Metempsychosis
in Tales of the Abyss

今なら解る

まだ養子になる前、ケテルブルクで出会った彼女……フィエラに関する記憶は、あまり多くない。

会った回数は数える程。

それもピオニーが屋敷を抜け出すのに巻き込んだという理由だった。

その数少ない記憶の総てが、柔らかく、暖かな微笑みで占められている。

たった2歳の差しかなかったのに、彼女はそれ以上の余裕を持っていた。

ピオニーの悪戯を、ジェイドの冷たい言動を、喧しい洟垂れの癇癪を見て、『姉』…と言うより、最早『母』のような慈しみの眼差しを向けている事さえあった。

だが、たったそれだけの事で数回会っただけの人間を覚えている程、ジェイドの頭は安くない。

ジェイドが彼女を覚えているのは…否、ジェイドが彼女を、フィエラを忘れられない理由は…--------------------。



「あら、ジェイド。こんばんわ」

寒空の下で開かれた窓から、至って普通に挨拶をしてきたフィエラに、ジェイドは珍しくも反応に困った。

何故なら自分は血まみれで、今だって一滴、降り積もった雪へと血が滴り落ちた所なのだ。

この状態に驚きもせず(まさかとは思うが気づいていないのかもしれないが)、普通に挨拶してくる彼女がおかしい…筈だ。

「…………何か」
「ええ。お湯を用意するから、中にどうぞ」
「………は?」

何の用かと端的に聞けば、彼女は微笑みながら血まみれのジェイドを室内へと誘う。

窓の前から退いたので、ここから入れと言いたいらしい。

当然ジェイドは眉を寄せ、疑心の目をフィエラに向けた。

「…………」
「早くしないと見つかってしまうわよ?それに、そんな姿で帰るよりはマシでしょう?」
「!………」

一応ジェイドの状態は理解していたらしい。
その事に若干驚きながらも、ジェイドは渋々窓へと身を滑り込ませた。



少ししてお湯とタオルを手に戻ってきたフィエラが手ずからジェイドの血を流そうとするのを何とか断って、血に染まった顔と手を拭く。

乾き始めていたのか、パリパリとした感覚が気持ち悪かった。

と、それまで黙っていたフィエラがジェイドに訊く。

「魔物を殺すのは楽しい?」
「!!」

バッと顔を上げてフィエラを睨んだが、彼女は全く気にしていないようだった。

何故知っているのか、と思ったのは一瞬で、すぐにピオニーが話したのだろうと結論を出した。

「………別に」
「あら。楽しくないのに魔物を殺すの?」

何なんだ、と、ジェイドの胸に苛立ちが込み上げる。

「関係ないでしょう。お説教でもするつもりですか」

ハッと嘲笑ったジェイドに、彼女はきょとりと瞬いた。

「あら、怒られるような事をしているのは分かっていたのね」

優位に立ったと思ったのは一瞬で、あっさりと形勢は逆転されてしまう。

「ねぇ、ジェイド」
「…………」
「魔物を殺すのは楽しい?」

先程と同じ問い掛け。

「…………別に」

先程と同じ返事。

「楽しくないのに魔物を殺すの?」

これも、先程と同じ問い掛け。

「……………違う」

何となく、悔しい。

そう思いながらも、ジェイドは少しでも早く会話を終わらせる方法…さっさと質問に答える選択をとった。

「なら……何が知りたいの?」
「っ!」

核心を、突かれた感覚。

答えたくない。

そう思ったが、先程の選択をこんなに早く覆すのはジェイドのプライドが赦さなかった。

「………死」
「死?」
「…もう良いですか?帰ります」

これ以上何か言われては堪らないと、ジェイドはさっさと窓へと近付く。

「…ジェイド」

呼び止められ、ジェイドは溜め息を吐いた。

「まだ何か」
「…例えば、私が死んだら、あなたの周りではどんな変化が起こるかしら?」

苛々と振り返った自分に向けられた不穏な問いに、動きを止めたのは一瞬。

次の瞬間に出した自分の答えを、ジェイドは何年も経った頃になって後悔するとは、この時は思ってもみなかった。



執務室の窓から風が吹き込みカーテンを揺らすのを眺めながら、ジェイドは幼かった自分を嗤う。

あの時、自分はこう言ったのだ。

「別に、ピオニーとネフリー達が泣くだけですよ」、と。

すると彼女は微笑んで、「なら、それがジェイドにとっての私の『死』ね」と言った。

その時は理解出来なかったけれど、今なら解る。

ネビリム先生の死後、色々な事が変わった。

それが、『自分にとって』のネビリム先生の『死』。

今、漸く解った。

「…素晴らしい方ですね。貴方の姉君は」

無断で設置された秘密通路から生えた生首改めてピオニー陛下に言えば、彼は通路から出て輝く笑顔で胸を張って言う。

「あったりまえだろ?オ・レ・の!姉上なんだぜ?」

そう言える彼が、少し羨ましくもあり、心底妬ましい。

自分の中の彼女との記憶は後悔ばかりだと言うのに。

自業自得なのは自覚しているし、無駄に思い上がるから決して言わないが。

やれやれとわざとらしくも深い溜め息を吐いて、ジェイドは晴れ渡ったグランコクマの空を見上げた。

今年はどんな花を彼女に贈ろうか。



毎年雨が降っていた彼女の命日は、今年こそ晴れる気がした。




執筆 20090202










あとがき


Project投稿ネタ

「子ジェイドと夢主の絡み」

を基に書いてみました。


あ、言わなくていいです。
解ってますから。
投稿主さんの希望はもっと明るい感じの話だったんだろうって。

でも考えついたら書きたくなっちゃったんですよね。

しかもピオニーに『姉上』って呼ばせたら1人で満足してたり(笑)

切ない話もたまには書かないとね。

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