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「そこのお兄さん、お花はいかがですか?」

 まだ年端もいかない少女が、パラドックスを引きとめた。ぴたりと足を止めたパラドックスから一歩遅れて、隣を歩いていたプラシドも振り返る。じっと花売りの少女を見下ろすパラドックスが何を考えているのか、その表情からは読み取れない。
 ややあってパラドックスが、少女に視線を合わせるように屈み込んだ。そしてちょうど花の代金分の小銭をその手に握らせて、ふわりと穏やかに微笑む。薄い唇から、ありがとう、と言葉が漏れた。少女は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、パラドックスを食い入るように見つめる。見つめ合うこと数秒、ようやく我に返った少女が、慌てて頭を下げた。パラドックスは一輪だけ買った花を手に、待たせてすまない、と先を歩き出した。


「おい、パラドックス。何だそれは」
「おや…知らないのかね?ガーベラと言う花だが」
「そういうことを聞いているわけじゃない」

 パラドックスに歩調を合わせて、隣に並ぶ。少し背の高い彼を見上げれば、花を唇の近くに寄せて、子供が傘を回して遊ぶように、くるりくるりと指先で弄んでいる。明るく黄色い花。少し前まで少女の手の中でかわいらしく咲いていたそれは、パラドックスの指先で、まるで別の花のような顔を見せている。パラドックスが持つその花は、愛らしさとは違う何かがあった。

「花など買って、どういうつもりだ。施しか?」
「施し?」
「あの娘、旧サテライト地区の人間だろう。環境が改善されたとは言え、サテライトに住んでいた人間は、貧しい者が多い」

 ――それに、未だ差別も絶えない。旧サテライト地区の人間だと言うだけで、元々シティに住んでいた者、特にトップスの人間は、サテライト出身を嫌っている節がある。そんな思想も今ではほとんど見られないが、心のどこかでは、サテライトというだけで嫌悪している者も少なくはない。

「…別に私は、施しがしたくて買ったわけではない。元より私の実験が失敗すれば、この時代は君達の手によって滅びるのだ」

 くるくる、パラドックスは花を弄びながら、どこか軽快な調子で――それで居て無表情に、続ける。

「私は過去の人間は救わない」

 パラドックスの指先から、花が離れる。重力に従って、花はコンクリートで舗装された地面に落下した。花は早くも萎れかけている。プラシドはその花を見下ろした。明るく黄色い花――温室育ちか野生のものか、凛と大きく花びらを開かせるそれは、おそらくは、少女の手の中にあった時はまだ生きていた。
 不意に花が、視界から消える――パラドックスが、踏んだのだろう。それに気づいているのかいないのか、パラドックスは黙って歩を進める。案の定パラドックスの足の下からは、無残にも潰された黄色い花が現れた。買ったはずの張本人は無表情のまま振り返りもしない。


「……救えないんだろ、」


 ぽそりと小声で呟いて、プラシドはパラドックスの手を取った。きょとん、と目を丸くするパラドックスを無視して、指を絡める。どこか気恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうなはにかむような微笑が、虚しいだけだ。





―――――――――
救いたくないから救わないの≠救えないから救わないの
プラシドはパラドックスを救いたいけど

しかしパラドックスにガーベラとは…




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