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 冷たい唇が首筋に当てられた。小さい痛みに、また噛み付かれたのか、と思う。彼はより長く残るであろう所有印を残すのが好きなのか、それともただ単に彼の攻撃的な面が現れているのか。どちらにしても彼は、よく噛み付いてくる。腕にも肩にも容赦なく。その辺りなら、まだいい。首筋と言うのは本来、人間の急所だ。頚動脈が通っている首を深く傷つけられれば、確実に死に至る。人間はそれを本能的に知っている。当然、急所を攻撃されれば多少なりとも恐怖する。だからいつも唐突に首に噛み付かれると、これから与えられるのであろう悦楽とはまったく違う意味合いで体が震えた。


 そこまで考えて、ふと思う。自分は人間ではないのだから、頚動脈も急所も関係あったものではない。……それをどうして怯えているのだろう。怯える必要があるのだろう。……人間でないクセに、いつまでも人間の気分が抜けないのか、と自嘲した。
 そもそも『いつまでも』と言う表現も正しくはない。自分は所詮、オリジナルの人間を元に作られた偽物だ。人間でないどころか、その人物ですらない。なにがいつまでも人間の気分が、だろう。ばかばかしい。自然とどこか自虐的な笑みが浮かんだ。首筋から鎖骨のあたりへ動いた唇が、不意に離れていった。


「……何を考えている」


 低い声が鼓膜を揺らした。白い指が、頬を撫でるように動く。不自然なほど優しい動き。唇と同じように冷たい指先が、心地よかった。

「君のこと以外に、私に考えることがあるとでも?」

 そう言って笑うと、不愉快だ、とばかりに眉がひそめられた。下手な嘘だ、とでも思っているのだろうか。それでもあえて口に出さないのは優しさか、それとも呆れているだけなのか。どちらにしても彼はそれ以上の言及をしなかった。

 唇に、やわらかく冷たいそれが押し付けられた。触れるだけ、重ねるだけの戯れのような口付け。冷徹で冷酷で、傲慢。けれどこうして自分に触れる時、時折彼は、硝子細工を扱うかのようにそっと優しく触れてくる。

 知っている。彼は本当は、やさしいのだ。そんな彼を、自分は心から好きだと思う。大切にしたいと、思う。

 ――つくられている存在のくせをして、誰かを好きになるなどと、滑稽なだけだ。
 そう再び自嘲する。笑みがこぼれる。細められた赤い瞳と視線が交わった。

「………パラドックス」
「なにかな?プラシド」
「お前もう、何も考えるな」

 そうとだけ言って、瞼のうえに口付けを落とされる。そのくすぐったさに、思わず笑ってしまった。

 彼はとても優しい。冷たい指先も、唇も、低い声も、すべてが好きだ。こんな戯れも、彼とならいつまでだって続けていたいと思える。

 ――ああ、だけど自分のこの脳は、思考回路はつくりものだ。思う、なんてこと自体が、きっとおかしい。それでも自分は彼を好きでいる。わけがわからない。そのわからないという思いすら、どういうことなのか、理解しがたい。自分は、自分の感情とは、いったいなんなのだろう。


 どうして彼は、自分に感情など与えたのだろう。考えれば考えるほど、深みにはまっていくようで、気味が悪い。何も考えるなという彼の言葉も、いつの間にか頭から消えていた。




配布元:箱庭



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