記憶の彼方
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17.5章
(アーロンサイド)
ミヘン・セッションか……
寺院側はこれで『シン』を倒せるなどと本気で思ってはいまい。
何を企んでいるんだか。
……それよりも気になるのはシーモアだ。
サクラにちょっかいを出して何のつもりだ。
何を考えている。
そんなことを考えていたら討伐隊の攻撃が始まったようだ。
アルベド族の機械か、数多くの砲撃が『シン』に向かって飛んでいく。
こんなもので『シン』を倒せれば苦労はしないだろうな。
その攻撃に『シン』のコケラが剥がれ落ち、前線に配置された隊員達が応戦し始めた。
そして『シン』も攻撃の準備を始める。
その時、隣にいたサクラのペンダントが光っているのが見えた。
それを見るとあの時の恐怖が蘇る。
また消えてしまうのか……?
頼む……
もう少し……
もう少しだけでいい。
俺の側にいてくれ……
そんな想いで見つめればサクラは胸の前で手を組み何かを祈り始める。
するとその体が淡く光り、ふわっと宙に浮いた。
「サクラ!?」
手の届かない所に行ってしまった彼女を見つめる。
……何をしようとしているんだ?
何かの呪文を唱えているようだが俺にはさっぱりだ。
そして両手を広げ、魔法を発動する。
その魔法は前線にいる討伐隊やアルベド族にかかっていく。
何だ……?
「あれは……リレイズ?」
ユウナが呟く。
リレイズ……?
そうか、そういうことか。
「でもあんなに大勢に1度にかけるなんて……」
その時大きなエネルギーを感じた。
「来るぞ!!」
そこにいる皆に合図を送る。
とりあえず、空中にいるあいつは大丈夫だろう。
散り散りにその場を離れる。
次の瞬間、『シン』から膨大なエネルギーが発射された。
それは容赦なく前線で戦っている者達を呑み込んでゆく。
あれではもう……
サクラは無事だろうか。
上を見上げると淡く光っていた体は元に戻り、落下を始めているところだった。
「!?」
直ぐ様落下地点に潜り込み、その体を抱き留める。
その顔を覗き込めば静かに呼吸をしているのが伺える。
ほっと安堵の溜め息が漏れた。
「おい、起きろ」
軽く頬を叩くが目を覚ます様子がない。
もう一度声を掛けようとした時、コケラの叫び声が聞こえた。
そこには先程俺達が戦っていたコケラを押さえ込んでいるシーモアがいた。
気にくわんが、加勢してやるか。
このまま放っておくのも寝覚めが悪い。
俺は自身の上着を枕にし、サクラをそこに寝かせてからシーモアのところに向かった。
「サクラ殿は大丈夫ですか?」
「……お前には関係あるまい」
「それはそれは……下がっていなさい、ユウナ殿」
シーモアの側までやってくればいきなりサクラのことを口にする。
答えてやる義務もない。
そして、それまでサクラの側にいたユウナもこちらにやってくる。
はいと返事をしつつも戦闘に加わる。
やはりそこはブラスカの娘か。
しかし、悔しいがやはりシーモアの魔力は凄かった。
たいして俺が攻撃することなくコケラは幻光虫となり散っていく。
「アーロン殿はサクラ殿とはどういう御関係で?」
「何……?」
コケラを倒した後、ユウナはすぐにサクラの元へ走った。
俺も後を追おうとしたがシーモアに話し掛けられ足を止めた。
「いえ、やけにサクラ殿を守っているように見えたものですから。恋人なのかと……」
「……お互いユウナのガード、それだけだ」
「そうでしたか。それは良かった」
何がいいんだ。
俺は眉間の皺を増やして、気持ちの悪い笑みを浮かべたシーモアを睨んでいた。
「それでは私がサクラ殿に手を出しても良いということですね」
「何だと……?」
その意味を追及しようとした時、激しい地響きが起こった。
『シン』の方を向けばアルベド族の大きな機械からの砲撃と押し合いをしていた。
そして視界の隅に『シン』の第一波をまともに食らったであろう者達が起き上がっているのが見えた。
皆各々自身の手や足を見てどういうことだと目を丸くしている。
その魔法をかけた本人を見るがまだ目を覚ましていないようだ。
しっかりと魔法の効果が現れている。
たいしたものだ。
『シン』に目を戻せば、そのエネルギーの塊の光はどんどん強くなっていき、アルベド族の砲撃を押し返しているよう。
そして遂に押し負けたアルベド族の砲撃はその台もろとも爆発し崩れていく。
分かってはいたがやはり目の前で事が起こるのは良い気分ではない。
俺は自然に目をそらしていた。
崖の下を見ればティーダが海に飛び込んでいくのが見えた。
……少し話しに行くか。
俺はティーダと話し、ユウナは2度死んでしまった者達の異界送りを済ませた。
そして今皆でサクラの目が覚めるのを待っている。
「大丈夫なのか?サクラ」
「きっとルカの時と同じだと思う。でも今度は前と違って桁違いの魔力を使ってる……少し目が覚めるのに時間がかかるかもね」
ティーダがサクラの顔を覗き込みユウナに聞いている。
……まだペンダントが光っている。
しかし身体が光に包まれていないところをみるとあの時のように消えてしまうという訳ではないだろう。
サクラを見ているとシーモアの言葉が蘇る。
『私がサクラ殿に手を出しても良いということですね』
あれはどういう意味だ?
