あなたが好きだと言うのは、ネット上の僕でしかない。


あなたは僕がどこで生きていて、何をしているのか知らない。


けれど、どうしてでしょうか。あなたの「好き」が


こんなにも心に響くのは。








「2bitの告白」











キーボードを打てば、浮き上がる二文字。


すき


こんなにも簡単に表示できるのに、人間はこの感情に左右されてるんだ。
かくいう僕もその一人。
昨日、ネット上で仲良くしている人から、告白された。


『好きです。俺と現実世界で付き合ってください。』


簡潔に、一行を満たしたその文章に初めは疑問しか浮かばなかったし、どうして僕に好きという感情を抱くのかわけがわからなかった。
だって、ネットですよ?しかも僕は別にネカマじゃない。普通に男口調で話しをしてる。
相手だってそう。なのに、どうしてこうも簡単に文を綴れるのだろうか。


『それは、本気で書いているんですか?正直、こんなネット世界で告白されても、嘘にしか思えません。』

『本気です。俺は一度でいいから、あなたに会いたい。あなたが笑ってる姿を実際に見たいんです。』


僕は…馬鹿です。その言葉を本気にするような年代だったんです。
だって僕は中学2年で、最近ネットにハマりだしたばかりで、恋だってしたことなくて。それに会ってみたら女の子かもしれないしなんて、変な理由を付けて、僕自身に「会ってもいい」と言い聞かせたんだ。


『わかりました。じゃあ会う場所は僕が指定してもいいですか?』

『いいですよ。っていっても俺達近場に住んでるかもわからないですけどね(笑)』


確かに、ネット上だったらどこにいても会話出来るが、実際に会うとなると難しい。


『えっと、じゃあ渋谷の○○前に明日の十時で。』

『明日!?渋谷ですか?!と…遠いですが…行きます。だってニハチさんに会えるんですから。』

『あ、遠いんですか?クローさんはどこに住んでいるんです?』

『俺は北海道。流氷が見えるところです。じゃあ、明日、渋谷の○○前に十時で。目印は何にします?』

『そんなに遠いのに明日って、大丈夫なんですか?』

『大丈夫ですよ。俺行動しないと気が済まないんです。会えるっていってもらえるうちに会わないと後悔します、きっと。』

『じゃあ、明日。目印で僕は緑色のリストバンドを左手に付けていきます。』

『だったら俺は右手に青色のリストバンドを。あの、今から家を出るんですが遅れるかもしれません。三十分待って俺が来なかったら、この番号に電話してください。公衆電話からでもいいので。』

『わかりました。明日お会いしましょう。』

『はい。では。』












こうして迎えた当日。僕は約束通り、左腕に緑のリストバンドをはめて、渋谷の○○前にいた。
けれど、三十分経ってもクローさんらしき人が現れないので、公衆電話からもらった番号に電話しようと、移動する。
その時だった。後ろから声をかけられた。

「止まって、振り向かずに。」


周囲のざわめきが、その人の声で遮断された。僕はなんて澄んだ声なんだろうと、振り向きそうになるけれど、「だめだよ、そのまま。」と制止された。

道の端っこで、見知らぬ人に歩みを止められる僕。
けれど不思議なことに恐怖はなかった。


「君の左下に目線を向けてごらん。」


言われた通りに見てみると、昨日約束した青い色のリストバンドをはめた手が後ろ向きに差し出されていた。僕はどきりと心臓が跳ねた。すぐに顔を見てみたい。けれど背中に感じる気配は一向に動こうとしない。合わせて僕もその場に立ち尽くしていた。


「遅れてごめん。……あー…なんていうんだろう。恥ずかしいな。」


背中合わせに始まった会話。
僕は目の前を見据えながら、電光掲示板に乗っているCMの文字を意味もなく追う。どうしよう。何か言った方がいいのだろうか。


「…本当にあなたは現実に存在してたんだ…。不思議な…気分だな…。」


それを言うなら僕もそうだ。クローさん、あなたも存在していたんですね。ネットだと相手がいることをわかっているつもりで、わかっていないから。相手が人間で、どこかで生きているってことが、とても薄く感じられてしまうから。


「僕も…不思議な気持ちです。」


何故かとても温かい気持ちだった。
ああ、僕も彼もネットの向こうで生きているんだなって、こうして続く道とか、電車とか、その延長線上をてくてく歩いてるのかって思うと、小さい笑みがこぼれた。


「実はニハチさんの背中をみたとき、驚くくらい心臓が跳ねたんです。『ニハチさんが歩いてる?!』って。おかしいでしょう?そりゃあ、ニハチさんだって実際いると、頭のなかではわかっているつもりでした。でも、こうして目で確認できるなんて思ってもみなかったから…。」


遠慮がちに、「ニハチさんのリストバンド、俺の方に見せてもらってもいいですか?」と言うので、左腕を背中の方へ差し出す。はたから見れば不思議な光景だ。男二人が背中合わせに話している。

そう、互いの手だけが、唯一見えている部分だったんだ。
クローさんの右手は角ばっていて、指が長い。確実に僕よりも年上で、背中の気配も僕の頭上より上まである。背が高い。それに急に東京まで来れるのだから、大人なのだろう。

