Metempsychosis
in Tales of the Abyss

隠し事

パチリと焚き火が弾けた。
夜も更けて久しい今、見張り番のジェイド以外は皆眠っている。

フィエラもまた同じく横になっていたのだが、

(………眠れない)

ぼんやりと地面を見つめながら、フィエラは内心で呟いた。

今日は色々な事があり、心も体も疲れているのに、目を閉じる事が出来ない。

目を閉じれば、思い出してしまう。

『死』を、血の臭いを、感触を…。

もう微かにしか覚えていないのに、総てが鮮明に蘇りそうで、眠れない。

(------…私は、)

---…ぴー…ぴー…ぴー…ぴー…

ぼやけた思考に沈んでいたフィエラは、その何とも気の抜ける音に、きょとりと瞬いた。

---…ぴー…ぴー…ぴー…ぴー…

音の発信源はとても近く…と言うか、顔の真ん前に丸くなっている、クロかららしい。
鼻を詰まらせてしまったのだろう。

-----…ぴー…ぴー…ぴ…

ハンカチを出して鼻を拭ってやると、クロはすぴすぴと鼻をヒクつかせている。
フィエラはふっと力が抜けるのを感じ、思わず微笑んだ。

と、

「眠れませんか」
「!………はい」

始めから気付いていたのだろう。
背を向ける形になっていたジェイドに声を掛けられて、リスティアータは数拍のあと、起き上がらずに返事をした。

「無理にでも眠らなければ、明日が辛いですよ」
「…はい」
「それに」
「?」
「あなたは特に体力を消耗しているんですから」
「…!」

尤もな事を言われて大人しく頷いていたリスティアータは、ジェイドの言葉に肩を震わせた。

巧く隠していた筈なのに、

「…気付いて、いたんですか」
「はい」

あまりにもあっさり頷かれて、リスティアータは苦笑いを禁じ得なかった。
元より鋭いジェイドに隠し事をするのは至難の業なのかもしれないが。

「原因は、譜歌……ですね」
「…………」

殆ど確認として放たれた問いに、リスティアータは無言で以て肯定した。

そんなリスティアータの『返事』を受けて、ジェイドは眼鏡を押し上げて考える。

初めから--『リスティアータ』が人間だと解った時から--彼女が第七音素の素養がある事は推測していた。
寧ろ『預言を宿す者』にその素養がない訳がない。

そして推測通り、彼女は譜歌を歌ってティアを癒やしたのを見て、確証に変わった。

彼女の譜歌はジェイドでさえ見たことがない程強力だった。
かなりの深手だった傷を、跡形もなく癒やしたのだから。

しかし、その直後に彼女がほんの一瞬だけ苦しそうに胸を押さえたのを、ジェイドだけが見逃さなかった。

その後注意深く見ていれば、時々足取りが覚束ず、明らかに消耗していた。

しかし、見ていた限りでは術の発動に問題は無かったし、イオンと違って彼女は一般女性並みに健康だ。
譜歌についての知識もあるだろう。
必要な条件が揃っているのだから、普通ならあそこまで体力を消耗する訳がない。

普通ならば。

【普通】、であったならば。

それから導き出される『答え』は…----

「------…暴走、ですか」
「…………」

リスティアータは無言で返す。
ジェイドはそれを再び肯定と取った。

簡単に言えば、彼女は音素を制御しきれなかったのだ。
暴発しかけた第七音素を無理矢理抑えた結果、『暴走』となって彼女の体力を大幅に削った。

ジェイドはリスティアータを見ると、内心で呟いた。

(随分と…無茶をする)

『リスティアータ』の身の内に宿る預言(第七音素)。
その量は筆舌に尽くせない程に膨大で、彼女の華奢な体に納まっているのが有り得ない量だ。
それを抑えるなど、生半可な事ではない。

失敗すれば、死んでいた。

そこまで考えて、ふと自分が手を握り締めている事に気付き、意識して力をを緩める。

「それを抜きにしても疲れているでしょう。眠れなくても寝て下さい」

それを機に自分の思考から脱したジェイドは、わざとらしくも聞こえる言い方で無茶を言った。

それに少し笑ったリスティアータは、ポツリと、

「…聞かないんですか?」

そう、言った。

「何をでしょう」
「………色々と、私に訊きたい事があるのでは?」

端的な問いの意味をジェイドはすぐに察したが、敢えて聞き返す。

少しの緊張を孕んだリスティアータの声を聞き、ジェイドは笑った。

「今は色々と忙しいですからねぇ。まぁ、落ち着いたら話して頂きますよ」

ケロッとしたジェイドの様子に、リスティアータから完全に力が抜けた。

「…………ジェイドは優しいですね」
「は?」

突然言われた事のない事を言われてジェイドは目を見張る。

「…ジェイドは…優しい…ですよ…とても…」
「リスティアータ様?」
「……ありが、と…」

何故か礼を言ったリスティアータは、もう寝息を立てている。

取り残されたジェイドは、意味もなく眼鏡を押し上げると、幾らか小さくなった焚き火に枯れ枝を放り込んだのだった。




執筆 20081027

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