置き手紙
嵐のように現れて去っていたアッシュをマルクト兵達が追っていく中、倒れていたルークが起き上がった。
「師匠!」
「ルーク。今の避け方は無様だったな」
「ちぇっ、会っていきなりそれかよ…」
嬉しそうに笑ってヴァンを見るルークは、『年相応』に見える。
たとえ返ってきた言葉に悪戯めいた響きが籠もっていても、常のように噛みついたりしない。
それだけ彼を慕っているという事ではあるのだろうが。
「…ヴァン!」
ティアが自らの武器を手に睨んできても、ヴァンは慌てた様子もなく落ち着いていた。
「ティア、武器を収めなさい。お前は誤解をしているのだ」
「誤解……?」
訝し気に眉を寄せたティアの目には、僅かな戸惑いが滲んでいた。
当然と言えば当然だ。
理由はどうあれ、親しい人間の言葉に耳を傾けない訳はない。
それが自らの兄ならば尚の事。
「頭を冷やせ。私の話を落ち着いて聞く気になったら宿まで来るがいい」
その言葉にぐっと歯を噛み締めたティアは、存外素直に武器をしまった。
それを見て満足げに頷いて歩き出したヴァンの背に、ルークが慌てて声を上げる。
「ヴァン師匠!助けてくれて…ありがとう」
照れくさいのだろう、小さく呟かれたのは感謝の言葉。
それまで横柄な態度ばかりが目立っていたルークの素直な感謝に、皆それぞれ差はありつつも驚いていた。
「苦労したようだな、ルーク。しかし、よく頑張った。流石は我が弟子だ」
「へ…へへ!」
少し振り返って微笑んだヴァンに誉められて、ルークは誇らしげに笑った。
ヴァンが立ち去った後、どこか所在無げに立っているティアに、イオンが優しく諭す。
「ティア、ここはヴァンの話を聞きましょう。分かり合える機会を無視して戦うのは愚かな事だと、僕は思いますよ」
「そうだよ。話せば分かるかもしんねーだろ」
「…そうね」
その言葉に便乗した訳ではないだろうが、ルークが率直な(言ってしまえば分かりやすい)意見を口にした。
ルークとしては、『分からないなら訊けばいい』という単純な考えから出た言葉だ。
しかし、その単純さが頑ななティアには効いたようで、毎度のような険悪さもなく頷いていた。
そして深い呼吸をひとつすると、イオンへと頭を下げる。
「…イオン様のお心のままに」
「じゃあ、ヴァン謡将を追っかけるか」
とりあえず一段落した事に安堵して、ガイが空気を変えるように明るく言ったのを切欠に、誰ともなく宿屋へと歩き出した。
カイツールの宿屋はあくまで旅人等の休憩用としてあるだけらしい。
何故なら部屋は仕切られておらず、大きな一部屋に簡素なベッドが幾つも並べられているだけだったからだ。
もっとも、検問しかないこの場所に長期に渡り滞在する者など稀だろう。
その部屋の一番奥、唯一設置されているこれまた簡素な椅子に腰掛けていたヴァンは、やって来たルーク達の姿を見留めて立ち上がった。
「頭が冷えたか?」
「……何故、兄さんは戦争を回避しようとなさるイオン様とリスティアータ様を邪魔するの?」
殺気はないものの、変わらず疑心に溢れた声で訊いたティアの硬質な言葉に、ヴァンは呆れたと言うように溜め息を吐く。
「やれやれ。まだそんな事を言っているのか」
「でも、六神将がお二人を誘拐しようと……」
「落ち着け、ティア。そもそも私は何故イオン様とリスティアータ様がここにいるのかすら知らないのだぞ。教団からは、イオン様がダアトの教会から姿を消した事しか聞いていない」
それこそが動かぬ証拠だと、更に問い詰めようとしたティアを遮ったヴァンの言葉に、イオンが微かに眉を下げた。
「すみません、ヴァン。僕の独断です。リスティアータ様も、僕が」
「私がここにいるのは私の意志です」
ヴァンがイオンの言葉を遮ったリスティアータに目を向けると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「心配を掛けないように置き手紙をしたのだけれど…ごめんなさい」
正直ちっとも悪びれないように見えるが、彼女なりに非は認めているのを知っているヴァンはひとつ苦笑した。
「確かに置き手紙は発見されましたが…あれでは…」
彼にしては珍しく微妙に歯切れの悪い様子に、ルークだけではなく皆がその置き手紙の内容に興味を示す。
「何て書いたんだ?」
「えぇっと…時間が無かったから『捜さないで下さい』って書いたわ」
「「「「「「…………」」」」」」
これには全員が何とも言えずに黙るしかない。
どう聞いても家出の手紙だ。
彼女としては騒ぎを大きくしまいと書いたのだろう手紙は、見事に騒ぎを拡大させたのだろう。
皆の様子に更に苦笑したヴァンは、イオンに向き直った。
「こうなった経緯をご説明頂きたい」
「イオン様を連れ出したのは私です。私がご説明しましょう」
何とか真面目な内容に話が戻った事に溜め息を吐きつつ、それまで最後尾で黙っていたジェイドが一歩前に進み出た。
そんな中、何かおかしかったのかとリスティアータはしきりに首を傾げていたとか。
執筆 20081230
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