記憶の彼方


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19章


翌朝、ルールーが部屋まで起こしに来てくれた。

「え!?もうそんな時間!?」

ルールーの姿が見えたことに寝坊をしたのだと確信した。
ルールーは腕を組み、笑顔で話す。

「昨日は遅くまで治療頑張ったんだもの、仕方ないわ。……それよりも夜中にアーロンさんと二人で宿に戻ってきたのを見たなんて話を聞いたのだけど……?」

見られてたのか……
あの時のアーロンさんの言葉を思い出し顔が熱を持つ。

「その顔……何か進展があったの?」

ルールーの何かを探ろうかという柔らかい笑みに顔をぶんぶんと振る。

「あら、残念。でも、あなた達お似合いだと思うわ」

そこまで追求しないあたり大人だなと思う。
綺麗な微笑みを携えてルールーは部屋を出ていった。
残された私は顔の熱がおさまらない。
顔の熱を抑えるために冷たい水で何度も洗い、身支度を整えて部屋を後にした。


「遅くなりました!」

宿の外に出ると皆が集まっていた。
申し訳なく頭を下げる。
それから皆の顔を見渡せばユウナがいないことに気付いた。

「あれ?ユウナは?」

「きっと今頃大急ぎで準備してるッス」

その意味を理解する前に寺院からユウナが飛んできた。

「よ〜お、寝ぼすけ」

「ごめんなさ〜い!」

ワッカの寝ぼすけという言葉にユウナも私と同じく寝坊したのだと把握した。
ユウナも一生懸命治療してたしな……
ホントはゆっくり寝かせてあげたいけど。

「ユウナ、私も同じ」

舌を出して笑って見せればユウナは驚いた顔をする。

「サクラも?珍しい〜」

「何だかんだ疲れたんだね、お互い」

「……あなた達、寝癖が取れてないわよ」

「「え!?」」

ルールーの言葉に私とユウナはお互い頭をおさえた。
身支度は整えたつもりだったが急いで出てきた為、疎かになってしまったのだろう。

「寝癖の召喚士にガードなんて、皆がっかりだぞ」

「起こしてくれればいいのに」

「声はかけたよ。でも口開けて眠ってたしね」

ルールー、ユウナのことも起こしに行ってたんだ。
声をかけられて起きることが出来た私はまだいい方か。

「今日は何だか皆イジワルっすね」

ユウナがむくれて言えばそこは笑い声に包まれる。
私も自分の寝癖をおさえながら笑う。
心から……ではない。
召喚士の……ユウナの行く末を考えると心から笑うことは出来なかった。

「さて……召喚士様と寝ぼすけガード様の寝癖が取れたら出発だ」

アーロンさんにまでからかわれ、私とユウナは寝癖を直しに早足で寺院へと向かった。

私達は次の目的地、幻光河へと歩みを進めた。

途中ビランとエンケに会った。
彼らは召喚士が消えて帰らないと丁寧に忠告してくれた。

「召喚士が消える……ジョゼ寺院でもイサールさん達に言われたね」

何が起こっているんだろう。
そんな話、この10年聞いたことなどなかったのに。

「突然消えるわけでもあるまい」

私の呟きにアーロンさんが答えてくれる。

「そうですよね。召喚士から目を離すなってことですね」

「そうそう、ガードがしっかりしていれば大丈夫ってことだ」

私に続いてティーダも気合いを入れる。
ガードらしいティーダの発言にワッカやルールーは感心し、ユウナは嬉しそうに笑っている。
ティーダが来てくれて、付いてきてくれて本当に良かった。
旅の最中にユウナのこんな笑顔が見れるなんて。

