記憶の彼方
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9章
マカラーニャ寺院で祈り子と対面を終えたブラスカさんはナギ平原へと向かった。
そこはただただ広い荒野だった。
「ここが、歴代の大召喚士様達が『シン』と戦った場所だよ」
広大な荒野を見つめブラスカさんが呟くように言う。
「ここには今までとは桁違いな強さの魔物が出てくる。気を抜くなよ」
アーロンさんは私達に注意を促す。
この先の山を越えると目的地に着いてしまう。
過去の召喚士やガード達もこんな気持ちでここに立ったのだろうか。
そんなことばかり考えていたせいで返事は疎かになる。
「あ、はい……」
「……あそこに旅行公司があるようだ。一休みしていこうか」
そう言ってブラスカさんが指差す先にテントのようなものが見える。
……私がしっかりしないからだ。
きっとブラスカさんは私の気持ちを汲んでくれたんだろう。
私達はまずそこを目指すことにした。
道中アーロンさんが言ったように厄介な魔物が多かった。
旅行公司に着く頃には魔力も尽きかけ、アーロンさんに支えられなければ立つこともままならなかった。
ブラスカさんを守ると決めたのに、守られる方じゃないか。
役立たず過ぎて気分が沈む。
「アーロンさん、ありがとうございました……」
「しっかり休め。この先はもっと辛いぞ」
「はい……」
落ち着ける所に腰をおろし辺りを見回していると、ふと店の中に目が行く。
そこにはアイテムや武器・防具達が並んでいる。
装飾品の中にはキラキラと目を引く物もある。
「そうだ!」
それぞれが思い思いに休んでいた所に私の大きな声が響き、皆がこちらを見る。
「なんだ?」
「皆さんでお揃いのアクセサリーつけませんか?」
名案を思い付いたと、胸の前で両手をぱんと鳴らす。
「女の子っぽいのは駄目だから……」
私は皆の返事も効かずにお店へと向かった。
私以外は男衆。
女物では身に付けるに抵抗があるだろう。
色とりどりに並んでいるうち、私は赤色にシルバーのラメが入ったブレスレットに目を止める。
「こんなのどうですか?」
一番に来てくれたのはやっぱりアーロンさんだった。
「綺麗だな。赤は色の白いサクラには良く映えるな」
この人はたまに恥ずかしいことを言う。
天然なのか……
私の肩に手を置くその人に顔を赤くしながら返事をする。
「アーロンさんも赤が凄く似合ってますよ」
「そうか?」
「なんだなんだ?見せつけか?」
ジェクトさんが首に手を当て頭を傾けながらやってくる。
「そういうわけじゃ……」
ジェクトさんと話しているとブラスカさんがスフィアをこちらに向けながら歩いてくる姿が見える。
その間に会計を済ませてくれたアーロンさんがブレスレットを私にまとめて渡してくれる。
「ありがとうございました。じゃあこれアーロンさんの」
「ああ」
「これはブラスカさん、ジェクトさんの」
そう言って同じブレスレットを二人にも渡す。
「なんだぁ?おめぇら二人だけのじゃねぇのかよ」
ジェクトさんの意味ありげな視線が刺さる。
「み、皆さんとお揃いがいいんです!」
「いらないなら俺がもらう」
ジェクトさんの手にあったブレスレットをアーロンさんが奪う。
しかし、すぐさまジェクトさんがそれを奪い返した。
「何すんだ!サクラちゃん、ありがとな!あとでアーロンにたっけぇ指環買ってもらえよ!」
指環……
その単語に反応してしまう。
それはアーロンさんも同じだったようで。
「余計な事を……」
そう言ってジェクトさんを睨んでいた。
「ははは。いいね、いい夫婦になりそうだ」
スフィアをしまったブラスカさんまでジェクトさん側につく。
「夫婦って……」
アーロンさんと?
アーロンさんの顔を見上げればちょうど目が合い、お互い目をそらしてしまう。
「相変わらずだなぁ……そんなんじゃまだ一発もヤ」
「それ以上言ったら斬る」
物凄い速さで抜刀されたアーロンさんの刀の切っ先がジェクトさんの喉元にピタリと吸い付いていた。
「サクラさん」
アーロンさんとジェクトさんがケンカを始めたところでブラスカさんに呼ばれる。
「はい?」
「ありがとう。これは私の宝物だよ」
今しがた買ったブレスレットをさすりながら言う。
「私が欲しかったんです。皆で旅をした証。ほら、私忘れやすいみたいだから」
「ふふ……本当に君は優しいね。アーロンは幸せ者だ」
ブラスカさんの言葉に恥ずかしくなって俯いてしまう。
「アーロンはいい男だよ。安心してついていきなさい」
ブラスカさんの手が頭にぽんと置かれる。
私は顔をあげ、ブラスカさんの目を見て言った。
「……はい!」
それぞれがお揃いのブレスレットを手首につける。
その顔は皆笑顔だった。
充分な休息をとった後私達はガガゼト山へ向かって歩き始めた。
その時、今まで静かに胸元にあったペンダントが淡く光っていることに気付く。
「?」
自分の胸を見下ろし動きが止まる。
「どうした?」
隣を歩いていたアーロンさんがこちらを見る。
その視線は私の顔から光るペンダントの方に移る。
「それは……サクラがスピラに来た時も光っていたな」
その言葉に心臓がどくんと鳴る。
来た時……
ということは……?
