Metempsychosis
in Tales of the Abyss

007

ヴァンによる誘拐、監禁の隙を突き、逃げ戻った家には、自分の居場所は無くなっていた。
自分のいるべき、いる筈だった場所にはもう、別の奴が、ルークが…いた。

「・・・・・っ」

屋敷の外で立ち尽くす。
きつく…きつく手を握り締め、ぎりぎりと歯を食いしばって。泣くものか。そう思って、爪が食い込む程、強く手を握り締める。

「ルーク」
「!!!」

後ろから名を呼ばれて驚いた。
絶望した矢先にも関わらず、期待した。
しかし、振り向いた先にいたのは、家族でも、婚約者でもなく、

「っ……ヴァン師匠…っ!」

誘拐した張本人の登場に、怒りが込み上げる。
それは『連れ戻される』事に安堵した自分にも向けられた。

「……っ」

何ほっとしてんだよっ!こいつが…こいつのせいで、俺は…っ!
そう自分を叱咤して、ぐっ、とヴァンを睨めば、

「お前は、秘預言を知っているか?」

そう言った。
訝しみながらも否定すれば、ヴァンは誘拐をした理由を語り始めた。

──ND2000 ローレライの力を継ぐ若者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを、新たなる繁栄に導くだろう。
──ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へ向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す。

朗々と語られたユリアの預言に、背筋が凍った。
それを父も母も、国王である叔父も知っていたと言われて、目の前が真っ暗になった。

父上は子供(俺)に関心が無いのだと思っていた。
それは違った。
17歳で死ぬと分かっていたから、必要以上に関わりたくなかったのだ。

母上の過保護とも言える心配性は、子供に関心を持たない父上の分も可愛がろうとしてくれているのだと思っていた。
それも違った。
17歳で死ぬと分かっていたから、短い時間を思い出で埋めようとしていたのだ。

誰もが諦めていたのだ。
ルークの生を。

「そ…んな…」

愕然とする小さな肩を励ますように、大きな手が掴む。

「だが、お前はもう死ななくていいのだ」

誘拐したのは、お前を預言のせいで死なせないためだったのだと、真摯に伝えてくるヴァンに、ぐらりと揺れた。

ヴァンは更に語る。
ユリアの預言には、人類の滅亡が詠まれていることを。
預言を遵守することに酔い、中毒となった世界の異常さを。
世界を滅亡から救うには、預言から人類を解き放つしか無いのだと。

「ルーク、私にはお前が必要だ。共にダアトに来ないか?」

手を差し伸べられて、気持ちは更に揺れた。

それに、話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、何も知らないだろうナタリアの顔。
このまま預言の通りに進めば、ナタリアが死んでしまうのかと思うと、言い様の無い焦りが生まれた。

考えた末、ルークの出した答えは、

「………わかった」

ヴァンを信じる道だった。


ダアトに戻ると、神託の盾本部に正式に入隊するまでの仮の自室を与えられた。
暫くはぼんやりと外を眺めていたものの、質素な部屋に独りでいると、じわじわとバチカルでの出来事を思い出して、無性に叫び出したいような、総てをぶち壊したいような衝動に駆られる。

「………くそっ!」

衝動に駆られるままに、与えられた部屋を飛び出した。


ダアト教会は広い。
教会内を網の目の如く巡る廊下を何度か曲がれば、すぐに自分が何処を走っているのか解らなくなった。
そんな事を気にする事もなく、何も考えずにただただ夢中で走り続けた。
走って走って走って、突き当たったドアを開け放ってはまた走って走って走って走る。
呼吸が苦しい。でもそれで良かった。
そしてまた一つドアを開けて走った、直後、

ドンッとぶつかった衝撃、

「あら」

なんとものんびりとした声に続いたのは浮遊感で、倒れる!と思わずぎゅっとしがみついた。
しかし、倒れた衝撃はぽすん、という軽いもの。

「…え、」

拍子抜けしたルークは瞬き、そして気づいた。
視界を埋めるこれは何だ?そう思った時だった。

「怪我は無いかしら?」

柔らかい声がした。
驚いて顔を上げれば、女の人がいた。
と言うか、体勢だけ見れば、自分が女の人を押し倒している状態で、慌てて離れ…ようとしたのだが、

ふわりと優しく柔らかく抱き締められて、子供をあやすのと同じように、トン、トン、と優しく背中を叩かれた。

「…大丈夫…大丈夫よ…」

掛けられた言葉に息を呑む。
何が?と疑問に思うより、その体温を感じる方が早かった。

────…あたたかい。

「………っ…くっ…ぅぁあああ!」

気づいたら泣いていた。

大声を出して、
力いっぱいしがみついて、
ボロボロと溢れ出した涙を、
ずっと我慢し続けた涙を流した…。

その間も彼女が離れる事はなく、『母』のぬくもりでずっと抱き締め続けてくれた。


声が枯れるほど程泣いて、自分の状況を思い返して顔が火を噴いたのが分かった。見ず知らずの女性に抱き着いて、更にわんわんと泣きじゃくるなど、恥以外の何物でもない。即座に相手から離れると、「あら、もういいの?」などと訊かれて更に赤くなる。

改めて相手を見てみれば、10代後半に見える女の人がソファから身を起こしているところで、何故だか両目を閉じている。
今の真っ赤な顔は見られていないだろうとほっと肩を撫で下ろした。

「私はリスティアータと呼ばれているわ。貴方のお名前は?」

問われて、答えに詰まる。
今の自分には名乗る名前が無いことを思い出した。
そして、もう自分は『聖なる焔の光』ではないのだと、
『聖なる焔の光の燃えカス』なのだと、
正面から突きつけられた。

「………『アッシュ』」
「そう。アッシュは何処から来たの?」

苦く名乗った直後、当然の疑問をぶつけられてまたしても返事に詰まった。
出身は、故郷はもう無いし、此処で与えられた部屋も、無我夢中で走った所為で最早分からない。
そんな事を馬鹿正直に言える程に矜持が低い訳も無く、必死で言い訳を考える。

「迷子さんかしら?」
「ち、違うっ」

その不名誉な結論だけは回避しようと思考をグルグルさせて考えていたが、すぐに思考は凍りついた。

「でも、もうすぐ日が暮れるわ。帰りが遅くなったらご家族が心配するわよ?」

ふっと嗤う。

家、家族、心配?

居場所を失った聖なる焔の光の燃えカスに、そんなものは、

「………ぃ」
「え?」
「っ……ないっ!」

絞り出した声は聞こえづらかったのだろう。
聞き返してきたリスティアータに対して、怒鳴り返すように叫んだ。
叫んだあとで後悔した。
この人は何も悪くないのに、と。

しかし、

「…なら、此処にいる?」
「────…え?」

アッシュは呆然と目を瞬かせた。

───…此処にいる?とは、どういう意味だ。

そんな心の問いに答えるように、リスティアータはアッシュの頭を撫でながら更に言った。

「此処に…私のところに『帰ってくる』?」
「!」

────…帰ってくる?
その意味をじわじわと理解して湧き上がった感情は、紛れもない喜び。
わなわなと喉が震え、再び滲んだ視界にごしごしと涙を拭い、1つ大きく頷いた。
頭を撫でていたリスティアータにはアッシュの動きが分かっただろう。ふんわりと微笑んだ。

そして、

「…『お帰りなさい』アッシュ」

何よりも聞きたかった…、欲しかった言葉を、貰った。
だから、

「…『ただいまっ…帰りまし、た』、姉上」

ずっと言いたかった言葉を、リスティアータに、

───…姉に、贈ろう。

再執筆 20080719
加筆修正 20160409

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