「ティーダ、ありがとう」

「へ?何が?」

私は自然とティーダにお礼を言っていた。
意味が分からないといった様子のティーダに微笑みを返して私は先へと進んだ。


―――――


「うわぁ……」

ティーダの感嘆の声。
幻光河にたどり着いた私達はその光景に目を奪われていた。

「これが幻光河よ」

ルールーの説明にも感嘆の声しかあがらない。
ユウナはその場にしゃがみ、花を眺める。

「幻光花っていうの。夜になるとたくさんの幻光虫が集まるんだって」

「河じゅうが光ってまるで星の海」

夜まで待ちませんか?
そう言いたかった。
ユウナだって見てみたいだろう。
でもこの旅はそんな悠長な旅ではない。
私はその言葉を呑み込んだ。

「あ!そうだ!」

「夜までなど待たんぞ」

私の言葉を代弁しようとしたであろうティーダの声はあっさりアーロンさんに遮られた。

「じゃ『シン』を倒したらゆっくり見に来よう!」

その言葉は凄く残酷で。
その場にいた私達は黙り込んでしまう。
『シン』を倒したその世界にユウナは……
そう考えるとうつむくことしか出来なかった。

その時、幻光花の花弁がふわっと舞った。

それはとても美しくて、儚い様子がユウナに重なって、その光景に見惚れていた。

静寂を破ったのはアーロンさん。
シパーフ乗り場に向かって歩いていく。
私がそれを目で見送っていると、ワッカがティーダに声をかける。

「急がないとシパーフが満員になっちまうぞ」

「シパーフ?船のことか?」

シパーフが何だか分からない彼は頭に疑問符を浮かべる。
ワッカが得意気に指差した先に、人の2倍以上の高さはあろうかという大きな生き物がいた。

「こいつがシパーフだ」

「うわ〜、乗りたい!これ乗りたいぞ!」

ティーダは興奮している。
ユウナも初めて見たときはそうだったな。

「懐かしいね、ユウナ、キマリ」

「うん」

「ああ」

皆を追いかけるように私達もシパーフ乗り場に向かった。


「シパーフ久しぶりだな」

「あ、乗ったことあるんだ」

私、ユウナ、キマリは10年前に一緒に乗ったことがある。
ベベルからビサイドに向かう時だ。

「10年前にね、3人で乗ったんだ」

「シパーフが揺れてユウナが河に落ちた。シパーフは長い鼻でユウナを助けた。ユウナは喜んで3回わざと河に飛び込んだ」

私とキマリが話すとユウナは少し気まずそう。

「キマリは心配した」

「そうそう、でもユウナ楽しそうだったしね」

「ああ、だからいい」

「……ごめん」

あの時はユウナの無邪気な笑顔に救われたっけ。
人懐っこくて初めて会った私とキマリにもすぐ慣れてくれた。
あれから10年かぁ……
長いようで短い10年。
当時を懐かしんでいると一頭のシパーフの脚の傷が目に入った。

「あ、あのシパーフ怪我してる」

「あれはジェクトが付けた傷だな」

「ええっ!?」

側にいたアーロンさんが教えてくれる。

「オヤジが!?」

ティーダもびっくりだ。

「酔っていた。魔物だと思ったらしい」

「はぁ〜、しょーがねぇなぁ……」

「すごい人ですね……」

「俺達の有り金を全部出して詫びを入れた。
そしてジェクトはそれ以来酒をやめた。
あの時のシパーフは今も現役のようだな」

ジェクトさんって……何というか豪快?
ティーダは溜め息をついている。
酒癖の悪さは知っているって感じなのかな。

懐かしい話に花を咲かせていたが、シパーフの準備が出来たようでハイペロ族のシパーフ使いが声をかけてくれる。

「シパーフ乗る〜?」

独特の喋り方に頬が緩む。
皆と顔を見合わせて出発しようと頷く。
リフトに乗って背の高いシパーフの背中へ。
そこにはしっかりとした椅子が取り付けられてあり、安定感があった。

「うわぁ、高〜い!」

見晴らしの良いその場所に気分も上がる。

「子供かお前は」

「う……」

そして先に座っていたアーロンさんに呆れられる。
素直な感想を言っただけなのに……
別にいいじゃないかとむくれていると

「ふ……早く座れ」

と、アーロンさんは自分の隣の席をぽんぽんと叩き、ここに座れと促す。
隣……座っていいのかな。
先日のこともあり、側にいては迷惑ではないかとか妙に意識してしまっている自分がいる。
なかなか足が前に出ないでいると、ユウナが後ろから押してくる。

「サクラ早く!後ろが詰まってるよ」

シパーフの上はそれほど広いわけではない。
その為、私の立ち往生のせいで他のメンバーがシパーフに乗れないでいるよう。

「あ、ごめんごめん」

仕方なく奥から詰めて席に座る。
ようするにアーロンさんの隣ということ。

(鎮まれ〜!私の心臓!)

念じただけで心臓のドキドキが収まるわけがなく、にやにやとこちらを見ている女子二人を軽く睨む。
皆が着席したのを確認してシパーフ使いが出発の合図をする。

「シパーフしゅっぱ〜つ!」


ゆったりとした揺れが気持ちいい。
隣にはアーロンさん。
これが召喚士の、究極召喚を求める旅でなければどんなに幸せだったろう。

「あ……」

水面を眺めていれば河の底に街が見えた。

「あ!街が沈んでる!」

私の呟きに気付いたティーダも河底を見て驚いている。

「1000年以上前の機械の街だ。河にたくさんの橋をかけてその上に街を作ったらしい」

「街の重さで橋が崩れて河の底に沈んでしまったそうよ」

ワッカ、ルールーが説明してくれる。

「ま、いい教訓だな」

「教訓?」

「ああ。河の上に街を作るなんて何の意味がある?」

「う〜ん……水がたくさんあって便利だからとか」

「うんにゃ違うな。
ただその技術……力を試したかっただけだ」

「「そうかなぁ」」

ワッカとティーダが話しているのを聞いていた私はワッカの意見に頷けず、ティーダと同時に同じ言葉を発した。
ティーダと顔を見合わせればお互い苦笑する。

「エボンの教えだ」

エボンの教え……
ワッカの口癖。

そう言えば前に夢でエボン様に会った。
あれは、あの言葉は……信じるべきものなのか。
それともただの夢だったのか。
あれ以来見ることもなく、何の変化も感じていない。

