「ペドロさん、おはようございます。ガ…ガルチュー…!」
「ああ、おはようナマエ」
朝の挨拶とともにぎこちなくスリッと頬を擦り寄せて、小柄な彼女が離れた。その瞳はうるうると揺らめいておれの心を抉るように貫く。それはいつもおれを生殺しにするのだ。グッと心の奥の方が熱を持ってもどかしい。感情のままに動けたらどんなに楽なのだろうか。しかし誰よりも大切な彼女のことを考えればそんな事できるはずはなく、いつも必死に心を鎮める日々。
ナマエは悶々としているおれに気づくはずはなく、見回りのための準備を始めた。
「ナマエ、見回りが終わったら今日はゆっくりしないか?」
「えっ…で、でもペドロさんお忙しいんじゃ…」
「他の仕事もひと段落ついたところだ。ナマエとの時間も大切にしたい。それとも何か用事があったか?」
「いえ!ありません…!私もぺドロさんとの時間、もっと大切にしたいですっ…」
うるっとした瞳で見つめられて、せっかく鎮めたはずの感情がぶり返す。下心があるなんて知られたら幻滅されてしまうだろう。さっと準備をし、彼女の顔を半分見ないよう「行こう」と声を掛けてくじらの森へ向かった。
*
「えへへ、ペドロさんとお家でゆっくりできるなんて久しぶりです…!」
「そうだな。このまま平和で居てくれたら、お前ともっと一緒にいれる」
「はい…」
ナマエは恥ずかしそうに目を伏せながら遠慮がちにスリスリと頬を寄せ、小さな両手がきゅっとおれの手を握った。
極度の恥ずかしがり屋であるナマエは何をするにもおどおどしたり、なかなか行動に移せないことが多い。今の状態になるまでに結構の時間がかかったし、その先にいくも、おれは心の準備が出来ているが彼女は到底整わないと思う。きっと差恥から大粒の涙が零れて、おれが罪悪感から手を引いてしまう未来が見える。男気ないぜよ!とネコマムシの旦那にはいつも言われるが、彼女のことを思ってのことなのだ。
いや、しかし…。
「ペドロさん、その…ごめんなさい…私いつも恥ずかしがってばかりで……ガルチューだってまだ慣れなくて…」
「気にするな。ナマエの恥ずかしがり屋は昔からよく知っている」
「うぅ…もっと積極的になろうって頑張ってるんですが…」
上目遣いの瞳とかち合って、ブワッと体温が上がる。すぐ瞳をうるうるさせてしまうのに彼女は気づいていない。伸ばした手を彼女の背中に回して抱きとめる。ひゃ、と声が聞こえたが構わず首筋に顔を埋めてみれば、恥ずかしそうな声にけたたましくサイレンが脳内で鳴り響いてぱっと顔を離す。これだけでも相当なのに、積極的になんてなられたらおれはどうなってしまうんだ…。思わず首筋に噛み付いてしまう寸前だったほど、おれの心はグラついていた。
潤んだ瞳から逃げるように「すまない」と目線を外し謝って深呼吸をひとつ。
性格というのはすぐに直せるものではないし、辞めてほしいといったところでどうにもならない。彼女を傷つけるだけだ。それは絶対に出来ない。どうしたものか…と頭を悩ませていると、くいっと服の裾が引っ張られた。
「あ、の…ぺドロさん」
「ん?」
「ペドロさんなら、その…何されても嫌じゃない、です」
「……それは、嬉しいが…ナマエが慣れるようになるまで待つぞ」
「でも、ペドロさん辛いですよね…?」
「ぅ…まあ…そうだな…。だが欲に任せて事に及ぶのは良くない。いくら時間がかかってもいい、お前のペースに合わせるさ」
クリーム色の髪をさらりと撫でると気持ちよさそうに目を細める。きっと彼女はおれの寿命のこともわかった上で言っているんだろう。そんなことで気負う必要など何も無いと伝え、彼女も納得したらしく「はい…!」と小さく頷いて微笑んだ。
これはおれと自制心の戦いなのだ。
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