嫌な予感を振り払うように頭を振り、先を歩いているブラスカさん達の方を向く。
「行きましょう」
「ああ……」
自分のことなんてどうでもいいと思っていたのに。
この光は自分が不安定な存在であるということを思い出させる。
一度考えてしまえばそれはずっと頭の片隅に居続けてしまう訳で。
いくら頭を振ったって消えてはくれない。
「……待て」
低い声に呼び止められそちらを振り返る。
「はい?……!」
振り返ったとほぼ同時に大きな手が私の手を絡めとる。
「え?え?アーロンさん?」
突然のことにドキドキしてしまう。
いきなりどうしたんだろう……
「……何となくな」
びっくりしたけど嫌だというわけじゃなく、むしろ今の不安定な気持ちが少し落ち着いた。
私の不安な気持ちに気付いてくれているのかな。
やっぱり好きだなぁ……
自然とアーロンさんのほうに体を傾け、ぽすんと頭を彼の胸に預ける。
「ありがとうございます」
「では行くか」
私達は手を繋いだままブラスカさん達のあとを追った。
―――――
ガガゼト山に着くと更に気温は下がっていた。
「さむ……」
「そんなにアーロンとくっついててまだ寒いのかよ。こっちは見せつけられて暑いくらいだぜ」
「あ……すみません」
ジェクトさんにからかわれアーロンさんから少し距離をおく。
「これを貸そう」
アーロンさんはマカラーニャの森の時と同じく、赤い着物を私に預けてくれる。
「すみません」
「……お前は謝ってばかりだな」
確かに。
「口癖……ですかね」
自嘲気味に笑えば皆も柔らかく笑い返してくれる。
「さて、今日の内に山を越えてしまおう」
ブラスカさんが意を決した様子で檄を飛ばす。
急ぎたくはない旅路だったが、彼の要望は聞き入れる他ない。
「はい」
短く返事をして、私達はその日の内にガガゼト山を越えた。
―――――
目の前に広がるのはふわふわと漂う幻光虫達。
そしてかつては大きな街であっただろう遺跡。
日が傾き夕焼けに染まるそれはとても幻想的な光景だった。
「ここがザナルカンド……」
「なるほど……こりゃやっぱり俺の知ってるザナルカンドとは違うな」
ジェクトさんが諦めとも落胆ともとれる声で呟く。
この先に行ってしまったら……
私は恐怖で足がすくむ。
何とかブラスカさんが死ななくても済む方法はないものかと考えてみたが、この世界のことをよく知らない私には何もいい考えなんて浮かんではこなかった。
ついつい口をついて出てくるのは、やっぱりやめませんか?なんて言葉。
もちろんその言葉にブラスカさんが頭を縦に振ることはなかった。
それだけの強い覚悟を持っているのだから。
「今日はここで一休みしていこう」
今日が最後の夜になっちゃうのかな……
日が沈み、辺りが暗くなってくると胸元のペンダントの光がより一層強くなる。
周りが暗くなってきたからそう見えるだけなのかな。
皆は焚火をじっと見つめておりそれに気付くことはない。
私も焚火を眺めていた。
すると、頭に何かが響いた。
それとほぼ同時に強い眠気に襲われる。
「あれ……?」
「どうした?」
「私……眠くなってきちゃって……」
「女性にこのガガゼト山は辛かっただろう、もうお休み」
確かに疲れていないといったら嘘になる。
だけどこの強い眠気は異常だ。
もう目を開けているのも辛かった。
「すみません……少し寝ます……」
「ああ、俺に寄りかかるといい」
「ありがとうございます、アーロンさん……」
私はアーロンさんに寄りかかり目を閉じた。
そしてすぐに眠りにつく。
その胸のペンダントは一際輝きを増していた―――
―――――
「どうやら間に合わなかったようだね」
また夢……?
「召喚士を死なせない、『シン』を永久に復活させない方法は思い出したかい?」
え?
何……それ……?
そんなの私知らない……
「君は知っているはずなんだ……いや、やはり1000年前の記憶を呼び起こすのはこの程度では足りなかったか」
あなたは知っているの!?
ブラスカさんが死ななくてもいい方法を!
知っているのなら教えて!
「私が知っているのではない。知っているのは君だ」
知ら……ないよ……
そんなの……
「……もう時間がない。間もなく君が共に旅をした召喚士が『シン』を倒すだろう。そうすれば私はしばらく眠りにつかなければならない。次に君にまみえる時には1000年前のこと、思い出していてほしい。そして、私の物語を終わらせてくれ」
意味がわからないよ……
「……勝手で悪いがここは戦場となる。君には離れたところに移動してもらう。―――それから、1000年前の記憶の引き出しを見つけやすいように今までの記憶を全て捨ててもらうよ」
え、それってどういう……
「……本当にすまない」
私の考えが追い付く前に視界は歪み、虹色の空間が広がった。
そして、私は意識を手放した。
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