純粋な喜び
リスティアータという人は、散歩が好きだ。
それは彼女と行動を共にする一行全員の共通認識だった。
ジェイドは1人、夕暮れの近づいたセントビナーの街中で静かに視線を巡らせ、暫くしてから微かな溜め息を漏らした。
リスティアータは散歩が好きだ。
それは本人も認めていたし、誰もそれを否定する理由はない。
リスティアータは散歩が好きだ。
それは構わない。
しかし。
しかし、だ。
「毎度毎度、黙って宿を抜け出す癖は頂けませんね…」
誰しも悪癖というのは少なからず持ち合わせているものだが、彼女の悪い癖は間違いなくそれだろうとジェイドは思う。
毎度、何度となく注意しているのだが、ちっとも反省の色のないあの微笑みで「ごめんなさい。もっと早くに戻るつもりだったのだけれど、とても楽しかったの」などと言われては、ジェイドでさえも脱力感を感じざるをえない。
更に、本人なりに気を使うのは構わないが、毎回「捜さないで」の書き置きは是非廃止させなくてはいけない。
ルークを筆頭とした皆をいちいち宥めるのは面倒だ。
例えそれをする役をガイに移乗するとしても。
「…………」
ジェイドは思考に一端の区切りをつけると、街の中心部へと足を向けた。
少し強い風が吹いた。
しかし、それを難なく受け止めて優しく流す。
そんなセントビナーの象徴・ソイルの木に設えられた展望台に佇み、フィエラはゆっくりと瞬いた。
と、
「…やはり此処にいましたね」
「あら、ジェイド」
展望台へと続く唯一の梯子を登ってきたジェイドに気づき、リスティアータはにっこりと微笑んだ。
「こんばんは」
「…こんばんは」
既に「こんばんは」な時間帯だという自覚はあったらしい。
早くも諦めの溜め息を吐いたジェイドが彼女の隣に立てば、丁度夕陽が沈む時分だった。
世界が、柔らかな朱に染まる。
「………」
「………」
静かに、ただ朱の世界を見つめる彼女と共に、ジェイドも同様にそれを眺めた。
すっかり陽も沈みきった頃、ジェイドが尋ねた。
「……楽しかったですか?」
「はい。とても」
何が、と言うでもない問いに、リスティアータはいっそ晴れやかとさえ言える笑顔で答える。
「そうですか」
「それに」
彼女の笑みには思わずジェイドの頬も緩むのを否めない。
とは言え、それを見ることが出来るのは向かい合っているだだ1人だけ。
そんなジェイドに気付いているのかいないのか、リスティアータは更に笑みを深めて言った。
「今日はジェイドも一緒でしたから」
その言葉に当人はどれ程の意味を含んでいるのだろう。
いや、きっと何も含んでなどいないに違いない。
だだ、実に単純に。
『あなたと夕陽を見れた。それが嬉しかった』
ただ、それだけしか。
すっかり陽も落ちて暗くなっている事に安堵しつつ、ジェイドは無意味に眼鏡を押し上げた。
確率は低いとはいえ、彼女に自分の顔色を悟られないように。
執筆 20090117
あとがき
Project投稿ネタ
「ジェイドが一方的にドキドキしている話(ヒロインの何気ない一言に赤面)」&「ヒロインの天然さに振り回されるジェイド」
を基に書いてみました。
時間が掛かった割には短ひ……;
でもこれが本編途中現在の限界だったり;
だって、ネタバレはヤバいですしね。
では、
投稿ネタ主のお二方は勿論、皆様に楽しんで頂ける事を祈りまする。
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