記憶の彼方


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8章


雷鳴が鳴り響き、止むことがない。

ここは雷平原。
避雷針のように高くそびえる岩がいくつもある。

「……ここ通るんですよね……?」

「そうだが?」

当然だとアーロンさんが答えてくれる。
こんな雷が延々と落ちている所を通るなんて、信じられなかった。

「雷が恐いのか?」

恐いとかそういう問題じゃない。
当たったらケガだけじゃ済まない。
普通に死んじゃうでしょ。

「恐いっていうか……」

「走っていきゃ大丈夫だろう」

そう言ったジェクトさんが次の避雷塔まで走って行く。

「俺達も行くぞ」

アーロンさんが手を繋いでくれる、それだけで安心する。
単純だな、私。

「は、はい!」

ブラスカさんも一緒にジェクトさんの所にたどり着く。

「おーおー、仲のいいこって」

ジェクトさんが私達の繋いだ手を見て口を尖らせる。
恥ずかしくなり私はパッと手を離してしまった。

「おい、アーロン!これ、撮ってくれ」

ジェクトさんはアーロンさんにドーム状の物を投げた。
それはスフィアと呼ばれる物。
映像を記憶させることが出来ると聞いた。

ジェクトさんはあちこちでスフィアに旅の様子を撮っていた。
ザナルカンドに帰ったら家族に見せるんだって。

「こら!ちゃんとうつせ!」

私が手を離したからなのか、ジェクトさんに命令されたからなのか、アーロンさんは少し不機嫌になっていた。

「どうして俺が……」

ぶつぶつ言いながらスフィアをあさっての方向に向けるアーロンさん。
アーロンさんの持つスフィアを眺めていると隣でブラスカさんが物思いにふける様子が目に入った。

「なにを見てらっしゃるのですか?」

アーロンさんもそれに気付き、スフィアをブラスカさんの方に向け問うていた。

「いや、少し考えごとをね」

首を振り、何でもないといったように視線を落とす。
すると、少し先に進んだジェクトさんが叫んだ。

「ちゃんとうつせって言ってるだろうが!大事なみやげなんだぞ」

そう言ってジェクトさんが少し歩を進めた瞬間、雷鳴が轟く。

「おわっ!?」
「ひっ!?」

私もびっくりしてアーロンさんにしがみついた。
そんな私にアーロンさんは空いている手で私の頭を撫でてくれる。
それだけで幸せになる私は単純なんだろう。

ジェクトさんはおお……と言いながらその場に尻餅をついていた。

「だいじょうぶか?」

ブラスカさんが優しく聞いてくれる。

「今の様子撮っておいたぞ」

アーロンさんはとても楽しそうだ。

「やかましい!」

「はっはっはっ……」

「ふふふ……」

ブラスカさんの笑い声に私も頬が緩む。

でもブラスカさんは何を考えていたんだろう。
何か心の奥に隠しているものがあるように感じた。
それを聞く勇気はなかったけど、『シン』を倒したら皆心から笑顔になれるのかな。
そんなことを考えながら歩みを進めた。


―――――


雷平原を抜けると森のような場所が見えてきた。
ここはマカラーニャの森だとアーロンさんが教えてくれる。
森に一歩足を踏み入れると、そこには宝石を散りばめたような美しい風景が広がっていた。

「わぁ……綺麗……」

思わず声に出た。
この世とは思えない景色。
しばらく歩みを止めて眺めていたい。
そう思った。

「こっちに何かいいとこあるぜ」

ジェクトさんの声に、眺めていた景色から筋肉隆々の人に視線を移す。
その人はといえばずんずんと正規らしいルートから外れていく。

「勝手に道から外れるな!」

注意をするアーロンさんに続き、私とブラスカさんもそちらへ向かう。
そこは大きく開けた場所で、奥にはそれは美しい泉があった。

「ここもすごい綺麗……」

またもや見とれる。
アーロンさんやジェクトさんはそんな私を見て微笑んでいた。

するとキラキラと光り輝いていた水面が不自然にゆらゆらと揺らめき始めた。

「まずい!」

その様子を見ていたブラスカさんが叫ぶ。
何が起こったの?

