またとない機会
「ティア」
ふと呼ばれ、ティアがそちらへ目を向けると、にっこりと朗らかな笑顔で、キョトンと目を瞬かせるクロを抱っこしているリスティアータが。
「?なんでしょうか」
内心、愛らしいクロの様子にとろけながらも努めて平静と返事をする。
「ちょっと、お願いがあるのだけれど…───」
門前での会話の後から、イオンの体が本調子でない事もあり、その日はセントビナーの宿へと泊まる事になった。
そして夜も更けきった時分。
「ガイ、おいガイ」
そろそろ寝るかと寝支度を調えていたガイを、ルークが呼んだ。
何故か声を抑えて。
「なんだよ、ルーク」
「し〜!静かに、みんな起きちまう」
至って普通の声量で答えたガイに、ルークは慌てて静かにしろと言うが、いくら安宿とは言え、そうそう隣に声が漏れる事はないだろうとガイは苦笑する。
「ちょっと、付き合ってくれ。あ、剣を忘れるなよ」
そう、どこか言いにくそうに言ったルークは、ガイの返事を聞く事もなく、さっさと一人で部屋を出てしまった。
「なんなんだ……?」
不可解なルークの言動に首を傾げたが、ガイは急いで後を追う。
ルークならひとりで行ってしまいそうだと思ったからだが、ガイの予想に反して、ルークは宿の玄関にいた。
待っていたのかとも思ったが、近づいてみればそうではなかったようだ。
ルークの視線は玄関の扉、ではなく、その扉にある窓の、さらに向こうに釘付けになっている。
何を見ているのかとそちらを見たガイは、すぐに納得した。
扉の窓から見えたのは、ふわふわと漂うように浮いた、白い椅子の背もたれ。
早くも見慣れたその椅子は、宿を出てすぐの所にある噴水前にいるのが、ルークが二の足を踏んでいる理由なのだろう。
それを理解出来ないガイではなかったが、同時にこれが二度とないチャンスである事も、解っていた。
なので、
「あれ?リスティアータ」
「あら、ガイ。こんばんは」
グイグイとルークの背を押しながら宿を出て、さも偶然とばかりにリスティアータに話し掛けた。
ルークは何も言わない。
まぁ、言えないのだろうが。
クルリと椅子を回して振り向いたリスティアータは、ルークの存在に気付いていないのか、極普通の態度で挨拶をする。
「ああ。どうしたんだい?1人じゃ危ないじゃないか」
ずっと傍にいたクロは勿論、同室だったティアまでいない。
かと言って、ティアがリスティアータ1人での(しかも今は夜だ)を許すとは考えにくい。
そう考えて訊いたのだが、
「ええ。ティアは今、クロをお風呂に入れてくれているの。その間、暇だったから外の空気でも吸おうかと思って」
すぐに納得した。
彼女が時折クロやミュウに向ける潤んだ視線の意味に気づかぬ程、ガイは鈍くないのだから。
わざわざティアにお願いするあたり、リスティアータの妙な確信犯的な要素を感じなくもないが…。
「そ、そう…」
と、ガイの頭に名案が浮かんだ。
「でもやっぱり夜中に1人で出歩くのは良くないよ。ああ、そうだ」
少しわざとらしいが「良い事を思いついた」とパチリと指を鳴らし、
「ルーク、俺は先に行って準備してるから、リスティアータを送ってやれよ」
「はっ!?」
唐突なガイの言葉にルークは当然目を剥いたが、リスティアータは気付かなかったルークの存在に内心で目を瞬かせた。
「まぁ、ルーク、気付かなかったわ。ごめんなさいね」
「っ…べ、べつに…」
心底申し訳なさそうに眉を下げて謝られ、ルークはボソボソと返事をする。
「じゃあな。リスティアータも」
「なっ、おいっ!」
「ええ、気をつけてね」
「ああ、ありがとう」
慌てふためくルークを余所に、ガイはスタスタと歩き出してしまう。
そんな彼の背にリスティアータが送った言葉には振り向いたものの、結局足を止める事はないまま、ガイは曲がり角の向こうへと姿を消した。
そうして残されたルークとリスティアータはと言えば…
「「……………」」
一方は気まずそうに目を逸らし、もう一方は普通に月光浴を楽しんでいた。
我ながら良い事をしたと、上機嫌で歩いていたガイは、ふと足を止めた。
「……そういや、何が目的か訊いてなかったな」
何故夜中にコソコソと剣を持って出掛け、何処へ行くつもりだったのか。
「…………どうするかな…」
行き先を知らないガイは、間抜けにも程がある自分を笑うしかなかった。
執筆 20081204
あとがき
自分からガイに送る言葉はただ1つ。
お前はルークの母親かっ!…スッキリ♪
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