記憶の彼方


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4章


「ブラスカさん、ありがとうございました。ジェクトさんも」

あの後、私は助けて頂いた御礼をしに部屋から出た。
ロビーにいた二人に深々と頭を下げてお礼を述べた。

「私達が離れてしまったのが悪いんだよ。本当にすまないことをした。それに、真っ先に飛んでいったのはアーロンだよ」

私が勝手な行動をしただけなのに、ブラスカさんは逆に謝る。
本当に悪く思っているように。
なんて優しい人なんだろう。

ブラスカさんの視線の先にいるその人と目が合ったので一つ会釈をし、再びブラスカさんに向き直った。

「アーロンさんには先程御礼をさせてもらいました。……それと、ブラスカさんとジェクトさんにも話しておきたいことが」

私の言葉にジェクトさんもこちらを向く。

「なんだ?改まって?」

私は一つ呼吸をしてから話し始めた。

「私、ここに来たのは夢なんじゃないかって思ってて……」

言いながら左肩の傷をさする。
そう、この傷は本物……

「でも、夢じゃなかった……」

一度視線を下に落とし、そして上げる。

「……だから今までおかしな事ばかり言ってたと思います。失礼な事していたら申し訳ありませんでした!」

夢だから何したって大丈夫。
そんな風に思ってた私は相当色んなことを言ったのではないか。
後悔しながら全力で頭を下げた。
すると、呆気にとられたような顔でジェクトさんが口を開く。

「なんだ、そんなことか」

そんなことって……

「俺だって同じだ。こっちに来た時は夢見てるんじゃねぇかって思ってた。……でも違うんだよな。分かるぜ、その気持ち」

ジェクトさんが慰めるように頭をぐしゃぐしゃ撫でてくれる。
……子供扱いは変わらずか。

「まぁ慣れるまで時間かかるだろうけど、俺達がいるからよ。安心しな」

「そうだよ。いきなりこんなとこに来たんだ、混乱するのも仕方ない。私達に頼っていいんだからね。特にアーロンは君と同じくらいの歳だ。仲良くするといいよ」

優しい声でジェクトさん、ブラスカさんが言ってくれる。
いい人すぎて涙が出そうだ。
ブラスカさんの言葉にアーロンさんの方を見ると、

「ブ、ブラスカ様……」

いきなり自分に話を振られ戸惑っている彼と目が合う。

そういえば……さっき私のこと抱き締めてくれてたよね……?

あの時は頭が混乱していてそんなこと気にもしてなかったけど、今になって恥ずかしくなる。
向こうもそれを気にしているのか、お互いキョロキョロと視線が落ち着かない。
その不思議な沈黙を破ってくれたのはアーロンさん。

「……で、では改めて言うが、俺達の側を離れるな。お前は戦ったことなどないんだろう?」

戦うとかあるわけがない。
あんな平和な日本にいて、普通に過ごしていたのだから。

「あの時はすみませんでした……戦うことなんて、したことなかったです。そういうのが必要ない世界でしたから……」

皆さんの優しさと迷惑をかけていることの申し訳なさと……
恐ろしい魔物の姿を想像すれば目頭が熱くなる。
固まってしまった私にふぅ……と一つ溜息をついたアーロンさんが声をかけてくれる。

「……お前は何もしなくていい。元の世界に戻れるまで守ってやる」

戻る……?
戻れるのかな……

っていうか私足手まとい……

「私……ご一緒してもいいんですか?何も出来ないのに……」

こんなのが付いて行ってしまっては迷惑この上ないだろう。
それなのに至極当然とばかりにアーロンさんは言う。

「?当たり前だ。他に行く当てなどないんだろう?」

柔らかい笑顔で皆さんが私をみてくれる。
堪えていたのに。
その優しさが、温かさが嬉しくて涙が零れた。

「……ありがとう……ございます……っ」


―――――


「でもやっぱり、私も何かお役にたてないでしょうか?」

私たちは四人でロビーの椅子に腰かけている。
柔らかい時間が私の心を落ち着かせてくれていた。
ただただ守られ付いていくだけなんて申し訳なさすぎる。
何か出来ることはないか。
うーん、出来ることといえば身の回りのお世話とかかな?
炊事、洗濯とか?
……家政婦?

