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「ねえ遊星。ボク最近、おかしな夢を続けて見るんだ」
「おかしな夢?どんな夢だ?」

 ボクの言葉に、遊星はわざわざ作業の手を止めて、こちらを見た。深海の瞳がボクを映す。何度か瞬いて小さく首を傾げる仕草はどこか小動物じみていて、普段とのギャップになんだかボクは笑ってしまった。笑っていないで話してくれ、と眉を寄せる彼に軽く謝罪しながら、ボクは持っていたドライバーとペンチを床に置いた。

「それがねえ、遊星が、死ぬ夢なんだ」
「……俺が?」
「そう。それも毎日死に方が違う」

 鮮明に覚えている。どれだけ時間が経っても忘れられない、一日ごとに変わる遊星の死に方。
 今日の遊星は、D・ホイールのクラッシュが原因。遊星の首が、あり得ない方向に曲がってしまっていた。
 昨日の遊星は、彼を妬む暴漢に襲われたんだったかな。背後から頭を叩き割られて、あたりに脳漿をぶち撒けていた。
 一昨日の遊星は、普通に道を歩いていたら、暴走したトラックに巻き込まれて死んでしまった。何メートルも引きずられたせいで、もう顔は見る影もないくらいぐちゃぐちゃになっていたよ。
 その前は……もっと凄惨で汚い死に方だったように思う。
 そんな風に遊星の死について話している途中、遊星の顔色はだんだんと悪くなっていって、深海の瞳はすっと伏せられてしまった。それはそうだろう、夢とはいえ、自分が何度も無惨な最期を遂げたのだと聞かされたんだから。話すボクも大概趣味が悪い。

「……夢は願望を映し出す鏡と言うが、お前……」
「わーっ!違う違う、別に遊星に恨みがあるとかそんなわけないでしょ!?」
「まあ、お前がそんな風に思っているとは考えられないが…正直、あまり聞きたい話ではなかったな」

 遊星は少し困ったように苦笑すると、床にドライバーを転がして立ち上がった。ぐっと大きく背中を伸ばして、固まった筋肉をほぐすように肩を回す。

「そんな話を聞いていたら、息が詰まってしまったな…。少し、外の空気を吸ってくる」
「あ、待って遊星!たぶん、外は危ないと、おもう……」「危ない…?……そんな夢を立て続けに見たから、過敏になっているだけじゃないのか」

 たかが夢だろう、と遊星は言いながら、ガレージの階段を上がって行った。その動作は、まるでスローモーションで再生されているかのようにゆっくりだった。階段を上がっていく遊星の足音も、なんだか大きく鈍く、ボクの鼓膜で反響している。心臓の鼓動がばくばくと早くなって、脂汗が頬を伝った。ダメだ、遊星。行ったらいけない。頭の中でそう叫んでも、声は出なかった。足も動かない。遊星の姿がドアを抜けて、消える。その後姿が見えなくなる。
 いけない、止めなきゃ。行ったらいけないんだ、遊星。
 ボクは遊星の姿が見えなくなってからようやく、動き出すことができた。遊星は既に外に出てしまった。ダメだ、一刻も早く、遊星を連れ戻さなくては。その一心で、ボクはガレージの階段を駆け上がった。外へ出ると、噴水に向かって歩いている遊星の見慣れた後姿が視界に飛び込んでくる。良かった、いつもの遊星だ。

「ゆうせ――」

 声を上げて彼を呼び戻そうとした、瞬間。

「……え、」

 ぱん、とあまりに無機質で、あまりにも軽い破裂音。その音が聞こえたと思った途端、遊星はばったりと地面に倒れ伏した。そして動かない。起き上がろうともしない。ぞくりと背筋を何かが這い上がっていった。胸中に不安が渦巻いた。ボクは慌てて、倒れて動かない遊星に駆け寄る。
 そうして、気が付いた。倒れた遊星を中心に広がる赤い水溜り。どこか黒っぽく、きつい鉄の香りを放つそれは、触れれば生温かかった。

「ゆうせい、」

 そっと肩に触れて揺すってみるが、答えはない。うつぶせに倒れたまま、遊星は何も言ってくれなかった。指先ひとつ、動きやしない。
 同じだ、いつもと。いつもの夢と。遊星が死んでしまう夢。ある時は事故で、ある時は他殺で。どうあっても、遊星は死ぬ。いつもいつもボクの目の前で、あっさりとその命を終わらせてしまう――これもまた、いつもの夢なのだ。ボクは遊星をそっと抱き起こして、顔をみないようにしながら、ぎゅうと抱きしめた。まだぬくもりが残る遊星の身体は、彼が生きているのではないかと錯覚されられる。けれどそうじゃない。遊星は死んでいる。 眠らなければ。これは悪い夢なのだ。眠ってしまえば、また目が覚めたとき、遊星は生きている。眠ることが、この悪夢から抜け出す唯一の方法。

「……おやすみ、遊星」

 いつになったらこの夢を見ないようになるのだろう。ボクはぼんやりと考えながら、遊星の瞼を閉ざしてやった。聞き覚えのある女の子の悲鳴に振り返り、悲しそうな顔をしてみせて、遊星を抱きしめる腕に力を込める。ぼろぼろと涙を流すその姿になんだかボクも悲しくなった。ボクはもう涙を流すこともつかれたよ、ボクもいっそそうやって泣けたらいいのに。ねえ遊星。



―――――――
bgm/カゲロウデイズ




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