「よしっ!疑問が解決した所で、改めて発声練習を始めまーす!んじゃ、まず"長音"ね!"長音"は『あー』とどのくらい声を伸ばせるか測るというものです。勿論、息継ぎせずにね♪…うーん、取り敢えずやってみた方が分かりやすいから、やろうか!」 うーん…分かったような…分からないような…っていうか、えっやるの? 「はい、吸って!」 私が(というか1年生が)困惑している間に始まってしまったようだ。取り敢えず途中だが、参加してみる。 「止めて!せーのっ」 ピッ その瞬間、一斉に声が吐き出された。 思っていたよりも大きな声にびっくりした。頑張って延ばそうとしたが、早くも苦しくなってギブアップした。 「…15秒経過…」 ………ウソっ!…まだ15秒なの!? その事実に驚くと共に、あっさりとその記録を抜く先輩方は凄いと思った。 結局、一番長く延ばしたのは影山先輩で、しかも記録は41秒。凄すぎる。 その後もう一度"長音"をしてから、佐藤先輩から説明が入った。 「次は"短母音"!"短母音"っていうのは、『あ』と短く、決められた秒数まで発声することです。これは息継ぎして良いけど、腹式呼吸で大きな声を出そう!うーん、今回1年生はやるの初めてだから腹式呼吸はやらなくて良いよ♪じゃあやってみよう!」 何となく理解出来たので今からは出来そうだ。長音、だっけ?のおかげで心の準備は出来た。 「それでは、短母音15秒いきます。せーのっ!」 吐き出す声の大きさがさっきの比にならない。とにかく大きい。でも先輩達は苦しそうではないし、声を枯らしそうでもない。そうしているうちにあっという間に15秒が終わった。 長音の時は長く感じた15秒が、だ。 そのあと、また短母音を今度は20秒やった。その時にも、勿論最初から薄々感じていたんだけど… これ、凄く恥ずかしい。 よくよく考えてみると、此処は渡り廊下、しかも一番上の。そこで"部活"の一種でこれほどの大声を出しているのだ。他の生徒の視線を集めない訳がない。 勿論、この視線を感付かない訳がなく、落ち着かない。でも先輩方は気にしていない様子だ。やっぱり慣れなのかな? そんなこんなで、短母音が終わったかと思ったら、また先輩からの説明だ。 「次は"五十音"をやります!えーと、1年生は今から配る紙を見ながら発声してね♪」 と言いながら、何やら紙を配り始める。 両面印刷で、今表にしている部分には、"あ え い う え お あ お"といった順番にあ段からぱ段まである。 「うーん…今回どこまでやろうか?」 と、佐藤先輩が桐谷先輩に尋ねた。 「えーでもさぁ…1年生にはまだ鼻濁音は難しいから"が"まででいいんじゃないの?」 「まあ確かにそうだね。サンキュー♪」 「ゆあ、うえるかむ♪」 ……とにかく、びなんたらが難しいことは分かった。 「という訳で、今回は"が"の列までやります!一語一語はっきり言ってね♪んじゃ、五十音いきます。せーのっ!」 普段から言い慣れてない"五十音"の順番を辿るだけで精一杯だった。 とにかく言いづらい。よく詰まる。難しい。 「よし!次は"アメンボの歌"をやります!"アメンボの歌"っていうのは、滑舌の練習の為にやるんだよ。さっき配った紙の裏に印刷してあるから見てね♪」 言われた通り裏を見ると、どうやら詩らしく、作者は北原白秋だということが分かった。名前しか聞いたこと無いけど。 「はい!ではアメンボの歌いきます。せーのっ!」 滑舌の練習の為のものだと言っていたが、思っていたよりも難しくは無かった。が、簡単という訳ではなかった。"五十音"とはまた違った言いにくさがあった。 そのあとは、また短母音の20秒と25秒と長音を2回やって、やっと終わった。 意外にも長い時間がかかり、しかもこんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。 でも、この満ち足りたような、充実したような感覚は何故か嫌いになれない。 さっきまで悩んでいた自分が嘘のように消えていて、この上なく清々しい気持ちになっていた。 続く |