記憶の彼方


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7章


ひとしきり泣いた後、自分の頭に置かれている大きな手に気付く。
泣いている間、アーロンさんが頭を撫でてくれていたのだ。

「……私子供じゃないですよ」

「あ、ああ、すまない」

頭を撫でられていることに恥ずかしくなり、憎まれ口を叩いてしまう。
可愛くないな、私。
その言葉にパッと手を離すアーロンさん。

「すみません……ありがとうございます。すっきりしました。アーロンさんには助けられてばっかりですね」

そう言ってアーロンさんのほうを向けば、そこには普段は見られないような穏やかな顔があった。
その表情にとくんと胸の中が跳ねる。

「お前はそうやって笑っていればいい」

柔らかな顔。
そんな顔を向けられたらさっきまでの涙はどこへやら。
顔が火照ってくる。

「そ、そろそろ戻りましょうか」

顔が赤くなるのを隠すようにその場から立ち上がった。
夕陽はすっかり沈み、空には星が瞬いている。

今日の夕飯は何だろうといった他愛ない話をしながら宿への道のりを二人で歩く。
話を聞いてもらったおかげか、心のつかえが取れたようだった。
会話が途切れたところで一歩後ろを歩いていたはずの足音が止まった。

「サクラ」

それまで名前で呼ばれることなんてほとんどなかったから、また心臓が跳ねた。
いつもは『お前』なんて言う癖に。
平静を装って、私は振り返るようにしてアーロンさんに向き直る。
そこには真剣な顔をしたアーロンさん。


「……これだけは覚えておいてくれ。お前は俺が守る。だから安心しろ」

思いがけない言葉だった。
そんなこと言われてしまっては熱くなる胸を抑えられない。

「アーロンさん……反則です……」

頬にまた一滴、涙が伝った。


―――――


宿に戻るとジェクトさんとブラスカさんが笑顔で待っていた。
きっと泣いたせいで目は赤く腫れているだろうに、二人は何も聞かないでくれた。
そんな二人に隠し事をしたくない。
私は過去の記憶が抜けていることを打ち明けた。

最初は驚いたような表情で私を見ていた二人だったが、

「それは辛い思いをしたね。私達が側にいるから何でも相談するんだよ」

「俺より重症だな。泣きたくなったら俺の胸貸してやるよ」

などと声をかけてくれる。
その優しさに、少し前に蓋をしたはずの涙腺がまた緩む。

「本当に……ご迷惑おかけします……」

「気にするな。俺達がついてる」

アーロンさんが頭をポンポンと軽く叩いてくれる。
もう……皆優し過ぎ……

「よし!飯食おうぜ!」

ジェクトさんのその言葉に皆が頷く。
この人達に出会えて良かった。
食卓に向かいながら心底そう思った。


―――――


その日の夜、私はまた夢をみた。
今度は会話が出来ている感じだった。

「サクラ……」

あなたは……

「君には申し訳ないことをしていると思っている。だが、君の記憶を消す他に方法がないんだ」

記憶を消す……?

「君の記憶の奥底に眠っている、その記憶を思い出して欲しい……」

なんのこと……?
わからないよ……
私の記憶を消したのはあなたなの……?
だったらお願い……
アーロンさん達と出会ってからの記憶は消さないで……
彼らの事忘れたくない……

「……善処するよ……」

お願い……


―――――



それからというもの、朝目が覚めると自分の記憶を確かめることが習慣になっていた。
毎日記憶を確認しているからなのか、アーロンさんに初めて会った時からの記憶が消えることはなかった。

うん、今日も大丈夫。

あれ以来あの不思議な人が出てくる夢をみることもなく、自然と悲観することもなくなっていた。

「最近サクラちゃん元気出てきたみたいだな」

「そうですか?皆さんのおかげですよ」

「『アーロンの』の間違いじゃねぇのか?」

ジェクトさんはからかうように笑う。

「な、なんでそうなるんですか!?」

いきなりアーロンさんの名前が出てきて噴き出してしまった。
あれからアーロンさんの顔を見る度、何だか恥ずかしくなって目を背けてしまう自分がいる。
流石に恋愛事に疎い私だってわかる。

