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(ブル遊前提)



 つ、と親指の腹でマーカーを撫ぜられた。焼かれて引き攣れた肌の違和感は今更感じるほどでもないが、他人に触れられると、妙な気分になる。顔を背けようとすると、ゆるさない、と言うように顔を掴まれてしまった。頭上で纏め上げられてしまった俺の両手首を捕らえる右手にも、ぐっと力が込められる。一見細い腕だが、どれほどの力があるのか、振り払うことはできない。もっともこの人に抵抗はできないと言う心理が、俺のどこかで働いているのかもしれないが。

 鳶色の大きな瞳が細められる。観察するような視線が落ち着かない。俺はどこを見ていいかわからず、視線をあちらこちらに彷徨わせた。俺の挙動がおかしかったのかどうなのか、くつくつと押し殺したような笑い声が降ってきた。


「おまえって、ばかだよなぁ」


 からかうような、挑発するような声だった。俺はそれに答えず、黙って視線を彼の顔へ向けた。俺の腹の上に跨り、楽しそうにつぶやいた彼は、あの時見た笑顔と寸分たがわない太陽のような笑顔を浮かべていた。

「きっとお前、オレより力があるぜ。筋肉のつき方とか全然ちげぇもん。なのになんでお前は、オレにいいようにされてるんだ?……なぁ」
「い、……っ」

 マーカーのある部分に軽く爪が立てられた。大した力ではなかったものの、突然のことに思わず声を上げてしまう。その反応をおもしろがるように、彼はまた、笑った。

「痛ぇの?……まぁずっと治らない火傷みてーなもん?っぽいし、あんまり触られたくはねぇよな」

 その言葉とは裏腹に、彼は執拗にマーカーに触れてくる。目尻から頬を伝い、また上へと指が滑る。それだけでは飽きたらなかったのか、不意に身を屈めると、顔を近づけてきた。そして、マーカーをなぞるように、頬に生暖かい舌が這わされる。漏れそうになった声を飲み込んで、思わずぎゅっと目を瞑った。

「じゅ、……十代、さ……」
「……どーした、遊星」
「どうって、……なんで、こんなことを……」

 沈黙の帳が下りる。目を閉じたままの俺に、彼の――十代さんの表情を確認することはできない。十代さんは、何を思っているのだろう。俺には皆目見当もつかなかった。俺を床に引き倒したと思ったら、こんなことを。……意味なく、こんなことをする人じゃないと、信じてはいるけれど。それでも俺は、十代さんがこんなことをする理由が見当たらなかった。

 十代さんはしばらく沈黙した後、やがて俺の目尻に音を立てて口付けた。肩が跳ねたのを、きっと十代さんは見逃していない。また、笑い声だ。


「遊星ってさ、なんか、うまそうだと思って」
「……え、」
「ちょっと妬けるよなぁ。お前を好き放題できる奴がいるなんて」
「ま、ってください、それはどういう……」


 慌てて目を開いた俺を、待ってました、とばかりの笑顔で、十代さんは迎えた。ぞわり、と背筋に悪寒にも似た何かが走る。十代さんは再び身を屈めた。また舐められるのか、と身構える。しかし十代さんは今度は俺の首筋に顔をうずめた。がり、とかすかな音と共に、ぴりっとした痛みが走る。噛まれたのだとわかったのは、噛まれたのであろう場所に舌が這わされてからだ。喉がひきつり、ひ、と小さな悲鳴が漏れた。いかに信頼できる相手であったとしても、いきなり急所を狙われて、恐怖しないわけがない。ほんのわずかな痛みが、俺の恐怖心を煽った。

 俺とは対照的に、あくまでも楽しげな笑顔を保ったままの十代さんは、俺の反応までもを楽しんでいるようにしか思えなかった。

「なぁ、名前、なんて言ったっけ?あの青い髪のメカニック」
「っ、ブルー、ノ、……?」
「そうそう、ブルーノだ。……なぁ。ブルーノって奴は、いっつもどんなふうにお前を抱くんだ?」
「なっ……!」

 どうなんだ?と、十代さんは俺の耳元で囁いた。熱を孕んだ吐息に、体が震える。どうして十代さんが俺とブルーノのことを知っているのか、そもそもなぜそんなことを知りたがるのか。いくつかの疑問がぐるぐると渦を巻き、思考が混乱した。何を考えているんだ、このひとは。


「やっぱり優しいのか?」
「…………」
「……こんなふうにさぁ、」


 十代さんは言いながら、左手で俺の顎を掴んだ。そして軽く上向かせると、躊躇も遠慮もなく、口付けてくる。いきなり首筋に噛み付いてきたことが嘘であるかのように、優しくやさしく触れてきた。緩慢な動きで唇を舐められたかと思うと、薄く開いていただけの隙間に舌を捻じ込んでくる。少し乱暴だったが、そこから先はまた、穏やかなものだった。ゆっくりと、いたわるように、慈しむように。じれったさすら覚えるそれに、思考が溶けていくようだった。

 優しく長いキスに酸素が不足してくる頃、十代さんの唇がゆっくりと離れた。呼吸を許された口から空気が入ってくる。ぼんやりと霞がかっていた思考も、酸素の供給で少しずつはっきりしてくる。十代さんがぺろりと舌なめずりをするように唇を舐めるのが視界に映った。

「………な、んで……こんなことを……」
「なんで、って?さっき言わなかったっけか。……お前を好き放題できる奴がいるなんて、妬けるってさ」
「……じゅうだ、」
「ちゃんと言わなきゃわかんねえの?なあ、ゆうせい」

 そう言って、十代さんは再び俺のマーカーに指をすべらせた。


「オレ、お前がほしいんだよな」


 朗らかにそうつむいだ十代さんの笑顔は、あの時と寸分たがわず、太陽のようにまばゆかった――。



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