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「神代くん」
「…………」
「神代くん」
「…………」
「……神代くんったら!」


 放課後の校舎をひとり、歩いているときだった。突然、ぐい、と制服の襟をつかまれ、ぐい、と引っ張られ、後ろに倒れそうになったものをどうにか踏みとどまる。凌牙はじろりと背後に立つ少女――声を聞く限りは女子だろう――を睨みつけた。そうして少女の姿を見て、はた、と気づく。彼女の顔と姿には見覚えがあった。そうだ、あのデュエルのとき、九十九遊馬の応援をしていた少女だ。名前は……、わからないしさしたる興味もないが、彼は確か、『小鳥』と呼んでいたような気が―――する。

 凌牙は改めて、後輩にあたる少女を見下ろした。小鳥は大きな瞳で、まっすぐに自分を見上げている。なんとも、居心地の悪くなる視線だ。けれどそれ以上に凌牙は、彼女になんらかの違和感を覚えていた。その違和感の正体はわからないが、どこかに何かが、引っかかる。


「もうっ。神代くん、全然立ち止まってくれないんだもの」


 何回も呼んじゃった、と小鳥は小さく溜息を漏らした。それと同時に、凌牙の覚えた違和感の正体がはっきりと理解できた。そうだ彼女は、自分を、"神代"と呼んだ。そんな風に苗字でなどと、ひさしくクラスメイト、あるいは後輩などには呼ばれていない。大抵は、「シャーク」と呼ばれる。それが通り名であり、ある意味、凌牙の名前のようにもなっていた。それは噂でしか自分のことを知らなかった九十九遊馬も同じだった。皆、そうだった。一様に彼のことを、シャークと呼んでいた。凌牙もそれに不満を抱いたこともなかったし、呼び名など、どうでもいいとすら思っていた。

 けれどこうして改めて誰かに―――しかもほとんど、顔しか知らないような後輩に名前を呼ばれたのだと思うと、妙な気分だ。名前自体を呼ばれることが、久々だったせいかもしれないが。

「神代くん、さっきこれ、落としたでしょ?はい、」

 小鳥はにこり、と笑って、凌牙になにかを差し出した。彼女の白く小さい手の中には、たしか携帯につけていたはずの、飾るつもりがあるのかもわからない実にシンプルなストラップ。いつの間に外れてしまったのだろう。凌牙は一瞬躊躇したが、小鳥の手の上のそれを、そっとつまんだ。

「……なんで拾った」
「えっ……な、なんで、って。落し物は普通拾うじゃない……?」
「相手にもよるだろ。オレはお前のオトモダチのデッキを奪った挙句、九十九遊馬の大切なモンをぶっ壊したんだぜ。しかも札付きの不良と来た」

 それをとんだ物好きだな、と凌牙は嘲るように笑う。(なにをムキになっているんだ、)

 たかが落し物を拾われた程度で。素直に受け取って、さっさと彼女の目の前から消えればいい。それを何故、こうも噛み付いているのか、自分でもわからなかった。凌牙は、呆然と自分を見上げる少女の瞳を黙って見つめた。

 失礼な奴だと怒るのか、それとも暴言に涙するか。どちらでもいい。どちらにしても面倒だ。この年代の女子と言うものはどうにもやかましい。凌牙の嫌いとするタイプだ。彼女も同じだろう、凌牙はそう思いながら、彼女の言葉を待つ。


「……確かにそうだけど、それとこれとは話が別よ。もしこれがあなたの大切なものだったら、困るじゃない。鍵をなくした遊馬はすごく悲しそうだったんだもの。大体、嫌なことされた相手だからって、こっちも嫌なことしかえしていい理由にはならないわ」


 小鳥は、きっぱりとそう言い切った。だからひろったのよ、と付け足して。何故そんなことを言うのか、と、こちらの疑問に対して逆に疑念を抱いているらしい。凌牙はおもわず、目を細めた。

 まず札付きの不良である自分(もっとも、まわりが勝手にそう言っているだけだが)に堂々と話しかけてくることもそうだが、さらには、説教じみたことまで言ってのけるなどと、そんな相手ははじめてだった。アンティルールで彼女の友人のデッキを奪い、九十九遊馬の大切なものを壊した挙句彼のデッキまでも奪おうとした自分。不良と称されるだけあって素行も悪くデュエルでも日常でも、恐れの対象だった。それを、この、少女は。

 理解できない。凌牙はそう思うと同時に、自分の名をさらりと口にした少女に、妙な感情を抱いていた。嫌悪でも好意でも友情でもない。はじめての感覚だ。


「……なまえ」
「え?」
「お前は、オレの名前を、おぼえてるのか」
「もちろん覚えてるわ。神代凌牙くん、でしょ?……あれ?でも上級生だし、先輩って呼んだ方が……」
「チッ……そんなもんべつにいい。めんどくせえ」

 凌牙はぶっきらぼうに言い放つと、小鳥にくるりと背を向けた。神代くん?と呼ばれた気がしたが、聞こえないふりをする。ポケットに手をつっこみ、ふたたび歩き出した。



(なんなんだ、この感覚は)
(デュエルのときとも、喧嘩やってるときともちげえ)
(……これはどういう、)



「神代くん!また明日ね!」


 物思いにふける凌牙の思考は、彼女の明るい声にかき消された。また明日。そんなことを言う、相手が、この学校にいままでいただろうか?九十九遊馬のようにデュエルをしよう、という誘いでもない。また明日。平凡な日常の中で、再び会おうという。
 凌牙は一瞬立ち止まったが、振り返らなかった。振り返らずに、そのまま歩く。後ろではきっと、彼女が手を振っているのだろう。おそらく凌牙の姿が見えなくなるまで、ずっと。そんな気が、した。




(……かみしろ、りょうが)




 そういえば自分はそう言う名前だった。そんないまさらのことを思って、凌牙はもう一度遠くから聞こえた声に、そっと目を閉じた。




――――――――
捏造ワッショイ!二回目シャーク戦前に書いたブツ。
小鳥ちゃん、普通に「シャーク」って呼んでましたね…。



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