好きになっちゃったんだ……

ジェクトさんやブラスカさんはそれに気付いているのかいないのか、私をからかうことが増えた。
そんなに言われるとどうしても意識してしまう。
この気持ちはどんどん大きくなっていくばかりだ。




あれから、酔ったジェクトさんがシパーフに斬りかかってしまい全財産で謝罪をした私達は、しばらく旅の資金稼ぎのためその場に留まっていた。
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、おかげで心の整理をする時間ができてこの足止めはありがたかった。

自分の事だったり……

アーロンさんの事だったり……

そろそろ旅の資金もできてきたと、宿で出発の準備をしていると、ブラスカさんがわざとらしく言う。

「そうだ、ここからは次の宿まで遠いから野宿になるかもしれない。アーロン、サクラさんと一緒に食材を買ってきてくれないか?」

「構いませんが……」

「ブラスカさん達は?一緒に行かないんですか?」

何で!?
何で二人!?
二人きりになるなんて心臓がもたない!
すがるようにブラスカさんに言うが、

「私達は別の用事があってね。頼んだよ」

すごい笑顔だ……
これは絶対楽しんでる。
ジェクトさんはちょうど席をはずしていて、助けを求めることが出来なかった。
アーロンさんのほうを見れば既に立ち上がっていて、早く来いと言わんばかりにこちらを見ている。

「いくぞ」

「は、はい!」

緊張に声が上擦る。

うう……どうしよう。
私は渋々アーロンさんの後ろについていった。


―――――


外に出てみれば今日は晴天。

色とりどりの食材が並ぶ露店に緊張も和らぎ足取りは軽くなっていた。
でもやっぱりアーロンさんの目を見ることは難しくて、露店に並ぶ食材を見ながら話す。

「あ、アーロンさんってどんな食べ物が好きなんですか?」

アーロンさんの好きなものを作る材料を買おう。
特にメニューを考えていなかったからヒントを貰おうと思ったのに。
返ってきたのは思ってもない言葉だった。

「そうだな……サクラが作るものだったら何でも好きだな」

……ずるい。
男の人にそんなことを言われてドキドキしない人はいないんじゃないだろうか。
……それが好きな人だったら尚更。
私も例に漏れず、足は止まり顔は熱くなる。

「サクラ?どうした?」

私のその様子にアーロンさんが顔を覗きこむ。
この人はわざとやっているのではなかろうか。
そんなことをされては、顔の熱は更に上がり頭から湯気が立ち上ぼりそうだ。

「!?顔が真っ赤だぞ!熱があるんじゃないか!?宿に戻るぞ!」

アーロンさんは言うや否や私の手を取り、元来た道を戻り始めた。

「ちょっ……」

こんな顔他の人に見られたくない。
グイグイ私の手を引っ張るアーロンさんに人の波が途切れた所でストップをかける。

「ちょっと待ってください!」

私の声にやっと歩みが止まる。

「違うんです……そうじゃなくて……」

そうじゃない……
アーロンさんは疑問符を浮かべ私を見る。


どうしようか……
言ってしまおうか……
息が苦しい……
心臓はバクバクして今にも破裂しそうだ……

「……何かまた悩みでもあるのか?」

心配そうにアーロンさんが聞いてくる。

悩みね……
貴方の事で、なんですけど……


「俺で良ければ聞くが」

返事がないということは肯定ということ。
そう捉えたアーロンさんは聞き役をかって出てくれた。
こんな人の往来が激しい所でする内容の話ではない。
私の希望で人気の少ない所に移動することにした。


