記憶の彼方


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27章


マカラーニャの森のどこか。
アーロンさんに引っ張られるようにしてキラキラした道を進む。
どうしようどうしよう……
何の話だろう。
何だか気まずい感じのアーロンさんと二人きりとか耐えられない……!
不安しかない私は、ここがマカラーニャの森のどこら辺なのか考えられなかった。
そんな私を連れてアーロンさんは少し拓けた場所に出る。

「ここら辺でいいか」

アーロンさんは私の手を放すと振り返り私を見る。
そしていつもより低く、呆れたような声で話し始める。

「さて……聞いておきたいことがある。……お前はシーモアに気があるのか?」

「はい!?」

思いがけない質問だった。
気があるって……
好きかってことだよね?

「好き……とかではないです。ただ……止めたかった。酷い仕打ちを受けて歪んでしまった彼を救いたかった……」

そう、シーモア老師には申し訳ないけれど私には好きな人が他にいる。
もしかしたら私のせいで更に歪んでしまう可能性だってあった。
だけど放っておくことなんて出来なかったんだ……

「好きでもない男にお前はついていけるのか?お盛んなことだな」

「っ!?……そんな言い方……」

アーロンさんの口から出た言葉が信じられない。
その言葉の衝撃が大き過ぎて目が潤んでくる。
一つ瞬きをすれば涙が溢れそうだ。

「別に……っ!アーロンさんには関係ないじゃないですか!」

何でそんな言われ方をしなきゃいけないの……?

アーロンさんの言い方に私の気持ちを分かってもらえないと怒りが込み上げてきた。
思ったことをそのまま吐き出してしまう。
アーロンさんも私の言葉に更に怒りを増したように見える。
こっちだってあんな言われ方をして黙っていられない。
分かってよ!とアーロンさんをキッと上目遣いで睨み付ける。
そしてアーロンさんは私の睨み付けるような視線に眉間の皺を更に深くして私に近づいてくる。

何……?
怖い……

すぐ目の前まで来ると後ろ頭をガシッと掴まれる。
勢い良く顔を引き寄せられ、そして……


「んっ……!?」

シーモア老師のとは違う、貪るような強引なキス。
凄い力で抑えられて息が出来ない……っ!

「はっ……ぁっ!」

やっと解放され息を吸う。

「どう、して……っ!こんなことするんですか……!」

涙が止まらない。
意味が分からないよっ……!



唇を離し、頭に手を置きかぶりを振るアーロンさん。
そこに先程までの怒りは見えず、見えるのは後悔だった。

「すまない……こんな事をするつもりはなかった。ただ……お前には幸せになって欲しいんだ……」

何を言ってるの……
どうしてそこまで私に執着するの……?
先程とは全く違う寂しそうな辛そうな顔のアーロンさんを見つめながら、また頬を一滴の涙が流れた。

私の嗚咽が治まってきた頃、アーロンさんが意を決したように私を見つめる。

「……思い出したいか?10年前の俺達を……」

それは思ってもみない申し出だった。

もう私には正直アーロンさんが分からない。
このマカラーニャの森に入った時には無理に思い出す必要もないなんて言っていたのに……
ここに来て思い出したいかなんて……

でも私は知りたい。
10年前私は何をしていたのか。
それをきっかけに全てを思い出せるのではないかという期待もあった。
私はアーロンさんの目を見つめ、力強く頷く。
その返事を確認したアーロンさんは懐から一つのスフィアを取り出した。
そして私に見せるようにスフィアの再生を始める。



―――――



『皆さんでお揃いのアクセサリーつけませんか?女の子っぽいのは駄目だから……』

そこにまず映し出されたのは……

「私……?」

何やらお店の前で物色中の人物。
髪が今より短いが、恐らくあれは私。

「そうだ。これから向かうナギ平原の旅行公司だ」

アーロンさんが説明してくれる。
ナギ平原……私、そこにも行ったことがあるんだ……。
スフィアの中の私はアクセサリーを選んでいる。
そこにやってきたのはジェクトさんのスフィアでも見た10年前のアーロンさん。

『綺麗だな。赤は色の白いサクラには良く映えるな』

スフィアの中の私の肩に手を置き、優しい顔をしている。

『アーロンさんも赤が凄く似合ってますよ』

『そうか?』

照れたような私の顔。
優しく笑い合う二人の様子に自分のことなのに顔が熱くなってくる。

『なんだなんだ?見せつけか?』

「ジェクトさん……」

そこにジェクトさんが首に手を当て、頭を傾けながら歩いてくる。
ここまでジェクトさんとも一緒にいたということ?
じゃあもしかして、私はブラスカ様のガードとして一緒にいたの?

