『ジェイド坊や』
特にこれと言って特別でもないリスティアータと子供の会話の横で、ミュウが無邪気に言った。
「大佐、すごいですの!」
「おいおい。勝手な噂に決まってるだろ」
それをルークが呆れたように切り捨てると、ガイが冗談混じりに続ける。
「そうだよな。本当なら、俺が頼みたいぐらいだ」
「誰か亡くしたの?」
「一族郎党……な。ま、こんなご時世だ。そんな奴は大勢いるよ」
ガイの言葉にある種当然の流れでティアが訊ねれば、彼は実にあっさりと答えるように見せた。
「ティアだって両親がいないんだろ。ヴァン謡将から聞いてるぜ」
「え、ええ……」
ティアは自分に話が振られるとは思っていなかったのか、戸惑いも露わに目を地に向ける。
「……火のない所に煙は立ちませんがね」
「ジェイド?」
「いえ、なんでもありません」
殆ど独り言として呟かれた言葉を拾う者は居らず、辛うじて声が耳を掠めたイオンが様子を窺えば、ジェイドはずれてもいない眼鏡を押し上げて答え、表情を誤魔化す。
そしてタイミングよくも子供を見送ったリスティアータの手を引くと、急ぎましょうと皆を促した。
「マルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。グレン・マクガヴァン将軍にお取り次ぎ願えますか?」
到着した基地でジェイドが進み出て名乗ると、見張りをしていた兵士が上官への礼を取った。
「ご苦労様です。マクガヴァン将軍は来客中ですので、中でお待ち下さい」
そう言われて一行が中に入るや否や、玄関のエントランスに口論のような声が響いてきた。
それに皆が戸惑う中、ジェイドは声の主の片方に検討がついて微かに苦笑いをすると、さっさと階段を上ってひとつの扉の前に立つ。
すると扉の向こうから、先程よりはっきりと口論が聞こえてきた。
「ですから、父上。神託の盾騎士団は建前上、預言士なのです。彼等の行動を制限するには皇帝陛下の勅命が…」
「黙らんか!」
少し嗄れた声から察するに老人だろう男性の一喝に、ルークがうぉっと一歩後退る。
「奴らの介入によってホド戦争がどれ程悲惨な戦争になったか、お前も知っとろうが!」
「お取り込み中、失礼します」
より白熱化しそうな口論を遮り、一応のノックと同時に(、、、)ジェイドが扉を開き入室した。
「死霊使いジェイド……」
突然の来訪者に驚いた様子の軍服の男性(察するに彼がグレン・マクガヴァン将軍なのだろう)と向かい合う形で立っていた老人は、ジェイドを見留めるなり嬉しそうに笑った。
「おお!ジェイド坊やか!」
「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」
ジェイドは手近な椅子にリスティアータを座らせると、老人に丁寧に頭を下げた。
「わしはもう退役したんじゃ。そんな風に呼んでくれるな。お前さんこそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうかね。本当ならその若さで大将にまでなっているだろうに」
「どうでしょう。大佐で十分身に余ると思っていますが」
和やかな2人の会話を聞いたルークが、少し今更な疑問をガイに向ける。
「ジェイドって偉かったのか?」
「そうみたいだな」
誰も気付いていなかった。
そんな呑気な2人の会話すら耳に届かない程激しい衝撃を受けた者がいる事に。
(……『坊や』……)
リスティアータは何故か激しく落ち込んでいた。
そう。
訳は解らないが、物凄い衝撃だったのだ。
ジェイドがマクガヴァン元帥と呼ばれた老人に『坊や』と呼ばれた事が。
老人から見たジェイドが坊やなら、『自分』から見たジェイドはどうなのか……?
(………『坊や』…)
再び心の中でそう呟くと、フィエラは何となく切ない溜め息を吐いたのだった。
フィエラが自分の思考から浮上したのは、もう全ての要件が済み、基地を出る頃だった。
ふと気づいてみればジェイドに手を引かれて歩いていて、途中の事は一切覚えていない。
それだけ衝撃的だったという事なのだが、フィエラは自分の情けなさに別の意味で少し落ち込んだ。
皆の会話から察するに、アニスは無事で、先に次の合流地点・カイツールへと向かったらしい。
なのでアニスを追おうと都市の門へと向かった一行だったのだが、
「……隠れて!神託の盾だわ」
門に近づいた時、ティアが先頭をズカズカ進むルークの服を掴んで言った。
当然急いで全員が物陰に身を隠す。
そして門を窺えば、ガイを除く全員に見覚えのある4人と1匹……六神将が現れた。
執筆 20081130
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