。
ティーダの方を向いて話を続ける。
「ジェクトさんはザナルカンドの人。エボン様は自分の治めていた世界の人を危険にさらしたくなかった。だから、この終わらない死の螺旋を終わらせたい……『シン』を消して欲しいって私を喚んだの。……結局、その方法を10年前には思い出せなかったんだけどね……」
だからジェクトさんは今……
アーロンさんに視線を移して目を伏せる。
そんな中、ユウナは皆が気になっていただろう質問を投げ掛ける。
「ねぇ、サクラ……ジェクトさん、自分が祈り子になるって言ってた……ジェクトさんは……」
「あ……」
エボン・ドームの中で過去の映像が見えたのだろう。
答えにくいユウナの質問に、私は自然とティーダを見てしまう。
私を見て頷いた後、今度はティーダが話し始めた。
「オヤジはさ……」
一息ついて目を閉じて、顔を上げる。
そして静かに目を開いて言う。
聞きたくない事実を。
「……『シン』なんだ」
ある者は口を手でおさえ、
ある者は頭をかかえ、
ある者は視線を落とす。
究極召喚獣が新たな『シン』となる。
ユウナレスカ様が言ったその言葉に偽りはないのだ。
ジェクトさんは究極召喚獣となり『シン』を倒した後、新たな『シン』となった。
「ごめん、皆……オヤジのせいで皆苦しんで……でも俺!オヤジを止める!もうこれ以上好き勝手させねぇ!」
「ティーダ……」
「……マジかよ……きっついな」
ユウナ、ワッカ、リュックらがティーダを見る中、ルールーが私に聞く。
「……サクラは、『シン』の倒し方……知っているの……?」
私の奥底にあった1000年前の……
エボン様の奥様の記憶。
彼女は知っていた。
エボン様が何をしようとしていたか。
彼を止めるためには何をしたら良いか。
「うん……知ってる」
「!?やっぱり……」
「じゃあ楽勝じゃん!!」
リュックは飛び上がりガッツポーズを作るが……
「でも……それには『シン』の中に入らないと……」
「ええ!?どうやって!?」
『シン』の中にいる彼を倒さないと……
『シン』の中に入るなんて無理だ……と皆がまた落ち込んでしまう。
「ジェクトさんの意識がまだあれば……」
少しでも『シン』の動きを鈍らせることが出来ればあるいは……
「歌……」
その時聞こえたティーダの呟き。
「歌?……祈りの歌か?」
「それ!あの歌聞いたことあったんだ。何だろうって考えてたんだけど、あれ……オヤジがよく歌ってた。……下っ手くそでさ」
「ああ……お前も歌っていたな。ジェクトと同レベルの歌声でな」
くくくっとアーロンさんが笑う。
むくれた顔をしてティーダがアーロンさんのほうを向く。
祈りの歌を聞いたら『シン』は……ジェクトさんは動きを止めてくれるかもしれない。
今は少しの可能性にかけてみる他なかった。
私達の歌声だけではどこにいるかも分からないジェクトさんに届くはずもない。
もっと大勢の、大きな歌声でなければ。
「スピラ中の皆にお願いしようよ!」
「うん、そうだね」
「よっしゃ!やるこたぁ決まったか!この飛空挺の出番だな!ちゃちゃっとスピラ中を回ってやらぁ!」
飛空挺があって良かった。
また歩きなんていったら途方もないことになっていた。
シドさんの威勢のいい掛け声と共に飛空挺は発進した。
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