『ありがとうございました。じゃあこれアーロンさんの』

『ああ』

『これはブラスカさん、ジェクトさんの』

アーロンさんが支払いを済ませたものを受け取り配る私。
やっぱり……これを映しているのはブラスカ様。
そして自分の手首を見る。
あのブレスレット……今自分がしているものと全く一緒だ。
この時に買ったものだったんだ。
しかも皆さんとお揃いで。

『なんだぁ?おめぇら二人だけのじゃねぇのかよ』

『み、皆さんとお揃いがいいんです!』

『いらないなら俺がもらう』

『何すんだ!サクラちゃん、ありがとな!後でアーロンにたっけぇ指輪買ってもらえよ!』

『余計な事を……』

『ははは。いいね、いい夫婦になりそうだ』

そこでスフィアの映像は途切れた。

……指輪?
……夫婦!?

このやり取りを見ていると、まるで……

スフィアの再生が終わりそれを懐に戻すと、今度は違うものを取り出すアーロンさん。
スフィアの映像を脳内再生している私の左手を取り、懐から出したものを嵌めてくれる。

私がそこに目を落とすと、左手の薬指には紅い宝石が輝いていた


指 輪……?

驚く私は目を丸くしてその指輪を見つめる。

「これ……」

指輪からアーロンさんに視線を移すと寂しそうな顔がそこにはあった。
そして、その口が開き衝撃の事実を話す。

「……10年前、
俺達は……恋人同士だった」

「!?」

予想は出来たが、その言葉に驚きを隠せない。

「どうして……!!どうして言ってくれなかったんですか!?」

驚きと同時に沸き上がったのは疑問。
何故教えてくれなかったのか、何故隠す必要があったのかとアーロンさんにぶつける。
ルカで会った時に教えてくれていれば……
ルカでなくても道中話してくれても良かったんじゃないか……
そんな思いが頭をよぎる。

「もう俺にはお前を幸せにすることは出来ない……」

「え……?」

だけど、返ってきた言葉は思いもよらないもので。
その後に続く言葉も全く想像していなかったものだった。


「俺は……




……死人だ」

その単語に私は心臓を抉り取られるような錯覚に陥った。

アーロンさんが死人……?

「う……そ……」

先程治まったはずの涙がまた溢れてくる。
一体どこから沸いてくるのか不思議な程に。

「俺は『シン』を倒したら異界に逝くつもりだ」

アーロンさんの淡々とした告白に涙が止まらない。
アーロンさんは私を優しく抱き寄せ、落ち着くまで待ってくれた。


大きな深呼吸を一つしてアーロンさんの体を軽く押す。
そして、抱く手を緩めてくれたアーロンさんを見上げ口を開いた。

「私……今でもアーロンさんのことが好きです」

「!?」

サングラスの奥の隻眼が大きく見開かれる。
私は微笑み、言葉を続ける。

「2回も同じ人を好きになるなんて……私よっぽどアーロンさんのこと好きなんですね」

「すまない……」

「謝らないでください。こんなに人を好きになれるって……幸せ……です」

最後の方は堪えきれず、言葉が震えていた。
また視界が波を打つ。
アーロンさんの顔が近づき、私の涙を掬い取るようなキスが目元に降ってくる。

「後にも先にも俺が共に在りたいと願ったのはお前だけだ……
愛している……サクラ」

「アーロンさんっ……!」

私達は離れていた10年間を埋めるように、強く強く抱き合った。

そして長く深く、キスをした―――






「でも、アーロンさん?」

「何だ」

今私は後ろからアーロンさんに包まれて座っている。
後ろにある体温が心地よい。

「どうして話してくれたんですか?」

アーロンさんの性格だとこの話は誰にもせず、異界に持っていくつもりだったのではないかと思う。
それなのに話してくれた。
一体何故?

