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「亮、具なしパンあげようか」
「亮、デュエルならボクが付き合うよ!」
「亮、それならボクが…」

 ……異常だ。これはあまりにも異常だ――と、実妹、天上院明日香は思う。
 元々兄の吹雪と、明日香のひとつ上の学年に在籍する丸藤亮には親交がある。兄が失踪する前からの関係であり、それは明日香も知っているし、彼女自身亮とは友人だ。
 ……とは言え、兄がいささか亮に構いすぎに見えるのは、気のせいではないだろう。
 なにせ二言目には「亮」だ。何かにつけて亮、亮と。…それだけならまだいいが、彼は――なんというか、亮を甘やかそうとしているようにも思う。

 亮は甘えや妥協を良しとしない。とりわけデュエルに関してはそうだ。少し息抜きを覚えた方がいいとは思うが、それにしても兄は亮を甘やかそうとしすぎである。
 他人の交遊関係に口を出すのは趣味ではないが、ここは一度、亮から吹雪にやめろと言うよう声をかけるべきだろうか…。

「……吹雪が俺を甘やかしている?」

 不思議そうに言葉を反芻した兄と共通の友人は、ぱちぱちと何度か瞬いた。きょとん、という表現がふさわしいあどけなさすら感じる表情は、カイザーとうたわれる彼には珍しいものだ。
 亮はしばらく考え込むように、軽く視線を落とし、沈黙した。もしかしたら亮自身に思うところがあるのかもしれない。それなら、話が早いと言うもの。明日香はやや期待しながら亮の言葉を待った。
 やがて亮は、

「……甘やかされていたのか、俺は」

 明日香の予想していたものとはまったく違う答えを呟いた。

「いたのか、って……あなた、気づいてなかったの?」
「? だから聞いているだろう」
「……なにそれ」

 どうやら吹雪の傍目に見ればありがた迷惑な行動は、一切亮に意図が伝わっていなかったらしい。おそらく兄は亮を特別に想い、それゆえに妙な形でその好意を表現していたのだろうが――これは逆に兄が不憫だ。
 兄さん……。そんな溜息が、知らずのうちにそっと零れる。

「兄さんの好意も、空回りってわけね…」
「まだ話が掴めないが…確かにここ最近の吹雪は少しおかしかったな」

 溜息をつく明日香を見下ろしながら、亮はふと思い返したようにつぶやく。

「この間、購買でショコラパンを引いてな。食べないからどうしようかと迷っていたら、吹雪がいきなり貰うと言い出したんだ」
「え?兄さん、甘いもの苦手なんじゃ……」
「ああ、だから不思議だったんだが…あまりに粘るから結局食べてもらった」

 女の子からのプレゼントですら食べるのを渋る甘味を、まさか自主的に食べると言い出す日がくるとは、妹の明日香にすら予想外だった。…どれだけ亮にお節介を焼けば気が済むのだろう。
 その時のことを思い出すようにゆっくりと語りながら、亮は突然、くすりと小さく笑った。

「あの時の吹雪の顔は見物だったな。パンひとつで真っ青だ」
「…見物、って…」
「様子がおかしい吹雪は、見ていて少し面白いぞ?いつも余裕があるのに、何故か焦っているようだし」

 ……どうやら無用な心配をしていたようだ。
 結局吹雪の好意は空回り、亮を楽しませているに留まっている。正直なところ亮が迷惑に思っているのではないかと不安だったが、その心配も杞憂だったらしい。
 完全に、すれ違っている。
 兄には不憫だが、これはこれでいいのかもしれない。黙っておけば吹雪もわからないだろう。知らない方が幸せなこともある。

「恋の魔術師だか伝導師だか知らないけど、自分のことはからっきしなのね」

 まあ本人たちは幸せそう――もっとも亮は吹雪の行動を面白がっているのだが――なので、良しとしよう。
 明日香は亮と一通り話してから、別れの挨拶を告げて踵を返した。
 …少々不憫な兄に、声をかけていこう。そう考えながら、白と青を基調にした館へと来た道を戻る。




――――――
しょごさんからリク頂いた、「吹雪さんが亮くんを甘やかすけど亮くんは甘やかされてるのに気付かないで吹雪さんが一人頑張ってからまわってそんな吹雪を見てるのが楽しい亮くん」なる話でした。
なにこれただの明日香さん話!
なんの捻りもない話ですが、煮るなり焼くなりどうぞお好きににしてやってください…!

リクエストありがとうございました!



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