こいつの魔力が目的か?
それとも……
サクラが幸せになるのなら良い。
だがあいつは駄目だ。
危険な匂いしかしない。
「待って!!」
考え事をしていたらサクラの大きな声が響いた。
自然と体がそちらを向く。
夢を見ていたのか?
悠長なことだ。
「そうだ!『シン』は!?討伐隊の皆は!?」
そうか、こいつは気を失っていたから分からんのか。
「『シン』は去った」
一つ答えをやれば、俺を見て少し放心しているような表情をする。
何だ?
するとそれまで枕にしていた俺の上着を急いで拾い上げ俺に渡す。
「後で洗濯します!!」
「気にするな」
そんなことを気にするのかこいつは。
ふ……と笑みがこぼれる。
その後ユウナやルールーに自分の行為を教えてもらい、また無茶をしたのだと自覚したことだろう。
「天使様!」
「気がつかれましたか!?」
誰が誰の天使だ。
その呼び方に嫌悪感を覚える。
『シン』が去った後、サクラがリレイズを唱えてくれたおかげで皆さん助かったんですよなどとユウナが説明したものだからこいつが崇め奉られるようになった。
誰かが天使様と言ったのを皮切りにこいつの呼び名は天使だ。
……中には目を輝かせ熱い視線を送るやつまでいる。
胸がもやもやする。
俺はそいつらに見せつけるかのようにサクラの頭に手を置き、
「頑張ったな……」
と声を掛けた。
サクラはそのまま両手で顔を覆い泣き始めた。
その頭を俺の胸に引き寄せ抱き締めたかった。
他の奴等もいた手前、それは出来なかったが……
その後他のメンバーが『シン』が去るまでの話をサクラにし、先に進もうとした時だった。
サクラは崖の下に視線を落とし、動きを止めた。
(あれは……)
あそこにあるのはサクラのリレイズで生き返った後に、また死んでしまった者達。
ユウナが異界送りをした者達だ。
あれは何だと説明を求めるサクラに答える者はいない。
あれだけサクラが必死に助けたかった命、それなのに救えなかった命があった。
その事実を伝えたくなかった。
「彼らは2度攻撃を受けてしまったのです」
その声に振り向けば先に行った筈の忌々しい顔があった。
俺達が言えなかった事実をいとも簡単に説明する。
「貴女は充分過ぎる者達を救った。落ち込むことなどありません。素晴らしい魔力ですよ。貴女もこのスピラの希望となることでしょう」
そう言ってさりげなくサクラの頭を撫でた。
こいつのさっきの言葉を思い出し、その行動に怒りがわいた。
俺は咄嗟に奴の手首を掴みサクラから引き剥がした。
「……気安く触るな」
「おやおや……」
いつもより低い声で言い、掴んだ手首越しにシーモアの目を睨んだ。
奴は大袈裟に肩を竦めてみせる。
こいつ……!!
「それでは私はこれで。ユウナ殿、サクラ殿、また後程……」
俺は苛立ちを隠せなかった。
今は確かに恋人ではない。
だがこの気持ちは10年前と何ら変わってはいない。
それなのにあんな奴にサクラが触れられるのは我慢ならない。
その後ろ姿を睨んでいた時だった。
「がっ……!!」
異様な声に音。
振り向くと赤が目に入った。
血……!?
それを出しているのは……
「サクラ!?」
やはりルカの時とは比べ物にならない程のダメージだったのか……
その血溜まりに青ざめる。
血など見慣れているはずだ。
それなのに愛しい者のそれはこんなにも心臓をざわつかせる。
「ごめん……吐いちゃった」
吐いた本人は心配させまいと笑顔を作っている。
先のシーモアのせいでイライラしていた俺はその気丈な振る舞いに怒りが込み上げてきた。
そして、次の言葉に爆発する。
「全然大丈夫だから。行こう?」
「馬鹿者!!」
心の中で思っていることとは程遠い一言を叫んでいた。
辛かったら言ってくれ。
無理に笑わないでくれ。
もっと俺を頼ってくれ。
自分の体を大事にしてくれ。
頼むから……
お前が大切なんだ……
本当はそれを伝えたい。
だが、それを伝えてはお前を苦しめる。
いっそこの感情を消してしまえたら楽なのに……
サクラの目からは涙が溢れ出していた。
泣かせたいわけじゃない……
そんな顔を見たいわけじゃない……
俺は何をやっているんだ……
「ちっ……!」
自分に対しての苛立ちに首を振った。
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