―――――


「それで、どうした?」

もうここまできたらどうとでもなれ。
大きく一つ息を吐き、私は意を決して話し始める。

「……私以前にアーロンさんに初めて会った時の言葉、忘れてくださいなんて言いましたよね」

そう、会っていきなりの告白。
あの醜態のことだ。

「……?あ、ああ」

一瞬考えて、思い出したような返事が返ってくる。
その返事を聞いて私はもう一度大きく深呼吸する。


「……その『忘れてください』を撤回してもいいですか……?」

「何……?」

アーロンさんは驚いたような顔をしてその意味を探ろうとする。

『好きです』と言ったことを忘れてください。
その『忘れてください』を撤回したい。

要は……そういうこと。
我ながら分かり辛い表現をしたものだ。
はっきり『好きです』なんて言えっこないよ……
私はそれ以上言うのはもう限界だと、俯いて黙りこんでしまった。

「俺は……嫌われていると思ったがな」

「え……?」

言った意味を理解してくれたのか、少しの沈黙の後アーロンさんが声を出す。
それに反応し、私はアーロンさんの顔を見る。

「お前を泣かせてからあまり俺と目を合わせてくれなかったからな」

少し微笑んでいるように見えた。

「それは……その、恥ずかしくて……」

また俯いてしまう。

「では、俺は自惚れてもいいのか?」

頭に大きな手の感触。
その重さに顔を上げればそこには優しい目をしたアーロンさん。
また顔が沸騰する。

「こういう事に俺は疎くてな。……初めてだったから自分でも分からなかったんだろう」

話し始めるアーロンさんから目が離せない。

「俺は恐らくお前が……その……好きだと思う」

「え……?」

言葉の意味がわからない。
いや、正確にはわかるんだけど理解出来ない。
アーロンさんも私と同じ赤い顔をしている。

好き……?
アーロンさんが?
私を?

「え、え、え……?」

言葉が出てこない。

「……サクラからは……はっきりと聞いていないな」

照れ臭そうにアーロンさんは視線を泳がす。
『お前』じゃなく、名前で呼ばれることも増えてきていた。
名前で呼ばれるとそれだけで心臓が跳ねるというのに。
それなのに避けて通ってきた言葉の催促とか……

う……と言葉を詰まらせていても何も状況は変わらない。
覚悟を決めて言葉を絞り出す。

「……私は……アーロンさんが好き……です……」

今出せる精一杯の声。
それでも聞こえたようで、アーロンさんは私を優しく包んでくれた。

「……ああ、俺もだ」

大好きな人の胸の中で幸せを一杯吸い込んで。
空を舞う白い鳥達が私達を祝福するかのように鳴いていた。


―――――


どれくらい二人で寄り添っていただろうか。
ただただ隣にいられる幸せ。
そんな中、ふと思い出す。

「あ!アーロンさん、お買い物!」

そうだ、私達は買い出しの最中だった。
まずい、といったように目を見開き立ち上がったアーロンさんは私の手を引いてくれた。
急ぎながらもとても楽しい買い物の時間を終え、宿に戻ると既に日は高く上がっていた。

「……遅い」

そこには不機嫌なジェクトさん。

「すみません……」

遅くなった理由なんて到底言えない。
私はただ謝った。

「二人でお楽しみだったのかぁ?」

「そんなところだ」

「!?」

そこ肯定しちゃうんですか!?
アーロンさんのぶっきらぼうな返事に驚き、私は俯いてしまった。
ジェクトさんは驚いた表情で私とアーロンさんを交互に見ている。

「そうかそうか!あの堅物がなぁ!」

うんうんと頷きながらアーロンさんの肩に手を置く。
うう……隠す気はないんですね、アーロンさん……
ふと顔を上げると、ブラスカさんがとても柔らかい笑顔でこちらを見ていた。
きっとブラスカさんが気をつかってくれたんだろう。
私とアーロンさんはブラスカさんに一礼した。


旅を再開した私達は次の目的地、マカラーニャ寺院目指して歩を進めた。
アーロンさんと目が合えば微笑み合う。
そんな幸せな旅路だった。



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