「……シーモアなんぞにお前の唇を奪われたのが忌々しくて堪らなかった」

それって……

「嫉妬……ですか?」

「ふん……さぁな」

可愛い感情に思わず笑みが零れた。
その時右頬に温かく、ちくりとした感触。
頬にキスをされたのだと自覚し、くすぐったさにそちらを向けば今度は唇を塞がれる。

「ん……」

「……お前の唇に触れていいのは俺だけだ」

熱い視線を向けられ、心臓は今にも飛び出しそうな程波打っている。

アーロンさんってこんな人だったっけ?
バクバクという心臓の音を感じていると、今度はアーロンさんから唐突な質問。

「……いつからだ?」

「?何がですか?」

何の主語もなく何のことだかさっぱり分からない。

「……この時代でも俺を好きになったと言っていた」

「あ……」

そんなことまで気になるのか……
やば……可愛い……
顔をほころばせ答える。

「ふふ……そうですね。ルカで初めてお会いした時から意識していたかもしれません」

「そうなのか?」

「元々伝説のガード様ってことで憧れは多少ありましたし……でもだんだんとこれは憧れとは違うなって……」

静かに聞いてくれているアーロンさんに話し続ける。

「でも私、結構胸を痛めたんですよ?ミヘン・セッションの時は怒鳴られて、その後にティーダにアーロンさんはザナルカンドで女の人を探していたなんて言われて……好きな人いるんだ……って」

「それはお前のことだ。突然お前は俺の前から消えた……もしかしたらザナルカンドに来てはいないかと、ずっと探していた。怒鳴ったのは……すまなかった。サクラの自分を顧みず人の為に尽くそうというその性格が心配でな」

今なら……私に過去を話せなかった理由が分かった今なら分かる。
アーロンさんはずっと私を心配して接していてくれたことが。

「もう一度言うが、俺が愛しているのは後にも先にもお前だけなんだ。他の女をいいなんて思ったことは一度たりともない」

「10年も?」

「ああ」

自信たっぷりで返事をするアーロンさん。
本当に心の底から嬉しかった。
私は身を翻し、アーロンさんに抱きつく。

「嬉しい……!!私……アーロンさんが異界に逝くまでもう離れません……」

「俺もだ……今暫し、この幸せを味わわせてくれ……」




しかし、私の記憶は戻ったわけではなかった。

私は10年前どこからともなく現れてブラスカ様達と合流。
そしてガードとして一緒に旅をした。
途中、アーロンさんと恋仲になって……
ザナルカンド遺跡まで行き、そこで私は消えた……

アーロンさんに10年前のことを教えてもらっても正直実感がなかった。
だけど、スフィアに映像が残っているあたり事実なんだろう。
思い出そうとしてみても、頭にもやがかかって出てこない。

エボン様が言っていた。
私の記憶を消したのは自分だと。
自分を消滅させる方法を思い出してほしいと。

「アーロンさん……」

今私達は皆の元に戻ろうとマカラーニャの森の中を歩いていた。
私はその歩みを止め、アーロンさんに話しかける。

「どうした?」

「エボン様はこの世界にいらっしゃるんでしょうか……」

「何……?」

「私、エボン様の夢を見たんです。私の記憶を消したのは自分だって……自分を消滅させる方法を思い出してほしいって……」

「……」

「どういうことなんでしょうか……」

「俺にも分からん。ただ分かるのはこの世界は死の螺旋で成り立っているということだ」

「死の螺旋……」

エボン様も言っていた言葉だ。

「ザナルカンドに行けば……分かるかもしれないな」

「そうですね……」

このまま進めば疑問が解決していくことを信じて前に進むことにした。
何が待ってるのか……分からなくて不安だけど、アーロンさんと一緒なら進める気がする。

もう少しで皆が待っているであろう野営地に着く。
何だか皆に会うのが気恥ずかしい……
どんな顔で会ったらいいのか……

「サクラ」

「はい?」

平静を装って戻ろうとしていた時にアーロンさんに呼び止められる。
その声にアーロンさんを見上げると頬に手を添えられ、また口付けが降ってきた。
唇のねっとりとした感触とチクチクとした髭の感触。

「合流したら暫く出来ないだろうからな」

「……!!」

最後に唇を舐め上げられた私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
意地悪そうなアーロンさんの笑顔に反論することも出来ず、私は両手で口を押さえていた。



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