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 閉じこもってばかりじゃ体に悪い、たまには外へ出かけよう――アルカディアムーブメントを率いる男、ディヴァインからそう誘われたのは、つい数刻ほど前だった。本を読んでいるから、とアキはやんわり断ったのだが、いいから行こう、と執拗に声をかけてくる彼に根負けし、二人でシティを歩くことになった。久々に誰かと歩くシティは相変わらずの喧騒に包まれており、当たり前のことだが――大人から子供まで、様々な人々が行きかっていた。

 人ごみは騒がしいし、窮屈だ。アキはあまり、人ごみと言うものが好きではない。ディヴァインが居なければ、今だってこんなところには出てきていないはずなのだ。

「さあアキ、好きな場所を言うといい。連れていってあげよう」
「……アルカディアムーブメント」
「おいおい…せっかく外に出たのにそれか?それじゃ体に悪いと言ったろう」

 そうは言われても、行きたい場所など特になかった。誰かと出かけることも、シティに出ることも久々だったのだ。どんな店があるのか、何を買っていたのか。そんなもの、もう思い出せない。アルカディアムーブメントに来てからは、必要なものはディヴァインが取り揃えてくれた。


(どちらにしろ、必要最低限のものしか頼まなかったけれど)


 好きな場所と言われたら、いまはアルカディアムーブメント以外にない。あそこが唯一無二の居場所だ。そこ以外に、行きたい場所があるわけもない。ディヴァインも知っているはずだ。ましてシティには、自分を嫌っている両親がいる。もし彼らに出会ってしまえば、自分が何をしでかすかもわからない。自分はまだしも、ディヴァインはアルカディアムーブメントの人間以外とも関わりがあるし、友人も存在する。彼を傷つけてしまうかもわからない。彼にも迷惑が掛かってしまうことは明らかだった。

 ディヴァインが行きたいところでいいわ。無感情にそう呟くと、ディヴァインの溜息が聞こえた。

「やれやれ、姫はご機嫌斜めのようだね。仕方がない……」

 ディヴァインは、すぐ傍にあったベンチに座るようアキを促した。言われるがまま腰を下ろすと、ディヴァインは、すぐ近くにあった何かの屋台の方へと行ってしまう。何を買いにいったのかはわからないが、あまり興味も持てず、アキはぼんやりと空を見上げた。憎たらしいほど青々とした空。ところどころに白い雲が漂い、外出にはとてもいい陽気だ。日差しのまぶしさと暖かさに目を細める。そういえば、こうやってまともに青空を見上げたのも、いつ振りだろうか?青い空は澄み渡り、美しい。ディヴァインに連れ出してもらえなければ、こんな青空は見られなかったのかもしれない。そう思うと、複雑だ。


(……町はそんなに、好きではないはずなのに)


 青い空も、人ごみの喧騒も。(――どちらかといえば嫌いだったのに、)


「ほら、アキ」


 ディヴァインの声に正面を向くと、目の前に、甘い香りの何かが突き出されていた。よく見ると、どうやらそれはクレープらしかった。程よく焼かれた薄い皮に包まれたフルーツや、たっぷりの生クリームに苺のソース。見るからに甘いそうなスイーツに、アキはディヴァインを見た。ディヴァインはにこりと笑い、食べなさい、とそれをアキに手渡す。

 どうやら先ほどの屋台はクレープを売っていたらしく、ディヴァインはそれを買いに行っていたようだが――ディヴァインの手に、クレープはない。普通は二つ買ってくるであろうに、ディヴァインは、アキに手渡した分以外には買っていなかったようだった。…何故そんなことを、と思い、小首をかしげる。

「……ディヴァイン、あなたの分は?」
「私か?いや、アキのために買ってきたものだからね。気にしないで食べなさい」

 私の奢りだよ、とディヴァインは微笑み、アキの頭にそっと手を置いた。もう頭を撫でられるような年齢でもないし、彼もそれは十分にわかっているはずだが、彼は時々、こうしてアキを子供のように扱う。実際彼のような大人から見れば、自分など、まだまだ子供なのかもしれないが――、


(だからって、クレープ……?)


 小学生の子供でもあるまいし。そう思いながらも、食べずに文句を言うのも失礼だと思い、一口かじってみる。口の中にクリームの甘さと、苺のソースの甘酸っぱさが拡がった。口の中で溶けるクリームは、程よく冷たい。思わずおいしい、と呟くと、ディヴァインは満足そうに頷いた。乗せられている、と思いながらも、クレープの想像以上のおいしさに、文句も出ない。甘いものは好きでも嫌いでもないが、これは素直においしいと感じるものだった。


 ディヴァインは、何を考えているのかわからないところがある。サイコデュエリストを率いる者として、厳しく接することもあれば、今のように優しく振舞って見せたりもする。アキにはどちらのディヴァインが本物なのかはわからない。きっとアルカディアムーブメントに戻れば、厳しいディヴァインが顔を見せるのだろう。
 ……それでも、こんなにおいしいクレープを買ってきてくれるあたり、心は優しいのだろう――と思う。

(食べ物につられてしまったみたい、)(……そんなんじゃないのに)


「……ねえ、ディヴァイン」
「どうした?」
「これ、私一人じゃ多いわ。……貴方も手伝ってよ」


 腕を組み、アキの傍に立っていたディヴァインに、クレープを突きつける。だって甘いもの、嫌いじゃないでしょう?

 ディヴァインはもう少し小さいのにすればよかったかななどと苦笑しながらも、手伝ってはくれるらしく、体を屈めてそのまま一口齧った。甘すぎる、と漏らした彼は眉間に皺を寄せていて、それがなんだかおかしかった。思わず笑ってしまうと、ディヴァインも何故か、嬉しそうな笑顔を見せた。

「アキ、もう一口くれるかな」
「あら?甘すぎるんじゃなかったの?」
「食べないとは言っていないさ」

 アキの手の上に、ディヴァインの大きな手が、そっと重ねられた。そのまま引き寄せられて、また一口分、クレープがなくなる。やはりディヴァインの表情は複雑で、お世辞にもおいしそうに食べているようには見えなかった。変なディヴァイン。―――こんなに楽しいのはいつぶりだろう、外に出た時の憂鬱も忘れて、アキは笑った。




――――――――――
ディヴァアキ好きです。
おじさんとアキさんはこれくらいべたべたしてくれてもよかった…。



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