ねぇ、気づいていますか?
僕、今クローさんはどんな人なのか想像してますよ。誰よりも必死に、初めて会うあなたのことを。




ああ、互いの手だけが、唯一見えている部分だった。
ニハチさんの左手は滑らかで、俺の手より小さかった。きっと年下だろう。背中の気配も俺の肩口あたりで消えているから、背も小さい。リストバンドのせいか、手首が妙に細く見える。

さっき、追いかけている途中後ろ姿を見たけれど、短髪よりは少し長めで、茶色の髪の毛はサラサラしてそうだった。…ちょっと変態っぽいな俺。
半袖のパーカーに、黒色に近い七分丈のジーンズ。左手には緑のリストバンド。ラインの入った運動靴。パーカーを着ている上半身が着膨れしておらず、むしろ痩せてるように見えることから体格はがっしりしたほうじゃなくて、細身なのだとわかる。

(…たぶん、というか…男だと予想はしていたけど…)

自分が男を好きになるなんて、絶対にないとおもっていた。けれど、ネットの上でつのるニハチさんへの気持ちは確かで、でもチャットで話す限り絶対に男で。その矛盾にイライラした日もあったけれど実際にこの目で見たら、性別のことなど一気に吹っ飛んでしまった。

(俺、ショタっけあったんだろうか…、いや見る限り、ショタにまではいかないにしても…確実に中学か高校だよな…。)
はは、犯罪者決定かもしれないです。俺。

……それなのにどうしてだろう。

背中合わせに声を聞くたび、鼓動が早くなるんだ。俺の耳に響くニハチさんの声は、とても小さくて、くすぐったかった。彼が自分のことを『僕』と言うたび、いいようのない優しさが心に溢れた。




しばらくして、


「あの…北海道は今寒いんですか?」


何か話を、とニハチさんが切りだしてくれたことに俺はすかさず返事を返す。


「いえ、東京よりは冷え込みますが春の陽気ですよ。ニハチさんの住んでいるところは桜は咲いていますか?」


クローさんの住む北海道は春の陽気らしい。そっか。北海道だからって寒いってばかりじゃないんだ。ちょっと、知りました。それから桜が咲いているかと聞かれたので、家の近くに咲き誇る川沿いの桜の話を出した。


「はい。僕の家は川沿いに面しているんですが、そこに桜の木が植えられているんです。端から端まで、桜の花びらで埋め尽くされて…とっても綺麗なんですよ。」


景色を思い出しながら、空を見上げた。うん、とっても綺麗なんだ。花が行く人々を見守ってくれる、桃色の道。桜吹雪の中を、僕は自転車で通って…クローさんにとっても、そんな景色はあるのでしょうか。


「クローさんは、綺麗だなぁって思う景色って何かありますか?」


俺は、ニハチさんの歩く川べりを想像しながら、空を見上げていた。こんな青い空に花弁が舞って、その中をニハチさんが歩く。きっと微笑んでいるはずだ。


「ええ、あります。俺は、海の近くに住んでるんですが、高台から水平線に朝日が昇ってくるのを一人で見るのが幸せです。凄く綺麗で、でもなぜだか寂しくなるんです。」

「体育座りで見るんですか?」

「あっ、よくわかりましたね!そうなんですよ、体育座りで、コンクリートの端に爪先を揃えて。寒い時は顔を膝に埋めて…でも朝日が昇るとまぶたに光が溢れて、すぐに温かくなるんです。」


僕は瞳を軽く閉じた。冷やりと首筋を擦り抜ける風に金色の光が見える。都会じゃ見れない、淡くも強い輝きを想像すると、

「素敵だな。」

喉から、するりと言葉が出ていた。
僕の見開いた瞳の先には相変わらずの雑踏、情報の多い景色しかないけれど、それでも僕は彼の景色を見た気がした。

「そういっていただけるのは嬉しいです。なんだか…自分が褒められた気分だ。」


へへ、と笑うクローさんの声に、僕は心が落ち着くのを感じた。
顔を向き合わせなくても、こうして話を数回かわすだけで微笑んでしまう僕がいる。
こうして近くにいるあなたは、どんな顔をしているのだろう。興味が湧いて仕方ないけれど、それよりもこの雰囲気が幸せなものだったから、

はは、と笑うニハチさんの声に、俺は心が凪いで行くのを感じた。
顔を向き合わせたい。でも、正直顔を見ることよりも、実際に君の声をこの耳で聞けたことが。君が近くで笑っていることがわかるのが、とても幸せなんだ。君は俺の話をどんな顔で聞いてる?どんな表情で、どんな気持ちで…。興味が尽きないけれど、でもこの雰囲気が幸せなものだから、


だから、僕達はこの日、顔を合わせることなく背中合わせに話し続けたんだ。
だから、俺達はこの日、顔を合わせることなく背中合わせに話し続けたんだ。




最後にクローさんが、


「あの、やっぱり俺、ニハチさんのことが好きです。」


たぶん満面の笑みで言っただろう言葉に、僕は


「また、三ヶ月後、同じ場所、同じ約束で会いませんか?」


恥ずかしいから、素直には返事をしなかった。




でもわかったんだ。




あの人の言う、「好き」は、
例え画面に出たものでも、声に出したものでも、
僕の心に優しく響くことを。






きっとあの人も背中合わせに、同じことを考えてるんだろうなって思うと、






どうしようもなく愛しくなることを。






















おわり。
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