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(龍亞はダークシグナーになると思っていた時代が私にもありました)








「見てよ龍可!これでオレも、龍可を守れるよ!この力があれば、きっと、遊星にだって負けない!」

 にこにこと笑いながら、龍亞はすっと右腕を差し出してきた。右腕に刻まれた刻印。鈍く光を放つ痣。わたしは思わず、一歩、あとずさった。こわい。それに、とても、寒い気がする。体の震えがとまらない。わたしは、ふるふると小さく首を振った。怖い、いやだ、そう思っているのに―――龍亞はいつもと寸分たがわない笑顔で、笑う。

「オレずっと、力が欲しかったんだ。龍可を守るための力が……。でももう、大丈夫!オレが龍可を守ってあげられる!だから龍可、おいで!」

 すっと手が差し伸べられる。わたしは震えながら、その手を見つめた。さあ、と急かす龍亞の声が反響する。どうしたの龍可。心配そうにたずねてくる声は自分の双子の兄である龍亞のものだ。その手も、その顔も、その声も。彼は龍亞以外の誰でもなくて。けれどわたしは、認められなかった。彼が龍亞だとは、思いたくなかった。信じたくなかった。わたしは無意識にまた、一歩後ろへと下がる。龍亞が、くしゃりと眉間に皺を寄せた。


「龍可……?」
「……っや、」
「ねえ龍可、どうしたの。ねえ、」
「いやっ!!」


 さらに伸ばされた手。わたしは思わず、それを跳ね除けていた。パァン、と乾いた破裂音が、静寂にこだまする。慌ててわたしは、龍亞の顔を見た。龍亞は叩かれた手を呆然と見つめている。何が起こったのかわからない。そんな、そう言いたげな、表情で。

「……どうしたんだよ、龍可。なんでオレのこと……」
「っ……あ、あなたは、龍亞じゃない……龍亞なんかじゃない!」
「何言ってんだよ、龍可。オレは龍亞だよ。お前の兄ちゃんの龍亞……」
「ちがう、ちがうわ!龍亞は、龍亞は……っ、」

 るあは、わたしをまもって、しんじゃったもの。


 かすれた声で呟くとともに、ぽろぽろと涙が零れた。一度流れてしまえばもう止まらない。せきを切ったように、瞳から大粒の涙が落ちる。頬を生ぬるい液体が伝う。るあ、と嗚咽の合間に呟いた名前は、目の前の彼のもののはずだった。
 どうして、オレはここにいるのに、と龍亞も泣きそうな声で呟く。けれどわたしは、ぶんぶんと勢いよく首を振った。否定した。あなたは龍亞じゃない、と震える声ではっきりと否定する。龍亞はもう死んだ、だから龍亞じゃない。何度も何度も否定する。―――なんでだよ、と呟いた少年の声は絶望に満ちていた。


「オレは龍可のために力を手に入れたんだよ?なんで龍可はオレを否定するの?」


 右腕の痣が、光を増した。禍々しい―――紫色をした、その痣は、絶望を象徴するような色で。
 呼応するように、わたしのシグナーの証が強い光を放った。赤き龍の痣、赤い光。龍亞の痣と相反するような、輝き。

 わたしの腕にシグナーの痣を見た龍亞の表情が、消える。瞳が、すうと細められた。闇の奥底のような、真っ黒な、ひとみ。その中にぽつりと浮かぶ金色が、恐怖を一層煽った。ぎらぎらと輝く、金色。(いや、だ)

 唐突に、無表情だった龍亞の口元に笑みが浮かぶ。に、と不気味に口角をつりあげた龍亞は、やがて手で顔を覆い、くつくつと笑い始めた。


「……あは、そっか。龍可はシグナーだもんね。赤き龍に縛られているから。だからオレと一緒に来てくれないんでしょ?かわいそうな龍可。いまオレが、龍可を解放してあげるね……そしたら二人でずっと一緒だ」
「やめて、龍亞!あなたこそ、ダークシグナーの支配になんて負けちゃだめ…っ!お願い、戻ってきて、龍亞!わたしと、ジャックや遊星たちと一緒に……」
「どうしてオレが戻らなくちゃいけないの。せっかく手に入れた力を手放してまで」


 龍亞はおどろくほど冷たい声で、わたしの言葉を切り捨てる。


「ねえ龍可、わかってよ。龍可が一緒に来てくれれば、オレたち、ずっと一緒にいられるんだよ。龍可もシグナーなんて、やらなくていいんだよ」
「……わたし、シグナーとしてみんなの世界を…精霊の世界を守るって、決めたわ。……だから、」
「―――龍可もオレを否定するんだね」

 どうせオレは遊星やジャックみたいに強くないよ―――自嘲するように笑って、龍亞は黒いマントをばさりと広げる。闇がぶわりと拡がるようで、わたしの肩がまた無意識に跳ね上がる。龍亞はけわしい表情でわたしを睨んだ。いやだ、こわい、たすけて―――心の中で呟いた言葉に、愕然とする。(たすけて、なんて)


(龍亞は、もう、いないのに)
(わたしが―――殺したのに)


 危ない、龍可―――叫び声がまだ鮮明に思い出せる。わたしをかばって命を落とした龍亞。大好きな龍亞。わたしのせいで死なせてしまった。そうして、わたしのせいで、ダークシグナーとしての宿命を背負わせてしまった。わたしが死ねばよかったのに。そうしたら龍亞は、ダークシグナーになんて、ならなかったのに。そう思うと、また涙がこぼれてくる。

 もう龍亞は、わたしを守ってはくれない。わたしは龍亞を守れない。目の前に対峙する龍亞の瞳が、痣が、そんな現実をわたしにまざまざと見せ付けてくる。胸が痛い。胃の中のものが逆流しそうな吐き気。くらくらと、めまいがする。

「……おねがい、龍亞……一緒に帰ろう?一緒に帰って、またデュエルしよう?おいしいものを食べて、一緒に寝て、それから、それから、」

 理由なんてなんでもいい。何をするかなんてどうだっていい。ただ、龍亞に、帰ってきてほしい。お願いだから、頷いてほしい。わたしは神様に祈るような気持ちで、縋るように、龍亞を見つめた。龍亞は冷ややかな眼差しでわたしを見る。黒い瞳が、わたしを射抜く。

「遊星たちも待ってる。……みんなの世界を、一緒に守ろう……?」
「……いやだね」

 不意に龍亞の表情が歪んだ。邪悪な笑顔。ぎらぎらと輝く瞳。龍亞が足音を立てて、わたしに近づいてきた。冷たい手が、私の頬にそうっと触れる。やさしい仕草で、涙が拭われる。言葉とは一致しない行動に、わたしは戸惑った。龍亞、と名前を呼ぶ。龍亞は相変わらず笑ったままだった。やがて、頬に添えられた手が、ゆっくりと離れていく。そのかわりに、龍亞の顔が近づいてきた。龍亞はわたしの耳元に唇を寄せる。首筋にひやりとした吐息がかかった。


 そうして龍亞は、硬直するわたしに、いつかのときのように、ふざけた調子で、ゆっくりとささやいた。涙がまた、地面に滴り落ちる。くすくす笑う龍亞の瞳はとてもつめたくて。遠ざかる足音はやけに大きくきこえた。いやだよ、と首を振るわたしの言葉なんて、龍亞はきいていなかった。








(ごめんね、ごめんね)
(ごめんね、…ごめんなさい、龍亞)
(わたし、わたしもうずっと前に、あなたのことを、)









―――――――
だってオレシグナーじゃないしー



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