Metempsychosis
in Tales of the Abyss

薔薇のディスト様

ティアがかなり早いうちに六神将の存在に気づいたのが幸いし、彼等は一行に気づいた様子もなく門の前で歩みを止めた。

その中にラルゴの姿を見つけ、ジェイドが内心で舌を打つ。

「導師イオンは見つかったか?」

凛とした声で女性…リグレットが検問を布く神託の盾兵に訊くと、兵士はビシッと背筋を伸ばして礼をして答えた。

「セントビナーには訪れていないようです」
「あの人達、リスティアータ様連れてっちゃった…。アリエッタ、あの人達許さない……」

呟くような声でアリエッタが言ったのを聞き、フィエラの眉が辛そうに顰められたが、最後尾だった事もあり、誰も気づかない。

シンクは本題とズレた事に嘆息すると、兵士に訊く。

「導師守護役が彷徨いてたってのはどうなったのさ」
「マルクト軍と接触していたようです。尤も、マルクトの奴らめ、機密事項と称して情報開示に消極的でして」

一介の兵士にしては些か不遜な物言いで兵士が答えると、ラルゴがキツく拳を握った。

「俺があの死霊使いに遅れをとらなければ、アニスを取り逃がす事もなかった。面目ない」

潔く頭を下げる動きはどこかぎこちなく、彼がまだ本調子ではない事が知れたが、彼が無事な事にフィエラが人知れず安堵の息を吐いた、

と、

「ハーッハッハッハッハッ!だーかーらー言ったのです!」

その辺の空気を引き裂くように、ある意味見事な高笑いが降ってきた。

そう、降ってきたのだ。

期せずして六神将とルーク達が声のした方を向けば、高度を下げている紫色の椅子と、それに座っている派手な襟巻きスーツを着た眼鏡の男が見えた。

空飛ぶ椅子。

見覚えありまくりなそれに、期せずしてルーク達は最後尾…リスティアータを見た。

視線が集中した事に気付いたのか、リスティアータは小首を傾げて微笑んでいる。

と、

「あの性悪ジェイドを倒せるのは、この華麗なる神の使者…神託の盾六神将、薔薇のディスト様だけだと!」

性悪ジェイドって言った。

ルーク達は期せずしてジェイドを見……速攻で視線を戻した。

一瞬の残像で言えば、物凄い笑顔だった。

自分の行動を深く後悔するルーク達をよそに、シンクが冷たく斬り捨てる。

「薔薇じゃなくて死神でしょ」

言外に馬っ鹿じゃないのと含まれた言い様に、華麗且つ優雅且つ素敵且つ何かそんな感じのポーズ付きで登場したつもりのディストは目尻をくわっと吊り上げた。

「この美しい私が、どうして薔薇でなく死神なんですかっ!」

「過ぎた事を言っても始まらない。どうする?シンク」

シンクの皮肉にいとも容易く乗せられたディストを視界から外すと、リグレットはシンクに指示を仰ぐ。

それと同時に、ディストが現れてからの件を綺麗サッパリと無かった事にした。

その辺の空気を引き裂くように現れたディストは、登場した無意味な勢いそのままに自分の周りの空気だけをくり抜く形で存在を流されてしまった。

「……おい」

無視。

「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」
「しかし!」
「アンタはまだ怪我が癒えてない。死霊使いに殺されかけたんだ。暫く大人しくしてたら?」

シンクの判断にラルゴが異論を唱えようと身を乗り出すが、すぐに胸を押さえて動きを止めた。

それを見たシンクの呆れ混じりの追い討ちに、ラルゴは返す言葉もない。

「それに奴らはカイツールから国境を越えるしかないんだ。このまま駐留してマルクト軍を刺激すると、外交問題に発展する」
「おい、無視するな!」

無視。

「カイツールでどう待ち受けるか…ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう」
「伝令だ!第一師団!撤退!」
「了解!」

ラルゴが検問の兵士に命令すると、神託の盾兵達はあっという間に撤収し、シンク達もさっさと去っていった。

そして誰も居なくなったセントビナーの門前。

「きぃぃぃっ!私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですね──っ!!」

虚しくも取り残されたディストは、悔しさ全開の奇声を上げた。

今、彼に白いハンカチを差し出せば、洩れなく噛みついてくれるに違いあるまい。

ディストは器用にも浮いた椅子に座ったまま地団駄を踏むと、クルリとターンをして再び空へと飛び立って行った。

ターンの意味は、本人にしか解らないだろう。




執筆 20081201




あとがき

なんか久々な気がするギャグテイストでお送りしましたー。
あー、楽しかった(笑)
自分はきっとディストでシリアスなんて書けないんだろうな、と思いました。

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