「ここはスフィアの泉。人の想いを封じ、とどめる力を持つ水なんだ。………魔物が生まれやすい場所でもある」

私とジェクトさんに解説するようにブラスカさんが話してくれる。
そして私を守ってくれるかのようにアーロンさんと共に私の前に歩みでる。

「こいつに物理攻撃は中々効かないはずだ。私のフォローを頼むよ」

「わかりました」

「任せろ!」

「回復は私に任せてください!」


ブラスカさんの魔法を中心に何とかスフィアマナージュと呼ばれる魔物を倒した私達は、しばしの休息をとっていた。
そんな中、ブラスカさんが話し始める。

「……そろそろジェクトとサクラさんにも、究極召喚について話しておいたほうがいいかな」

そう話し始めたブラスカさんの眼は寂しい色をしていた。

究極召喚……

究極召喚を得るために旅をしている、それが『シン』に対抗できる唯一のものだということは聞いていた。
アーロンさんは一瞬ブラスカさんのほうを見て、下を向いている。



「……究極召喚はね、召喚士の命と引き換えなんだ」



全く想像もしていなかった言葉に耳を疑い、目を見開いてしまう。

「え……?」

言葉が出てこない。

思考が追いつかない。

「マジかよ……」

ジェクトさんも言葉を失っている。

「ナギ節をつくることが私達召喚士、スピラの民全員の願いだ。その為に旅をしているんだよ」

「嫌です!そんなの!旅やめましょう!」

私は後先考えず叫んでいた。
ただただ思ったままに。

「サクラ……よせ。ブラスカ様は覚悟を決めてこの旅をしているんだ」

アーロンさんの手が私の肩に置かれる。
それを振り払って私はアーロンさんに振り向く。
彼を睨みながら。

「アーロンさんは!……アーロンさんはブラスカさんが死んでもいいんですか!?」

「いいわけないだろう!」

当たり前の否定だった。
その怒鳴り声に身体がびくつく。

「……すまん。だが、これはブラスカ様の覚悟だ。それを俺達が曲げてはいけないんだ……」

アーロンさんも肩を落とす。
ああそうか、この人だって旅を始める前には反対したんだろうな。
その時の気持ちも考えずに私は……

「ごめんなさい……」

「……俺はちっとあっちで考え事してくるわ」

それまで、黙ってこちらを見ていたジェクトさんは泉のほうへ向かって行った。

「私も……少し心の整理をさせてください」

「ああ……すまないね」

「ブラスカさんが謝ることじゃないです!」

私の言葉に柔らかく微笑み返してくれる。

なんで笑えるんだろう。

これから命を捧げにいくのに。


私はジェクトさんが向かった方とは少し違った所へ向かう。
そこで座り込み、膝を抱えひとしきり静かに泣いた。
きっといくら言ったってブラスカさんは旅をやめない。
それが分かるからどうしたらいいか分からなくて泣いた。

そこへ見慣れた人影が近付いてくる。

「……落ち着いたか?」

「なんとか……」

そう簡単に割りきれるものではない。
それでもスピラの人達のことを思えば歩みを止めるわけにはいかないのだろう。

まだ上を向けずに俯いていると、大好きな匂いに包まれた。

「っ……!!」

「……俺もこの話をされた時に止めたんだがな……無駄だったよ。ブラスカ様の覚悟は揺るがなかった。俺はその覚悟を貫き通すための盾となる。そう決めたんだ」

アーロンさんの悲しくも力のこもった声にまた熱いものが込み上げてくる。

声を押し殺して泣けば、アーロンさんが抱き締めたまま優しく頭を撫で胸を貸してくれる。

ようやく落ち着いてきた私は自らアーロンさんの胸を離れ、彼の顔を見上げた。

「行きましょうか……」

「ああ……」

私も覚悟を決めた。
ブラスカさんを守ると決めた。
彼の素晴らしい覚悟を誰にも邪魔なんてさせない。

私は心の中で誓いをたてた。


―――――


ブラスカさんのもとに戻れば、そこには既にジェクトさんがいた。

「……じゃあ行くか」

ジェクトさんはどこか吹っ切れたような顔をしていた。
ブラスカさんの覚悟を知った私達はそれでも歩みを止めることなく、次の寺院を目指した。
もう自分の事なんてどうでも良かった。

私はブラスカさんを守るため、ブラスカさんのナギ節をつくるためにここにいる、そう思った。



マカラーニャの森を進んでいくと、気温の低下に気付く。
森に入った時から少し寒くなってきたとは感じていたが、それが確信に変わっていた。
自分でも知らずのうちに腕を組む形で肌を擦る。
すると、ふわりと赤い衣が降ってきた。
振り返ればこちらを見ているアーロンさん。

「これ……」

「ここは冷えるからな」

「でも、アーロンさんが……」

その人を見れば逞しい腕が露わになっていた。
ジェクトさんのそれを見て見慣れているはずだったが、何故か胸の鼓動が速まった。

「俺は鍛えているから大丈夫だ」

「女性が身体を冷やすものではないよ」

「アーロン、俺にはねぇのかよ」

一番寒そうな格好のジェクトさんが冗談っぽく言う。

「お前は筋肉の鎧を着ているだろう」

アーロンさんが言えば、『まぁな』とジェクトさんは筋肉を誇張する。
その姿が可笑しくてつい笑ってしまう。
廻りを見れば皆も同じように笑っていた。

「……君達と一緒で本当に良かったよ。こんな笑いながら旅が出来るなんてね」

以前ならわからなかったであろうブラスカさんの言葉の重さが今ならわかる。

「……笑いながら旅しましょう。楽しい思い出いっぱい作って!
そうだ!私がユウナちゃんにこの旅のこと話します!すごく……楽しい旅だったんだよって……」

言いながら頬を何かが伝っていた。

「サクラさん……頼んだよ」

ブラスカさんの笑顔に私も笑顔で答えた。


「はい!」




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