屋上の重たい扉を開くと、驚くほど澄み切った青空が広がっていた。
冷たくなった手は制服の袖に引っ込めて、マフラーに顔を埋める。フェンスに身を預けてシャボン玉を吹く仁王の隣に並んで景色を眺めた。

「めずらしいのぅ、優等生のお前さんがサボりなんて」

そう、本来なら今ごろ教室で黒板や眠気と格闘している時間だ。目の前のコイツと違って、私は授業を聞かなきゃ勉強ができないから仕方なく勉強はする。もちろん今までに授業をサボった事は一度もない。あ、体調が悪いときは別として。

「…別に、優等生じゃないし」
「俺からしたら充分優等生ぜよ」
「仁王が問題児なだけでしょ」

こんな憎まれ口はいつもの事で、薄く笑いながら仁王はゆるりと肯定の言葉を発する。
宙を舞うしゃぼん玉はふわふわ浮かんでは消えを繰り返す。太陽の光が反射して眩しいけれど、それさえも心地よく感るのはきっとこの空間がもつ独特の雰囲気のせい。

「そういえば、なんで眼鏡かけてんの?」
「あー、さっきまで柳生の変装してたんじゃ。今日は特にファンがうるさくてのう」

けど本人にバレてカツラ没収されたナリ。そう言って口を尖らせる仁王。まぁ今日はファンの子は気合い入ってるだろうし、大変だろうけど。勝手に変装された柳生くんも可哀相だ。そんなことをぼんやり考えていると、しゃぼん玉を吹く仁王の手が止まった。


「なぁ、今日俺の誕生日なん知っとる?」


仁王の誕生日だから、わざわざ授業サボってまで会いに来たんじゃん。喉から出かかった言葉をぐっと飲み込む。気付かれたくない。気付いて欲しい。矛盾だらけの頭の中を無視して、小さく息を吐いた。

「知ってる、よ」
「そうか。よかった」

そう言って屈託のない笑顔を向けてくるから、ズルい。普段は詐欺師なんて呼ばれてて、笑顔なんてめったに見せたりしないくせに。

「…仁王は、ズルいよ」
「どうしたんじゃ急に」
「期待ばっかさせて、さ」

そのうちどこかに行っちゃうんでしょう?しゃぼん玉みたいに、ふわふわ飛んでいつの間にか私の前から消えちゃうくせに。

「それなら最初から、好きになんてならなきゃよかっ―」

そう言い終わるかの瞬間、急に仁王に引き寄せられて、視界が真っ暗になる。

「そんなこと、言うんじゃなか」

耳元で呟かれた言葉は酷く震えていて、背中にまわされた腕の力が、よりいっそう強くなった。

「俺も、お前さんのこと好きじゃから」
「…本気にしちゃうよ?」
「嘘でこんな事言うわけないじゃろ」

ああ、私はなんて幸せなんだろう。おもわず綻んだ顔を隠すように仁王の胸に押し付けた。

「誕生日おめでと、仁王」
「ありがとさん。でも、まだプレゼント貰ってないんじゃけど?」
「ごめん…」
「とりあえず、顔上げんしゃい」

恐る恐る顔を上げるといまだに仁王は見慣れない眼鏡をかけたままで、自らのトレードマークである銀髪をくしゃっと掻きまわした。

「やっぱり、眼鏡は嫌じゃな」

なんで?そう発しようと動かした唇は仁王のそれで塞がれていて。目の前に映ったのは、眼鏡を外してニヤリと口角を釣り上げる仁王。

「…こういう時に、邪魔じゃろ?」

得意げに囁いた仁王に、私はただ顔を赤らめる事しか出来なかった。
ああ、やっぱりコイツは詐欺師なんだなんて思いつつ、騙されてみるのもたまには悪くないかもなんて思った私は重症かもしれない。



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仁王誕生日おめでとう!
お題:眼鏡をかける


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