月夜ばかりと思うなよ
カイツールは国境にある為か、街と言う雰囲気ではなく、ただの関門と言った印象の場所だった。
あちこちに警備のマルクト兵が配備される中を歩いていると、ふとルークが足を止める。
「あれ、アニスじゃねぇか?」
その言葉に皆が検問所を見れば、オレンジ色のぬいぐるみが背中にぶら下がった小さな少女の姿が見えた。
「証明書も旅券も無くしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」
頼りなさげに肩を落とし、不安そうに片手を口元にあて、ふるふると震える瞳で上目遣いで門番を見上げて、完璧なオンナノコで懇願するアニス。
「残念ですが、お通し出来ません」
しかし、門番は欠片も揺らいだ様子はなく、あっさりキッパリ簡潔に答えてくれた。
「…ふみゅぅ〜」
そのあまりの冷たい返事に、あと一歩で泣いちゃうかも、な顔で俯いたアニスは、諦めて門番に背を向けた、直後、
「……月夜ばかりと思うなよ」
ドスの利いた声で捨て台詞を吐いた。
怖っ。
『本業』の方もビックリである。
「まぁ、アニスったら」
「ルークに聞こえちゃいますよ」
「んぁ?…!」
朗らかに笑ったリスティアータとイオンの声に、『本業』張りの顔で振り向いたアニスは、既に一歩引いているルークを見て固まった。
しかしそれも一瞬の事。
すぐに思考をフル回転させたアニスは、
「きゃわ〜んvアニスの王子様v」
「「「「………」」」」
誤魔化す事にしたようだ。
「……女ってこえー」
がばりとルークに抱きついたアニスを見て思わず漏らしたガイの言葉は、彼にとってはとても切実な事でもあって。
願わくば、ガイの女性恐怖症が悪化しない事を。
「ルーク様vご無事で何よりでした〜!もう心配してました〜!」
そんなガイはそっちのけでアニスはルークに猛アタックを続ける。
「こっちも心配してたぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」
「そうなんです…。アニス、ちょっと怖かった………てへへ」
アニスの勢いにルークは先程の『本業』の件は見なかった事にしたらしい。
そんなルークから振られた話に、アニスはここぞとばかりにか弱い可愛らしいオンナノコを全面に押し出した。
が、
「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って、悲鳴あげてましたものね」
「まぁ、カッコイイわね、アニス」
「お二人は黙ってて下さい!」
そんな雰囲気ぶち壊しなイオンとリスティアータに、ムスッと頬を膨らまして2人を睨む。
そしてすぐにルークに向き直ってオンナノコになった。
何とも忙しい。
「ちゃんと親書だけは守りました。ルーク様v誉めてv」
「ん、ああ、偉いな」
「きゃわんv」
若干引き気味ながらも誉められて、アニスは嬉しそうに身を捩らせる。
「無事で何よりです」
「はわーv大佐も私の事、心配してくれたんですか?」
ずっと傍観していたジェイドの言葉にアニスが目を輝かせれば、ジェイドがあっさりと突き落とす。
「ええ、親書がなくては話になりませんから」
「大佐って意地悪ですぅ…」
どこか漫才めいたやりとりが一段落ついた頃、ティアが真面目な話を切り出した。
「ところで、どうやって国境を越えますか?私もルークも旅券がありません」
「ここで死ぬ奴に、そんなものはいらねぇよ!」
次いで降ってきた言葉に皆が上を見上げれば、紅が降ってきた。
紅は真っ直ぐにルークに刃を振るう。
ルークは辛うじてそれを弾いたが、衝撃を殺す事は出来ずにそのまま大きく弾き飛ばされてしまった。
しかも打ち所が悪かったのか、すぐに起き上がらない。
そんな絶好の機会を逃さず、紅が走り出し、剣を振り上げ
「アッシュ」
「!」
「退け、アッシュ!」
ほんの一瞬、紅が躊躇したほんの一瞬のうちに、振り下ろされんとしていた剣は、現れた別の剣によって受け止められていた。
「……ヴァン、どけ!」
いっそ歯軋りしていてもおかしくない程に、押し殺した殺意の篭もった声が響く。
「どういうつもりだ。私はお前にこんな命令を下した覚えはない。退け!!」
しかしそれを正面から受けても尚、現れた男、ヴァン・グランツはそれを押し返す覇気を紅、アッシュに向ける。
睨み合うこと数瞬。
盛大な舌打ちと同時に剣を引いたアッシュは、異常な跳躍をして姿を消した。
その方向を悲しそうに、切なそうに『見て』いるリスティアータに気付いたのは2人だけで、そのどちらもが何も言わなかった。
執筆 20081220
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