少年のお願い
先に別の荷馬車が入っていたお陰か、神託の盾が荷物を調べるような事もなく、簡単にセントビナーへと入ることが出来た。
ジェイドの手を借りて荷台から降り立ったリスティアータは、風に乗って薫った花の香りに、状況は理解しながらも頬が緩むのを止められない。
馬車が停まった場所は広場のような所らしく、子供達の賑やかな声も聞こえた。
「じゃあ、あたし達はここで」
「お世話になりました」
「ありがとうございます」
「気にしないで下さいよ。それよりお気をつけて」
口々に礼を言うと、ローズは大らかに笑って馬車へと乗り込んだ。
程なくして動き出した馬車を見送ると、ルークが言った。
「で、アニスはここにいるんだな」
「マルクト軍の基地(ベース)で落ち合う約束です。…生きていればね」
「イヤな事を言う奴だな。じゃあ行こうか」
ジェイドのやけに暗い言い方に眉を顰めつつルークが歩き出すと、ティアがすかさず注意を促した。
「神託の盾に見つからないよう、派手な行動は慎んで」
「わかってるよ」
如何にも煩そうなしかめっ面をしたルークを見て、ガイがニヤリと笑った。
「なんだ?尻に敷かれてるな、ルーク。ナタリア姫が妬くぞ」
「………」
ガイとしては、軽くルークをからかう為の冗談だった。
しかしティアの気に障ってしまった事に気づかなかったガイは、静かに歩み寄ったティアに腕を絡められてピッタリと引っ付かれてしまう。
普通の男性が見たら非常に羨ましい事であろうが、
「………でぇっ!!」
ガイにとっては弱点を突かれた物凄い『お仕置き』だった。
「くだらない事を言うのはやめて」
「わ、わわ、分かったから俺に触るなぁっ!」
その怯え様に満足したのか、ティアはあっさりと離れる。
「この旅でガイの女性恐怖症も克服出来るかもしれませんね」
「あら、それはとても良い事ですね」
「はっはっは、いやはや、まったくですねぇ」
「私も協力した方がいいかしら?」
「………止めておいた方がいいと思いますよ」
本気の2人と面白さ全開の1人の会話を余所に、無様に地面と仲良くしているガイの横でパンパンと手の汚れを払う仕草をするティアは、不思議とスッキリ爽快な表情を滲ませていた。
気を取り直してマルクト帝国軍の基地へと向かう途中の事だった。
すれ違った少年が、ふとジェイドの軍服に目を留めて声を掛けてきたのは。
声を掛けられたジェイドは勿論、チーグルの森と同じくジェイドに手を引かれていたリスティアータも他の皆も足を止めてそちらを見れば、10歳にも満たないだろう少年がいた。
「おじさん。死霊使い(ネクロマンサー)って軍人知ってるか?」
まさか本人と知る訳もない少年の口からは、子供には似つかわしくない軍人の二つ名が出てきたが、ジェイドは少し考える素振りを見せてからあっさり頷いた。
「……ああ、知ってますねぇ」
「オレのひい爺ちゃんが言ってた。死霊使いは死んだ人を生き返らせる実験をしてるって」
「え……?」
「今度死霊使いに会ったら頼んどいてよ。キムラスカの奴らに殺されたオレの父ちゃんを生き返らせてくれって」
少年の言葉の続きにルークが思わずジェイドを見るが、少年は気付かずに更に言った。
それを聞いたジェイドの表情には変化は無く、しかし、重なった手がほんの一瞬跳ねたのに、リスティアータだけが気づいた。
「そうですね。……伝えますよ」
「頼んだぞ!男と男の約束だぞ」
『軍人のおじさん』の了承の返事に少年は嬉しそうに破顔し、ビシッと拳を突き上げる。
「ぼく」
声を掛けられた少年は、見るからに優しそうなリスティアータに、何の警戒心も無く返事を返した。
「なぁに?おねぇちゃん」
「お父さんが亡くなって、お母さんはどうしているの?」
「……母ちゃん、毎日仕事してる。それで、夜に1人で泣いてるんだ」
だから父ちゃんに帰ってきて欲しいんだと、少年は言った。
リスティアータは優しく微笑み、少年の小さな頭を撫でる。
「そう…。なら、ぼくが笑わせてあげなくてはね」
「え?」
「今、お母さんを笑わせてあげられるのは、ぼくしかいないでしょう?」
しきりに瞬きをする少年に、リスティアータはただ真っ直ぐに言った。
少年の考えを否定する事もなく、ただ今少年に出来る新しい道を。
「今、お母さんを守れるのは、ぼくだけでしょう?」
「!…うんっ」
真っ直ぐな言葉は真っ直ぐなまま少年に届き、少年を父を喪った悲しみから少しだけ浮上させた。
それにより見えた現実を、少年は子供ならではの強さで受け止める。
「オレ、帰るね!バイバイ、おねぇちゃん!」
「さようなら。気をつけてね」
元気に駆け出した子供に、リスティアータは柔らかな笑顔で手を振った。
憎む事を否定はしない。
それは私も同じ(、、)だから。
願う事も否定はしない。
それは私も同じ(、、)だから。
でも。
でも。
何より優先するべきなのは、今を生きる大切な人だと思うから。
憎むのも、願うのも、今を生きる希望の前には、大きくても薄っぺらいものだと、
そう、思いたい。
執筆 20081125
あとがき
中途半端にキリが悪いですが、文字数の限界が…( ̄□ ̄;)
そして最後のポエム的な文、意味不明でしたらスルーして頂いて構いませんです。はい。
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