「おめぇはただ笑ってりゃそれだけで俺達は百人力だぜ」

思いもよらない言葉をにっと笑ってジェクトさんは言う。
そういう事を言ってるんじゃなくて……
その言葉に私は恥ずかしくてうつむいてしまう。

「それは私も同感だが、それだけじゃ君は納得しないんだろう?」

ブラスカさんの言葉にうつむいたまま私はうなずく。
けれど、その次の言葉は中々返って来なくて見上げればブラスカさんとジェクトさんは考えこんでいるようで黙ってしまっていた。

やっぱり家事手伝いくらいだよね、出来ることって。
そう思いうなだれれば、

「……得意なこととかないのか?」

それまで黙って聞いていたアーロンさんが、ぼそっと言った。

得意なこと……
ぱっと思いつくことがなくて、自分の無能さが悲しくなる。
ないとも言いたくなくてとりあえず自分の職業を言ってみる。
一応、誇りには思ってますし。

「……得意というか、こっちに来る前は看護師やってました」

「カンゴシ?」

こちらでは馴染みのない言葉だったのか不思議な様子で皆が聞いてくる。

「えっと……病気の人達を治療する手助けをする……みたいな?」

なんと説明したら良いか、自分でも疑問符をつけながら答えるとブラスカさんの表情がぱぁっと明るくなった。

「それは素晴らしい!では、練習をすれば治療魔法を使えるのではないかな」

「魔法……?そんな、使ったこともないですし……」

まさかの魔法?

「やってみなきゃわからないよ。私が教えるから練習してみよう」

「は、はい……」

ブラスカさんの勢いに肯定の返事をしたものの、魔法なんてそれこそゲームやおとぎ話の世界だ。
そんなもの使えるようになるなんて微塵も思ってなかった。



しかし、数時間後―――



「なんてことだ……」

ブラスカさんが感心したように声を出す。
うん、自分でも驚いている。

私はいとも簡単に治癒・回復魔法をマスターしていた。
使ったことなんてないのに、イメージをすれば簡単に魔法は発動してくれるのだ。
昔から使っていたかのように。

「やってみるもんだな……」

アーロンさんやジェクトさんも目を丸くして私を見ていた。

「私が教えられることはもうないよ。君がいれば心強い」

「ありがとうございました!」

自分の手を見つめていた私はブラスカさんの言葉に自信を持ち、ぐっと拳を握った。
これで役にたてると思うと本当に嬉しかった。

「良かったじゃないか。頼りにしてるぞ」

ぽんと私の頭に大きな手が置かれる。
これは、先程得意なことは?とヒントをくれたアーロンさんのものだ。
その重さに自分が男性に免疫がないことを思い出した。
ほぼほぼ女しかいない職場で働いていたし、ドクターがくればそれだけで緊張したっけ。
患者さんとかは大丈夫だったけど。
思い出した途端、触れられていることが恥ずかしくなり逃げるように身をかがめてしまった。

「は、はい。がんばります……」

声まで小さくなる。

ダメだな私……

さっきの自信はどこへやら。
しゅんとしてしまった私に今度はジェクトさんが近づく。

「おい、アーロン。おめぇがサクラちゃんに触ったから嫌がってるじゃねぇか」

そう言ってまた私の頭をぐしゃぐしゃ。
髪のセットとかしてるわけじゃないけど、髪が乱れるのはいただけない。
もう!と言いながらその手をどかした。

「そ、そうじゃなくて!私、男の人に免疫なくて……」

失礼なことしたよね。
すみません……と小さな声でアーロンさんに謝った。

「いや……悪かった」

アーロンさんが謝る必要なんてないのに。
むしろ悪いのは私の方なのに。

この空気……またもや気まずい……



後ろでジェクトさんがにやにやとしていることにも気付かなかった……




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