エボン様を消滅させる……

どういうことなのか。
私は知らず知らずのうちに自分のペンダントを握りしめていた。

「……どうした?」

私の様子に気付いたアーロンさんが声をかけてくる。
つくづく思うが、この人は周りをよく見ている。
周りに無関心そうに見えて面倒見がいい。
でもエボン様のことはまだ確信してない以上、言わない方がいいだろう。
余計な混乱を招くだけだ。

「いいえ、何でもないです」

「……そう言えばそのペンダント、まだ身に付けていたんだな」

「え?」

「10年前にもお前はそれを付けていた」

「覚えていないんですけど何だか大切な物のような気がして……」

「それは……何かしらの力を宿しているのかもな。先のミヘン・セッションでも光っていた。
……10年前にもそれが光る時は不思議なことが起こってな……」

そこまで言うとアーロンさんは言葉を詰まらせた。
アーロンさんのその様子に10年前の私は何かをやらかしたのではなかろうかと不安になった。

「アーロンさん……私、10年前に何をしたんでしょうか……」

「……いや、お前は何もしていない」

「そう……ですか……」

そう言ってアーロンさんは目を伏せてしまった。
これは絶対何かあった。
けれどアーロンさんのその様子にそれ以上聞き出すことは出来なかった。

その時それまでのゆったりとした揺れとは一変し、大きな揺れが私達を襲った。

「なんか変だ〜ぞ?」

緊急事態とは思えないシパーフ使いの穏やかな口調。
何事かと思い、立ち上がる。

「座っていろ!」

「は、はい!」

アーロンさんに言われまた腰を降ろそうとした時だった。
誰かに腕を捕まれた感触の後、私の体は水の中へと引きずり込まれた。



(アーロンサイド)

「サクラ!!」

それまで隣にいたサクラが水の中へ消えていく。
咄嗟に手を伸ばしたものの俺の手は空を切った。
飛び込んで行こうにも水中では上手く立ち回ることが出来ない。

「ティーダ!ワッカ!」

ブリッツをやっているあいつらなら水中はお手の物だろう。
俺が声をかけるのとほぼ同時に二人は河へと飛び込んで行った。
ワッカは飛び込む前に「アルベドだ!!」と言っていたが、何の為にサクラを引きずり込む必要がある?
アルベドには何の感情もなかったが、怒りが沸いてくる。
今自分が何も事を起こせず、無事を祈ることしか出来ないのも苛立ちを募らせる原因となっている。

「くそっ……!!」

すぐ側にいたというのに……!

「アーロンさん……サクラは大丈夫ですよ。あの二人に任せましょう」

「……ああ」

ユウナにそう言われ短く返事をし、腰を降ろす。
こんな若い娘に励まされるとはな。
よほど表情や態度に出ていたようだ。
情けない。

あいつへの気持ちを抑えようとすればする程大きくなっている気がする。
俺は異界に行くまでこの気持ちを捨てることは出来ないんだろう。
改めてこの気持ちの大きさに気付かされる。

焦りと苛立ちと不安と色んな感情を抱きながら待った。


どれくらいそうしていただろうか。

「あ!上がってきた!」

ユウナの声に河の中を覗けば、徐々に浮かんでくる人影が見える。
それを食い入るように見ていると、まずティーダが顔を出しその後にサクラを抱えたワッカが顔を出した。

「無事か!」

「だいじょぶッス!」

ワッカに声をかければそう返事が返ってきた。
サクラをシパーフの上に引き上げると、彼女は咳き込んだ。

「げほっげほっ……あ、ごめんなさい……」

俺と目が合うとまず謝る。
お前には何も非はないだろうに。
迷惑をかけて悪かったという意味なんだろうが。

「お前は何も悪くないだろう。……隣にいながら守れなかった俺が悪い。……すまない」

俺が謝ればサクラは目を丸くする。
そんなに俺が謝るのが不自然か。

「ふふ……アーロンさんね、サクラのことすごく心配してたんだよ?」

余計なことを……
ユウナの言葉にサクラから顔を背ける。
すると、ティーダが絡んできた。

「へ〜?アーロンそういうこと?」

にやにやとこちらを見るものだから一睨みしてやる。
そして、腕でティーダを押しやって乱暴に椅子に座った。

「だいじょ〜ぶかな〜?」

シパーフ使いのゆったりとした声が耳に響く。

「すみません!もう大丈夫です!」

「サクラ!」

「あ、はいっ!」

また立ち上がるものだから、座れという意味を込めて名を呼ぶ。
隣に座ったサクラは水に濡れていて艶っぽく見える。
そんな姿を直視出来ず、俺は自身の上着を脱ぎそっぽを向きながら渡す。

「体が冷える。着ていろ」

「でも……」

「風邪をひかれては困る」

「ありがとうございます……」

サクラは素直に上着を受け取り羽織り始める。

「シパーフ出発進行〜〜!」

そして、その声を合図にシパーフは再び歩き始めた。



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