皇帝私室にて
「あら、可愛い」
キッカケは間違いなくその一言だった。
カチャリと微かな音を立てて置かれたお茶に、リスティアータは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます」
微笑みをそのままお茶を置いたメイドに向ければ、メイドは照れたように笑顔を浮かべて会釈をした。
洗練された動きでメイドが部屋を出る。
ついにリスティアータは彼と2人きりになった。
いや、正確には2人と5匹か。
と、リスティアータと向かい合う形で床にあぐらをかいている太陽の如き笑顔全開男・マルクト帝国皇帝(の筈)のピオニーが口を開いた。
「紹介しよう」
「はい」
無駄にイイ声で言われた唐突な言葉にも、リスティアータはにこりと微笑んで次の言葉を待つ。
「リスティアータの右手側から(、、、、、)」
あ、目が光った。
「ネフリー」
「あら、女の子なのね、目がくりくりしてて可愛らしいわ」
「ぶぃ」
「ゲルダ」
「まぁ、ネフリーよりお姉さんなのかしら?仲良しさんなのねぇ」
「ぶー」
「サフィール」
「まぁ、大変。お鼻が出てるわ。はい、ちーん」
「ぶぎゅ!」
「アスラン」
「あら、瞳が蒼い所が一緒。優しい子なのね」
「ぶぅ」
「ジェイドだ」
「まぁ、この子は赤いのね。ふふふ、可愛いらしいこと」
「ぶぃぶぃ」
ピオニーが名前を呼ぶ度にリスティアータがブウサギ達を撫でると、ブウサギ達は返事をするかのように鳴き声を上げ、至極気持ちよさそうに目を細めて彼女の手を享受する。
その何とも言えない様子を余所に、ピオニー陛下様はとっても御満悦だ。
「そうだろそうだろ!他の奴らはなかなか理解してくれなくてな…」
「まぁ、こんなに人懐っこくて可愛いのに」
「だろ!?」
今、この場に、ジェイド・ガイ若しくは世話をするメイド達或いは臣下達がいたならば、揃って自分達の君主をど突いた、訂正、不平を申し立てただろう。
誰も皆、ブウサギが可愛くないなどと思ってはいない。
ただ、自分の名前が勝手に付けられたソレを目の前で愛でられたり、
ただ、その散歩に行く度に好き勝手な方向に歩き出すのを何とかしなくてはならなかったり、
ただ、綺麗に掃除したピオニー陛下の私室をものの数分で無かった事にされたり、
ただ、陛下の私室を脱走したブウサギを1匹送り届けたら別のブウサギが脱走してそれを繰り返す苦労だったり、
それさえなければ、ある意味愛嬌のあるブウサギ達を撫でる位はした。
たぶん。
しかし、それさえ出来ない理由は単に、飼い主である筈のピオニー陛下様が、『躾』というものを一切していないからだ。
そもそもの原因が自分である自覚があるのか無いのか不明だが、指摘する者のいない皇帝私室の2人はブウサギの可愛らしさを思う存分に語り合う。
そして、そろそろ日が暮れてきたかと言う頃になって、ピオニーは上機嫌で立ち上がった。
「イイモノを見せてやる。ちょっと待ってろ」
「? はい」
何やらイソイソとした様子のピオニーに首を傾げつつリスティアータが待っていると、彼は仔ブウサギを2匹抱いて戻ってきた。
しかし、1匹は大人しく抱かれているが、もう1匹はそれはもう物凄く暴れている。
「まぁ」
産まれてまだ月日が経過していないらしいブウサギの登場に、リスティアータの微笑みが一層柔らかくなる。
彼女は物凄く暴れている仔ブウサギの様子を元気な仔くらいにしか思っていなかった。
「先々月産まれてな。この間乳離れしたばかりなんだっと…おいっ暴れんなっぶふっ」
あまりに暴れる仔ブウサギに思わず文句を言ったピオニーは、その仔ブウサギに思い切り顔を蹴飛ばされてしまう。
痛みに呻くピオニーの腕からあっさり逃げ出した仔ブウサギは、何を思ったか他のブウサギ達の間を縫ってトコトコとリスティアータに近づくと、
「ぶぅ」
とっても愛らしい声で鳴いた。
先程までピオニーの腕の中で「ぶぎぶぎ!」と鳴き喚いていた仔ブウサギは何処へやら…
仔ブウサギの仔共らしからぬ豹変に、ピオニーは愕然とした。
しかし、やはりそんなことを気にしないリスティアータ。
「あらあら、抱っこは嫌いなのかしら?」
そう言いつつヒョイと仔ブウサギを抱き上げた。
仔ブウサギは実に大人しく抱き上げられている。
さっきの暴れっぷりは何処へ!?
ジェイドはピオニーの私室前に来ていた。
宮殿内で脱走していたブウサギを見かけたリスティアータが、「あら、可愛い」なんて言ってしまい、その言葉を都合のいい地獄耳で聴き留めたピオニーに誘拐紛いに連れ去られてから早半日。
いい加減彼女を返して貰おうと迎えに来たのだ。
一応ノックをしたが、まぁ何となく予想していた通り返事はなく、仕方なくドアを開ける。
それとほぼ同時。
「それでは、この仔の名前はピオニーのピーちゃんにします」
リスティアータがブウサギ達の中心で仔ブウサギを名付けた。
ブウサギにマルクト帝国皇帝の名前を付けられるのは彼女くらいなものだろう。
執筆 20081113
あとがき
Project投稿ネタ
「陛下とヒロインでブウサギ会談」
を基に書いてみました。
大分詰め込んだので、何か訳解らなくなっちゃってますが;
投稿者さんの妄想に少しでも近づけてる事を祈ります。
あ、因みに。
大人しく抱かれていた方の仔ブウサギは、ピオニー陛下によって『リスティアータ』と名付けられたそうですよ(笑)
プラウザバックでお戻り下さい。