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「センセー、わかんねぇよ、こんなの……」
「わからないと言うからわからないんだ。ほら、弱音を吐いている暇があったら、問題を見なさい」


 うええええ、とうっかり言ってしまうと、右京先生がじろりとオレを見やった。オレは慌てて、手元のプリントに視線を戻す。普段は優しいけど、先生はなんだかんだで、結構怒らせると怖いところがある。いつもが優しいだけに、そのギャップはちょっと怖いと思った。

 この間やった数学の小テストで、10問あった中の9問に×をつけられてしまったオレは、放課後の教室にひとり残され、右京先生の特別授業を受けている真っ最中だった。怒っているから、と言うわけではなくて、先生はオレの今後を心配してこんなことをしてくれているのだとわかってはいても、面倒だしわからなさすぎてもうプリントをビリビリに破り捨てて家に走って帰りたい気分だった。アストラルがいつかのようにどこかへ消えていてくれてよかったと思う。こんなところを見られたらいつもみたいに、「それはなんだ?」「それはどんな効果なんだ?」としつこく訊ねてくるに違いない。


 オレはシャーペンをくるくると回しながら、数式を見つめる。正直何が書いてあるのかさっぱりわからない。国語数学英語は嫌いだ。全部の授業が体育ならいいのに。こうやって椅子に座って勉強するより、体を動かしたり、デュエルをしてる方が全然楽しい。

 そんな無駄なことを考えながらだったせいか、オレは回していたシャーペンを落としてしまった。勢いがついていたせいかオレの手元より離れた位置に飛ぶ。シャーペンは、先生の目の前で止まった。先生は溜息をついて、シャーペンを拾い上げた。


「遊馬。関係のないことを考えていただろう?」
「えっ……あ、いや〜……そ、そんなことないって、アハハハハ」
「……まったく、君という子は。とりあえずもうすぐ下校時間だし、今日はここまでにしておこう」

 先生はそう言って、オレの筆箱にシャーペンを入れて、立ち上がった。そんなにあっさり帰してくれるとは思っていなかったオレは、驚いて先生を見上げる。先生は、どうかしたのか、と聞きたげにオレを見た。


「あ、えと……せ、先生さ、なんでオレにこんなことしてくれんの?オ、オレ以外にも、成績悪い奴っていんのに」


 何故か動揺してしまったオレは、慌てて的外れな質問をしてしまう。

「……べ、別に嫌って言うか…確かに面倒だけど、先生は、オレのためにこういうことしてくれんだろ?だったらオレだけじゃなくって、他の奴にもした方がいいって言うか……オレだけなんか、申し訳ねえっていうか……」

 ああ、何を言ってるんだろう、オレ。右京先生、絶対に困ってるじゃん。先生の顔が見られなくて、オレは俯いた。

 ……だけど聞いてみたいとは、うっすら思っていた。確かにオレは自分で言うのもヘコむけど、成績はよくない。特に主要三教科は。でもオレがクラスで一番悪いってわけじゃない。でも先生は、補習をやるとか、そう言う話をしたことはない。ただ帰りのホームルームで、「遊馬は放課後、教室に残ってなさい」とかいきなり言われただけだ。それ以外には全然だ。なんでオレだけなんだろう、とは、思う。

 オレの質問に、先生は沈黙する。ひょっとしてなにかまずいことを聞いてしまったのかもしれない、と内心びくつきながら先生の言葉を待った。

「………たとえばの話だが」
「たとえば……な、何だ?」
「……たとえば、私が……遊馬、君を特別視しているからだ、と言ったらどうする?」

 それはどういう意味か、と聞こうとして、オレは顔を上げた。そうしたら、すぐそばに、先生の顔があった。びっくりするほど真剣な顔だった。息がかかる距離。なんでか、心臓がばくばくと高鳴り始めた。なんだこれなんだこれ。なんで先生がこんなに近くにいるんだ。腰を屈めて、先生はオレの顔を覗き込んでくる。

 そういえばこの間の道徳の授業で、パーソナルスペース、とか言う話があった。一定の距離以上他人に近寄られると、落ち着かなくなるとか、嫌だって思うとか、そう言う自分だけの空間があるんだ、って。だけど、先生がこんなに近くにいるのに、嫌だとか思ったりはしなかった。信頼してる担任の先生だからかもしれない、けど。

 どうしていいかわからず、どう答えていいかもわからず、オレはただ先生を見つめ返した。先生の真剣な眼差しが、少し怖い。ややあって先生は、くすりとほほえみを浮かべて、オレから顔を離していった。


「なんてね、冗談だ。遊馬、君は確かに成績は悪いが、頭の回転は良い子だからね。コツさえつかめれば、すぐできるようになるはずなんだ。ただ、コツを掴むまでに時間を要する。だから少し手助けしてあげようと思ったんだ」
「あ、そ、そう、そういう……」
「そう、そう言うことだ。……おっといけない、そろそろ職員室に戻らないと。もうすぐチャイムが鳴る。君も急いで帰りなさい」


 先生は腕時計に目をやると、そうとだけ言い残して、教室を去っていった。西日の差し込む教室に、ぽつん、とオレ一人が取り残される。

 ――君を特別視しているからだ、と言ったらどうする?

 先生の真剣な声。真剣な眼差し。どうしてか、動けなくなった。喉が渇いてはりついたように、声が出なくなった。心臓が痛いぐらいに跳ね回ってうるさかった。……なんだ、この気持ち。わけがわかんねぇ。オレはその場から動けないまま、さっきの先生の真剣な眼差しを思い出していた。顔に熱が集まるのが自分でもわかる。


『……ゆうま。遊馬?……どうした遊馬、いつも以上に変な顔をして』
「っ、てめ……なんだよ、どこ行ってたんだよ!っつうか、オレは変な顔じゃねぇ!」
『どう見ても変な顔だぞ?いつもより顔が赤い。さながらこの間見た、タコのようだ』


 いきなりどこからともなく姿を現したアストラルは、そんなことをオレに言った。オレは暑いせいだろ、と吐き捨てて、鞄を肩に引っ掛けた。アストラルはオレの隣をふわふわと漂いながら、『人間は暑いとタコのようになるのか…覚えておこう』などと一人でつぶやいていた。
 オレはずかずかと廊下を歩きながら、そっと頬に手をやる。思っていたより、ずっと、あつかった。




――――――――
ゼアルで一番最初に好きになりました、先生×遊馬。
先生の再登場を願ってやまない


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